フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
01 変容と疑念
『青の
ロイヤルブルーのドレスを纏った清廉な美貌と、その股間を濡らす黄色い汚濁。人々の常識を破壊せんとするこの「問題作」は、SNS上で激しい賛否両論を呼び、その論争自体がさらなる燃料となって拡散されていった。
便乗したBooTuberたちが次々と動画で取り上げ、祭りは加速する一方だった。
その流れを決定づけたのは、意外な援軍だった。
若年層に絶大な人気を誇る「生徒会長系VTuber」が、美大卒のVTuberをゲストに招き、この作品を解説する動画を投稿したのだ。
『――美術的な観点から見ると、計算され尽くした名画だと言わざるを得ない』
『あえて汚物を見せつけるのは、これが彼らにとって隠すべき恥ではなく、誇るべき「聖なる傷」だからだよ』
Kのテクニックや思想面に焦点を当てながらも分かりやすさを重視したこの分析は、これまで彼女たちを嫌悪していた層をも感嘆させ、有村瑠衣というコンテンツに「現代アートの一種」としての市民権を与えつつあった。
ファンクラブ『聖獣の檻』の登録者数も急拡大し、写真集配布後の二ヶ月で3000人も増加した。
***
その日、瑠衣とKは都内の貸会議室にいた。
ホワイトボードには、次回の演奏会の内容について書き殴られている。開催は3ヶ月後に迫っていた。
「そうそうKさん。このVTuberの動画見た?そろそろ200万再生いきそう」
一通りの打ち合わせを終えた後の雑談で、瑠衣は弾んだ声でタブレットの画面をKに向けた。
画面の中では、清楚なアバターと奇抜なアバターが、瑠衣たちの作品について熱っぽく語り合っている。
「こういうタイプの人たちに取り上げられるのは意外だったなあ。コメントも好意的だし、新たなファン層を開拓したんじゃない?」
瑠衣は自分の功績であるかのように、得意げに微笑んだ。
「……ええ。嬉しいですね」
Kは同意の言葉を呟く。だが、その声色は平坦で、顔はどこか浮かないように見えた。
いつもなら「私の追い求める『真実』が、また新たな人たちの心を掴んだようですね」などと熱く語りそうなものだが。
「……あれ、あんまり嬉しくなさそうに見えるけど?」
瑠衣は首をかしげ、Kの顔を覗き込んだ。
「いえいえ、なんといいますか、ネットの人たちは侮れないですね」
そう答えるKの顔は伏し目がちだった。
「ネットの情報拡散スピードすごいからね。私も身を持って体験したからね!」
「はは、そうでしたね。その、思ったより世の中の反応が大きくなるのが早くて、驚いているのです」
Kは苦笑交じりに言った。その笑みは、どこか瑠衣の疑念を振り払おうとするかのようだった。
***
打ち合わせが終わり、瑠衣は電車に揺られながら思案に暮れていた。
Kの珍しくぼんやりした態度が、気になっていた。彼は自分の思想を誇示するのが好きなタイプの人だから、新たなファン層の獲得をもっと嬉しがると思ったのだ。
これまで瑠衣は、Kの正体について、あまり深く考えないようにしてきた。
彼は共犯者であり、支配者であり、唯一の理解者だ。それ以上のことを知ってしまえば、この心地よい背徳の
もし彼が何らかの犯罪者だったり、あるいは逆に社会的な地位のある人間だったりしたら? ……その真実を暴いたところで、きっと誰も幸せにはならない。
だが、自分たちの写真集が世間に拡散されていくにつれて、ネットユーザーの興味が徐々に被写体である瑠衣から撮影者のKに向かいつつあった。彼らも、Kの隠しきれない異常ぶりに疑問を抱き始めているのだ。
エゴサーチをすれば、嫌でも目に入ってくる。
『有村瑠衣 K 関係』『K 正体』『K 考察』。
画面の向こうで繰り広げられる「考察班」たちの議論を見ていると、瑠衣も考えざるを得なくなる。
いつもくたびれたスーツを着て、普段はしがないサラリーマンをやっているかのように見せかけているが、彼は明らかに
美術への深い造詣。ライティングや撮影技術への精通。そして時折見せる、社会の秩序に対する冷ややかな眼差し。
――Kさんは一体、何者なんだろう。
***
それから数日後。
瑠衣がいつものようにSNSを開くと、見慣れない画面が表示された。
『ご利用のアカウントは凍結されています』