※この作品はR-18です。

フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き-   作:宇多川志木

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04 ヴァニタスの晩餐

鉄の扉を開くと、そこには漆黒の闇に浮かぶ、異様な「晩餐会」の席が用意されていた。

スタジオは、外界の喧騒を完全に遮断し、時間を17世紀のバロック時代へと巻き戻していた。

 

闇の中に浮かび上がるのは、長いマホガニーのダイニングテーブル。その上には糊の効いた純白のクロスが掛けられ、磨き上げられたアンティークの銀食器と、薄いクリスタルグラスが整然と並んでいる。

 

唯一の光源は、テーブルの中央に置かれた巨大な燭台。数本の蝋燭が頼りなく揺らめき、その暖色の光が、周囲の闇をより一層深く、冷たく際立たせていた。

 

 

「……すごい。こんな家具とか食器とか、よく揃えられたね」

有村瑠衣はまじまじとセットを眺めた。

 

「いえいえ。瑠衣さんが惜しみなく予算を投じてくれたお陰です」

暗がりでカメラのセッティングをしているK。

 

「じゃあ、脱ぐね」

「はい、準備お願いします」

 

 

今日は新たな写真集に向けた撮影となる。今回のテーマは「ヴァニタス」、虚しさの表現だと聞いている。

 

瑠衣はバスローブを脱ぎ捨て全裸となり、撮影空間へと足を踏み入れた。 空調の効いたスタジオの冷気が、彼女の裸身を撫でる。しかし彼女は、これから始まる儀式への期待で、身体の内側から熱を帯びていた。

 

彼女が身に纏うのは、富と権力の象徴だ。 首元には大粒のダイヤモンドとパールのネックレス。その冷ややかな重みが、鎖骨に食い込む。手首には、照明を反射してギラギラと輝く宝石のブレスレット。 髪は貴婦人のように高く結い上げられ、唇には血が滲んだような深紅のルージュが引かれている。

 

全裸の獣でありながら、王侯貴族のような気品。そのアンバランスさが、彼女の存在をこの世ならざるものにしていた。

 

(この宝石、一体いくらくらいするんだろう……)

きらびやかなネックレスを首にかけながら、瑠衣は思案する。本当に自分が提供した資金で足りたのだろうか?

 

 

「……いや、実に淫靡だ。現代に降臨した大淫婦バビロンですね」

装飾を整えた瑠衣の姿を見て、Kが呟いた。

 

「バビロンって、いつだったかも言ってなかった?」

「おや、そうでしたか?いやはや、すぐそういったことが口に出てしまうもので……」

瑠衣の指摘に、Kは珍しく照れたように首元に手を当てた。

 

 

「では、テーブルへ」

 

Kの静かな指示に従い、瑠衣はダイニングテーブルへと手をかけた。 食事をするための神聖な台座に、土足ならぬ素足で這い上がる。 膝がテーブルクロスを押し沈め、銀食器が触れ合ってカチャリと微かな音を立てた。 その背徳的な音が、瑠衣の神経を鋭敏に研ぎ澄ませていく。

 

「んっ……」

彼女は食器を蹴散らさないよう慎重に、しかし大胆に四つん這いになった。

漆黒で囲われた獣性が、露わになる。

 

「ああ……素晴らしい。求めていた挑発的なポーズだ」

Kの感嘆が漏れ、そしてフラフラと瑠衣に近寄ってきた。

 

「……あの、久々に、いいですか?」

「え?」

相変わらず許可を待たず、Kは密林の生い茂る腋に鼻を押し当てた。

 

「はぁああっ!たまらない臭い!これをカメラに収められないのが勿体ない!!」

「Kさんって本当に訳わからないですよね……」

歓喜するKを見ながら、瑠衣は呆れたように呟く。腕は組みたがらないくせに、脇の臭いは嗅ぎたいのか。

彼の屈折した価値観を理解できる者など、誰もいないだろう。

 

 

気を取り直し、撮影の準備に移る。

彼女の目の前には、何も乗っていない白磁の大皿が鎮座している。 本来であれば、極上のローストや果実が盛られるべき場所。

 

瑠衣はゆっくりと体の向きを変え、その純白の皿の上に、自身の臀部を配置した。

 

蝋燭の光が、彼女の陶磁器のように白い肌と、首元のダイヤモンドの輝きを妖しく浮かび上がらせる。 文明の象徴である食卓の上で、最も原始的な獣の姿を晒す女。

 

シャッター音が響き始めた。その音は、静寂を切り裂くナイフのようだった。

 

「美しい……。『秩序の崩壊』だ」

 

Kの賛辞が、瑠衣の脳髄を痺れさせる。 彼女の下腹部に、重く、熱い塊が降りてきた。食欲と排泄欲。生命の入口と出口。そのサイクルをこの場で短絡させ、いよいよ文明への破壊衝動を突きつける。

 

「そろそろ、良いですか」

「……うん」

 

「では、―――出しなさい。」

 

その言葉が引き金だ。 瑠衣は大皿を見下ろしながら、括約筋の力を緩めた。

 

「……んっ、……ふぅ……」

 

艶めかしい吐息と共に、秘部が開かれる。蝋燭の揺らめきが、彼女の股間から現れる異物を劇的に照らし出した。

 

 

――― ゴトッ、ヌチャ……。

 

 

重みのある音が静寂を破った。床や土の上とは違う、陶磁器の上だからこそ響く、無機質で冷酷な着弾音だった。

 

白磁の大皿の上に、いつもより密度の高い固形物が落下する。それはライティングの妙技によって、立ち昇る湯気までもが克明に写し出されていた。ダイヤモンドの永遠の輝きとは対照的な、体から離れた瞬間から腐敗へと向かう有機物。 その排泄物は、出来たてのステーキのような瑞々しさを放っていた。

 

強烈な臭気が、蝋燭の香りと混じり合う。 もちろん瑠衣は、その分身を恥じるどころか、恍惚の表情で見つめていた。首元の宝石がジャラリと鳴る。彼女はテーブルの上に排泄し、それを供物として捧げているのだ。

 

「そうだ……。腐りゆく果実の代わりに、貴方の命を置く。それが現代のヴァニタスだ」

 

Kは憑かれたようにシャッターを切り続ける。 大皿の上に山を成す汚濁。瑠衣の体内から絞り出されたばかりの「それ」は、腐りかけの果実よりも遥かに鮮烈で、圧倒的な「生」と「死」の臭いを放っていた。

そしてその横で冷たく輝く銀食器。食卓という文明の祭壇は蹂躙され、冒涜の儀式は最高潮に達した。

 

「ふー……ふー……」

 

神妙な雰囲気に煽られ、瑠衣の呼吸が荒らげた。首筋を囲む冷たいネックレスと、足元にひり出した熱い有機物とのギャップは、背徳感を高ぶらせるのに十分だった。

Kはその淫らな表情をもカメラに収めた。

 

 

全てを出し終えた瑠衣は、虚ろな瞳でKを見つめ、乱れた口紅のままニヤリと笑った。 その姿は、自らの汚物を「聖餐」として振る舞う、狂気の女神そのものだ。

 

(……ふふ、召し上がれ)

 

―――カシャッ。

 

音のない声が、暗室に響いた気がした。 テーブルの上には、完成された「静物画(ナチュール・モルト)」が、湯気を立てて残されていた。

 

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