フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
「……まず、現状を整理しましょうか。昨日、Fuitter、Pinstabloom、BooTubeのアカウントが一斉に停止された、と」
「うん」
「『聖獣の檻』は無事なんですよね。あそこはやはり、海外のサーバーを使っているからでしょう」
「へー、そういうの、あるんだ」
「情報発信は、しばらくこちらでやっていきましょうか」
神妙な空気の中、
場所は瑠衣の自宅マンションのリビング。昨日、SNSの凍結を目にした瑠衣がKにそれを報告したところ、急遽打ち合わせの場を設けることになった。どうやら状況が芳しくないようである。
Kは相変わらずのスーツ姿だったが、その佇まいは今まで見たことがないものだった。
普段のボソボソと喋る陰気な姿でも、カメラを構えている時の狂気めいた姿でもない。
眉間にシワを寄せながら腕を組み、眼光は剃刀のように鋭く研ぎ澄まされている。理路整然とした喋りも相まって、冷徹さが一層際立っているように感じられた。もしかして、これが本来のKの姿なのだろうか?
「恐らくですが、警察が私たちの活動を抑えこもうとしているのでしょう」
「……あー、有名になりすぎちゃったから?」
「それもありますし、私たちに影響を受けた人たちが、騒ぎを起こしているそうです」
「え、そうなの?」
「おや、まだ知らなかったんですね」
Kはスマートフォンを操作し、瑠衣に見せた。それはニュースと世間の反応をまとめたサイトだった。
『集団迷惑行為で数名を補導 「青い服」の集団が路上で排泄』
記事によると、瑠衣を模したと思われる青色の服を着た若者たちが集まり、路上で放尿や脱糞を行ったのだという。
ネット上では「瑠衣ごっこ」などというふざけた名称がつけられ、その地獄絵図が拡散されているそうだ。
「……うわー、こんなことになってるんだ」
「これは歌舞伎町だそうですが、大阪や福岡でも同様の迷惑行為が起きたそうです。こうやって社会に悪影響が出始めているので、警察も対処せざるを得ないのでしょう。普通、ちょっとやそっと有名になった程度では、警察は動きませんからね」
「そうなんだ……」
「……ここまで急激に波及するのは、正直想定外でした」
先日VTuberの動画を見せた時、Kが浮かない反応だったのはこういうことだったのか。
Kは自分たちの活動が曲解され、憂さ晴らしのネタに使われることを恐れていたのだ。
Kは再び腕を組み、顔を俯かせた。次に発する言葉に悩んでいるようだ。
黙り込むKの代わりに、瑠衣が会話を繋ぐ。
「活動、続けたらまずいよね?」
「……そうですね」
Kは少し言い淀み、続ける。
「……その、本当はすぐにでも休止したほうがいい。今、これ以上警察を刺激すると、瑠衣さんの身が危ない」
「そっかー……」
Kさんは大丈夫なの?とは聞けなかった。
しばらく、リビングは重苦しい空気に包まれた。Kは腕を組んで俯いたまま口を歪めている。恐らく穏便に休止する方法について、頭を巡らせているのだろう。
だが、瑠衣の本心に淀みはなかった。
瑠衣は身を乗り出し、沈黙を破った。
「今計画している演奏会、あるじゃない」
「はい」
「私、捕まってもいいから、あれは何としてもやり遂げたい」
これは本音だった。
尻すぼみな終わり方は望んでいない。
たとえ断罪を下されることになっても、美しく散りたい。
瑠衣の宣言から数秒、沈黙が流れた。
が、やがてKが口を開く。
「……なるほど。私も、同じ気持ちです」
Kは俯いていた顔を上げ、瑠衣の目をまっすぐに見つめた。
「分かりました。私も覚悟を決めましょう」
「じゃあ……!」
そしてニヤリと笑い、彼らしい仰々しい台詞が紡がれた。
「いいでしょう。世界に向けて『
***
『……例の件、上の了承が得られました。所轄も、アキさんの望み通りに動きます。イベント当日は泳がせて、終了と同時に……』
「ありがとう。恩に着る」
『……本当に、いいんですか?』
「前も言ったろう。これでいい」
「アキさん」と呼ばれるその男は、憑き物が落ちたように穏やかな表情をしていた。
「私の身勝手なエゴが、彼女の中の『獣』を歪んだ形で開花させてしまった。彼女は本来、もっと高い場所で輝くべきピアニストだった」
腐敗した果実は元には戻らない。
だが、その種を土に埋め、再び芽吹くよう仕向けるくらいはできるはずだ。
「彼女は、私から解放されるべきだ」