フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
優雅な演奏、満雷の拍手、称賛の言葉。
ピアニスト・
だが、ドレスの下の毛だらけの肉体は、常に渇き続けていた。
求めているのは、看守たちの前で催したような、あの独奏会の再演。
(見られたい……できればもっと多くの人に……)
この情動を独りで宥め続けるのは、もはや限界だった。かといって、身の回りに自らの痴態を曝け出せる相手などいるはずもない。
それならば。
瑠衣は、スマホの画面をスワイプした。
彼女が開設したのは、表の顔とは完全に切り離された、匿名の裏アカウントだった。
アイコンは真っ黒な背景に、ただ一文字『獣』とだけ記されている。
***
【投稿1:自宅の獣】
最初の投稿は、自宅の寝室だった。
ペルシャ絨毯の上で、彼女は四つん這いになっていた。
顔は写っていない。映し出されているのは、豊満な乳房が垂れ下がる胸元と、処理されることなく伸び放題になった脇の下の剛毛、そしてへその下から股間を覆う濃密な黒い茂み。
『ドレスの下に潜む「獣」を見て♥』
短いキャプションと共にアップされた画像。
……反応は劇的だった。瞬く間に拡散され、コメント欄は罵詈雑言で埋め尽くされた。
「うわ、汚ねえ! 何だこの女!」
「頭おかしいんじゃないの? 病気だろ」
「メス豚が。吐き気がする」
瑠衣は、ベッドの上でスマホを握りしめ、それらのコメントを一つ一つ読み上げた。
「汚い」「病気」「メス豚」。
その言葉が、視神経を通じて脳に到達するたびに、彼女の股間は熱く湿った。
(ああ……いい。もっと罵って。もっと私を軽蔑して……!)
瑠衣は画面の向こうの見知らぬ他人たちの反応に顔を蕩けさせ、悦に浸る。脳裏には、あの看守たちからの罵声が浮かんでいた。
自然と股間に手が伸び、クチュクチュと厭らしい音が鳴る。
「……ぁっ……はあ…………」
軽蔑されること。汚物扱いされること。
それこそが、彼女の内側に潜む「獣」が承認されるための唯一の手段だった。
***
【投稿2:深夜の公園、月下の排泄】
自宅という安全圏だけでは、すぐに物足りなくなった。
屈折した欲望は、彼女を屋外へと駆り立てた。
深夜二時。瑠衣は黒いロングコートを羽織り、街へ出た。
空を見上げると、十六夜の月と目が合った。
ステージへ向かう自分を出迎えるかのように。
「……今日のステージは、ここ」
到着したのは、人目につかない小さな児童公園。
ブランコが風に揺れ、きしむ音だけが響く。
こんな無垢な空間で催そうなど、冒涜の極地ではないだろうか。
だが、この昂りを抑えることが出来ない。
彼女は砂場の真ん中に立ち、コートの前を大きく開いた。
下は全裸だ。夜風が、脇と股間の剛毛を撫でる。
スマホを砂場に固定し、録画ボタンを押す。
瑠衣はゆっくりと腰を落とした。
和式便器のスタイルで、砂の上にしゃがみ込む。
「んっ……ふぅ……」
脳裏には、何度も弾いたドビュッシーの『月の光』が、BGM代わりに流れていた。
これから、この美しい音色に汚泥を塗りたくってしまうのか。
まあ、それもまた一つの「表現」なのか。
いよいよ緊張で張り詰めた腸が、悲鳴を上げて収縮する。
幕が、開く。
ブチュ、ボトボトッ……。
いつもより少し躊躇いのある湿った音が、静寂な公園に響いた。
温かい
彼女は、その行為の一部始終を、レンズに向かって見せつけた。
遠くで車の走行音が聞こえる。誰かが通りかかるかもしれない。
その恐怖とスリルが、快感を爆発的に高めていく。
(見て。誰か来て、この姿を見てよ……!)
彼女は、腰を下ろしたまま恍惚の表情で夜空を見上げた。
十六夜の月明かりが、艷やかに光る陰毛と、野糞をする
この動画の反響は、さらに凄まじかった。
「外で何してんだ! キモすぎる!」
「マジでイカれてる。人間じゃねえ」
「こんなことして恥ずかしくないのか? 親の顔が見てみたいわ」
瑠衣は、帰宅後のシャワーも浴びず、汚れた体でコメント欄をスクロールし続けた。
「人間じゃない」。最高の褒め言葉だった。
彼女は、スマホの画面に写る自分の汚れた姿と、そこに寄せられる無数の侮蔑の言葉に囲まれながら、自らを慰め続けた。
SNSという、世界中と繋がる巨大な「
そこで彼女は、自ら進んで見世物となり、デジタルな罵倒を浴びることで、かつての独房での排泄ショーを再演し続けていた。
翌日には、ジャズハウスで何食わぬ顔をして美しいピアノの旋律を奏でる。
その優雅な指さばきの女性が、昨夜はむせ返るような排便行為を全世界に見せびらかしていたとは、観客の誰も知る由もなかった。