フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
2月20日。 底冷えする東京の夜、某所にある会員制のイベントホールは賑わっていた。 この日行われるのは、
『聖獣の回廊』と題されたその会への参加切符を手にしたのは、約5000人のファンクラブ会員の中から厳正かつ残酷な抽選を勝ち抜いた、わずか300人の「選ばれし共犯者」たちだけだった。
重い扉が開かれると、そこは静寂に包まれた空間だった。 壁一面に飾られているのは、金色の額縁に収められた、Kによる写真作品の数々。 『譜面の上の冒涜』、『鏡の中の二面性』、そして最新作『晩餐の生贄 -ナチュール・モルト-』。
美術館のようなライティングの下、そこに写っているのは、高価なドレスや宝石を身に纏いながら排泄し、獣のように体毛を晒す瑠衣の姿だ。本来なら目を背けるべき「汚物」が、圧倒的な美学によって「芸術」として鎮座している。観客たちは、息を潜めてその背徳の回廊を巡った。
そして、ホールの中央。 一段高くなったステージには、漆黒のスタインウェイが置かれている。 照明が落ち、ピンスポットが当たると同時に、本日の主役が降臨した。
「……ようこそ。私の、愛すべき変態さんたち」
有村瑠衣。今日で28歳になった彼女は、この日のために仕立てられた、深いロイヤルブルーのドレスを纏っていた。彼女がこよなく愛するその青色は、深海のように暗く、冷たく、そして吸い込まれるほどに美しい。光沢の強いベルベットの生地が、滑らかな肢体を包み込み、大きく開いた背中からは白磁のような肌が浮き上がっている。艶やかな黒髪は夜会巻きに結い上げられ、うなじの後れ毛が色香を漂わせていた。その立ち姿は、かつてヨンリトーホールで喝采を浴びていたピアニストそのものだった。
彼女が鍵盤に指を置くと、静寂が張り詰めた。 一曲目は、シュトラウスの『美しく青きドナウ』。CMなどでもお馴染みのワルツだ。緊張感のあった会場の空気がふわりと軽くなる。ブランクなど微塵も感じさせない、優美な演奏。
観客たちは、混乱と陶酔の渦に叩き込まれた。 目の前でピアノを弾いているのは、高貴で美しい、完全無欠のピアニストだ。
だが、彼らは知っている。その気高い青のドレスの下、彼女の脇には黒々とした剛毛が密生し、股間には手付かずの陰毛が広がり、そしてその尻穴は、壁に飾られた写真のように、汚物を垂れ流すために開発され尽くしていることを。
(あんなに綺麗なのに、身の毛がよだつ汚物をひり出しているんだ……)
(あの美しい指が、自分の排泄物を弄っていたんだ……)
視覚情報としての「聖女」と、裏側に潜む「獣」。その強烈なギャップが、脳髄を痺れさせるようなスパイスとなり、観客の興奮を臨界点へと押し上げていく。演奏が進むにつれ、会場の温度はじわりと上昇し、むせ返るような熱気が充満した。
続いてはラヴェルの『水の戯れ』。無数の水飛沫が太陽の光を浴びて煌めく様を描写した、印象派の難曲。 瑠衣の指先は、鍵盤の上を滑るように駆け巡り、クリスタルのような高音のトリルを奏でる。
もちろん、彼女の脳裏に浮かんでいるのは、清らかな噴水などではない。
(……ふふ、みんなは気付いているのかな、この水飛沫の「真実」に)
瑠衣は想像する。自らの秘部から勢いよくほとばしり、放物線を描く黄金の飛沫を。そのイメージが指先に乗り移り、音色はより一層、猥雑な輝きを帯びていく。
すると観客たちもまた、その狂気的なイメージに感染し始めた。 美しい高音が響くたび、彼らの目には、ステージ上の瑠衣の股間から、実際には存在しないはずの黄金の飛沫が散り、ドレスを濡らしていく幻覚が見えた気がしたのだ。ありもしないアンモニアの幻臭が漂ってくる。彼らはその「見えない汚濁」に酔いしれ、興奮して荒い鼻息を漏らした。
そう、瑠衣に「獣性」という「真実」が存在するように、今回演奏する楽曲にもそれぞれの冒涜的な「真実」が秘められている。それによって、観客たちは目と耳では瑠衣の華麗な演奏を堪能しながらも、頭の中では彼女の猥雑な姿が描き出されてしまうのだ。
これは単なる音楽鑑賞ではない。集団幻覚にも似た、異様な儀式の様相を呈していた。
曲が終わるたびに、割れんばかりの拍手が巻き起こる。だが、その拍手はクラシックコンサートのそれとは質が違っていた。尊敬や称賛の中に、ドロリとした性欲と、加虐心と、そして崇拝が混ざり合っていた。
***
アンコール。 瑠衣は、汗ばんだ肌に青いベルベットを張り付かせながら、マイクを握った。
「28歳になりました。……最高の気分」
彼女はステージの袖で待機している
観客は何かを察し、盛大な拍手を送った。
「去年、私は全てを失い、そして全てを手に入れた。清純な皮を脱ぎ捨てて、本当の私になれたのです」
彼女は再びピアノに向かうと、最後の曲を弾き始めた。
シューマンの『献呈(Widmung)』。
愛する人へ、自身の全てを捧げる愛の歌。 その旋律はあまりにも美しく、そしてあまりにも残酷だった。 彼女がその身――排泄物と尊厳――を捧げている相手は、特定の恋人ではなく、ここにいる数百人の観客たち、そしてネットの向こうにいる数万人の信者たちだ。
演奏が終わると、瑠衣は立ち上がり、深々とお辞儀をした。 その瞬間、ドレスのスリットから、青い布地と対比する白い太もも、そしてその奥にある黒い「獣の森」がチラリと覗いた。 会場からは、悲鳴にも似た歓声とため息が漏れた。
「ありがとう。これからも、私を消費して」
聖女の微笑みと、獣の眼差し。 28歳を迎えた瑠衣は、その二つを完全に融合させ、会場を支配していた。 額縁の中の汚れた彼女と、ステージ上の美しい彼女。 その両方が「有村瑠衣」であることを改めて見せつけられたファンたちは、熱狂のあまり涙を流し、その名を呼び続けた。