フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
01 秘密のリサイタル
スタインウェイの黒い躯体が、スポットライトの熱を吸い込んで艶やかに光っている。
最後の和音がホール全体に響き渡り、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
瑠衣は優雅に立ち上がり、客席に向かって深々と頭を下げた。
艶やかな黒髪のロングヘアーが、肩から胸元にかけて滑り落ちる。かつて看守たちに「坊主女」と嘲笑された青白い頭は影も形もない。
彼女はピアニストとして、完全に復活したかのように見えた。
だが、誰も知らない。
このミッドナイトブルーのドレスの下に、彼女がどのような「秘密」を隠し持っているのかを。
拍手の波に包まれながら、瑠衣は意識を自分の肉体の内側へと向けた。
緊張で汗ばんだ脇の下では、処理されることなく伸びた剛毛が、湿った苔のように肌に張り付いている。
タイトなドレスのウエスト部分、へその下から股間にかけては、濃密な体毛がコルセットのように下腹部を覆い、その奥にある秘部を温めている。
あの独房での屈辱から早や一年。彼女は証拠不十分で釈放された。しばらくは元容疑者の汚名に苦しんだが、親の支援もあり、なんとかピアニストとしてのキャリアを取り戻した。
しかし鉄格子の向こう側で目覚めてしまった、あの「獣性」だけは、どんなに華やかな舞台に立っても消え去ることはなかった。
(……駄目だ。まだ、我慢しなきゃ)
瑠衣は笑顔を崩さぬまま、下腹部に力を込めた。
演奏の緊張と興奮が、彼女の腸を刺激していた。
直腸の奥に、熱く、重い塊が居座っているのがわかる。
看守たちの視線に晒されながら、床に古紙を敷いて、排泄という行為を快楽へと導いてしまった記憶。
それが今、この神聖なコンサートホールの中心で、フラッシュバックのように蘇ってくる。
拍手が鳴り止まない。アンコールを求める手拍子へと変わっていく。
瑠衣は一度舞台袖へとはけた。
冷たい水を一口含み、荒くなった呼吸を整える。
マネージャーが駆け寄ってきて、興奮気味に何かを話しかけているが、耳に入らない。
彼女の全神経は、肛門の括約筋一点に集中していた。
(あと一曲……あと一曲だけ弾けば、終われる……)
彼女は再びステージへと戻った。
アンコール曲は、ドビュッシーの『月の光』。
静謐な旋律が、熱狂した会場を鎮めていく。
瑠衣は鍵盤に指を這わせながら、自分の内側で暴れ回る獣を必死に宥めた。
便意は波のように押し寄せ、引いてはまた強くなって戻ってくる。
その緊張感のうねりが彼女の動きをよりダイナミックにし、図らずも観客たちを唸らせた。
最後の一音が消え、再び拍手が起こった。
今度こそ、終わりだ。
瑠衣は逃げるように舞台袖へと駆け込んだ。
楽屋に戻ると、すぐに鍵をかけた。
誰の祝福も、称賛もいらない。
今、彼女が必要としているのは、完全なる孤独と、解放だけだ。
***
すべての人間が去り、静まり返ったコンサートホール。
非常灯の光だけが、スタインウェイのシルエットをぼんやりと浮かび上がらせている。
瑠衣は、誰もいないステージの中央に立ち、ゆっくりとドレスの背中のファスナーに手をかけた。
ジジジ……という音が、静寂の中で異様に大きく響く。
凛としたミッドナイトブルーが床に滑り落ちる。
下着はつけていない。完全なる全裸。
長い黒髪が、白い背中を覆い隠すように垂れ下がる。
瑠衣は、ホールの中心で、観客席に向かって仁王立ちになった。
脇を開き、黒々とした腋毛を闇に晒す。
足を広げ、へその下から股間を覆う濃密な茂みを見せつける。
その有り様はさながら、静粛なホールに鳴り響く
誰もいない。見ているのは、何千もの空席だけだ。
だが、彼女には見える。あの独房の看守たちの視線が。そして、彼女を蔑んだ世間の目が。
「……そう。これが、
瑠衣はゆっくりと、その場にしゃがみ込んだ。
あの独房で、桶を奪われ、床に古紙を敷いて排泄した時と同じ姿勢。
冷たいステージの床板が、足の裏と、露わになった外陰部に触れる。
この感触。この冷たさ。
彼女の記憶の蓋が、完全に吹き飛んだ。
「ん……っ、あ、ああ……ッ!」
限界だった。
彼女は括約筋の力を、一気に解放した。
ブリュッ、ボトボトボト……!!
静寂に包まれていたホールに、冒涜的な音が響き渡る。
熱く、臭い塊が、彼女の体内から押し出され、ステージの床に落下する。
一度出始めると、もう止まらない。
抑圧されていた時間、緊張、そしてピアニストとしてのプライド、それら全てが
「はぁっ、ああっ、出る……すごいの、出てる……ッ!」
瑠衣は、自分の股間から湯気を立てて広がる「作品」を、恍惚とした表情で見下ろした。
強烈なアンモニア臭と、腐敗した臭気が鼻腔を突き刺す。
普段なら眉をひそめるその臭いが、今はどんな名香よりも豊潤な
固形物に続き、ジョロジョロと勢いよく尿がほとばしる。
黄色い液体が、床に落ちた排泄物を溶かしながら、ステージの上に汚染の譜面を描いていく。
瑠衣は、自分の排泄物が足に跳ね返るのを感じた。
太ももの内側の産毛に、温かい飛沫が絡みつく。
「んぅ……っ! いい、これ……温かい……」
彼女は排泄しながら、自分の脇の下の剛毛を指で弄り、へその下の湿った茂みを撫で回した。
獣のような自分。穢れた自分。
その姿こそが、今の彼女にとっての真実。
幸福感を伝えるドーパミンが、脳内にドバドバと湧き上がるのを感じた。
全てを出し切った後も、瑠衣はしばらく立ち上がれなかった。
自分の排泄物の山の中心で、四つん這いになり、肩で息をする。
彼女はゆっくりと顔を上げ、誰もいない客席を見渡した。
「……ふふ。ブラボー……」
瑠衣は、自分自身に向かって、小さく拍手をした。
将来有望な若手ピアニストとしての「表」の顔と、剛毛を晒しながらの排泄に快楽を見出す「裏」の顔。
その両方が、今宵、このステージの上で融合し、実に背徳的な「
彼女は、汚れた手を天に掲げ、狂ったように、しかしどこか満足げに笑い声を上げた。
その声は、静まり返ったコンサートホールの闇に吸い込まれ、やがて消えていった。