※この作品はR-18です。

フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き-   作:宇多川志木

38 / 44
06 道程

手錠の冷たさが、手首の骨に食い込んでいた。地下空間から地上へと続く長い非常階段を、K(ケー)は警官たちに囲まれながら上っていた。

 

すべては終わった。そして、計画通りだ。

 

Kの隣を、一人の男が並んで歩いていた。 仕立ての良いスーツの上に現場用のジャンパーを羽織った、線の細い男。かつてKの部下であり、現在はTIHの指揮を執る山本(やまもと)だ。

 

「山本。まさかお前が直々に来るとは思わなかったぞ」

Kが視線を向けずに言うと、山本は肩をすくめた。

「元先輩を逮捕するわけですしね。特別に現場入りさせてもらいましたよ」

 

一同は階段を上り続ける。コツ、コツと乾いた足音が響き渡る。出口はまだ先のようだ。

 

 

「……アキさんは、どうして有村(ありむら)瑠衣(るい)を庇うんですか」

歩きながら、山本が尋ねてきた。

「そんなに、特別な女性なんですか?」

 

Kは、薄暗い足元を見つめたまま答えた。

 

「そうだ。私が壊してしまったがゆえに、”最高傑作”となってしまった女だ。それを一番間近で眺めていたかった。……まあ、もうそれも終わりにするがな」

 

「人に対してする表現じゃないですよ、それ」

山本が呆れたように苦笑する。

 

「なんだ、お前随分と人間らしい感覚が残ってるな。あの組織に染まるにはまだ時間が足りないか?」

「アキさんが感情殺しすぎなんですよ」

 

二人の足音が、コンクリートの壁に乾いた音を立てて反響する。 山本は少し思案するように沈黙した後、再び口を開いた。

 

「話戻しますけど……、壊したって言っても、アキさん的には仕事でやったわけじゃないですか。別に罪悪感を持つ必要、なくないですか?」

 

Kは小さく息を吐いた。白い吐息が闇に溶ける。

 

「そうだな……。だが私の中で『こうあるべきだ』という感覚が抜けなくてな。それがどうしてなのかは、正直自分でもよく分からない」

「アキさんが『よく分からない』って言うのは、珍しいですね」

「……なんだろうな。心の何処かで、自分は裁きを受けるべき人間だと、思っているのかもしれない」

 

ピグマリオンは、自らが彫り上げた愛する彫像ガラテアと共に生きることを望んだ。だがKの彫像は、自身で生み出したものではない。本来人間であったものが、理不尽な謀略により彫像と成り果てたに過ぎない。そしてその彫像は、あろうことか彼女を陥れた首謀者に情愛を差し向けているのだ。

 

いっそ憎んでくれていれば、さっさと彼女を解き放っていただろうに。

彼女の好意に付け入って、欲望のままに「理想の彫像」を突き詰めてしまった。

 

「それで、彼女を庇うことで罪滅ぼしをした気分になりたいってことですか?」

 

山本の容赦ない指摘に、Kは自嘲気味に口角を上げた。

 

「そう、かもしれない」

 

 

***

 

 

地上に出た。 回転灯の赤色が、夜の闇を毒々しく染め上げている。無数のパトカーと野次馬、そして規制線のテープが風に煽られていた。カメラのフラッシュが焚かれる中、Kは誘導されるまま一台の覆面パトカーへと向かった。

 

「指示通り、後部座席へ」

山本の指示で、警官がドアを開ける。 Kは身を屈めて車内に乗り込んだ。シートに深く体を沈め、目を閉じて大きく息を吐く。これでようやく、長い茶番(ファルス)が終わる。

 

「……?」

 

違和感があった。 誰もいないはずの隣の席に、人の気配がある。

Kが目を開けると、頭から大きなコートを被った小柄な人物が、ちょこんと座っていた。

 

Kの血の気が引いた。

 

「おい山本、これはどういう――――」

助手席に座った山本をすぐに睨んだが、彼は窓枠に肘をつき、悪びれる様子もなく言った。

 

「すみません、言い忘れてたんですけど、もう一人乗せる必要が出てきちゃいまして」

「は……?」

 

暗雲が、Kの頭を押しつぶすようにのしかかった。

彼はおそるおそる、隣の人物が被っているコートに目を向けた。

 

「そんな、まさか……」

 

それを引き剥がすと、

 

 

「Kさん」

 

 

聞き慣れた声。

Kは目を見開いて硬直した。

 

 

「私も、一緒に行きますよ」

 

 

有村瑠衣は悪戯が見つかった子供のように笑い、手錠のかけられた両手をKに見せつけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。