※この作品はR-18です。

フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き-   作:宇多川志木

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04 転調 -モジュレーション-

釈放後初の海外コンサートは、無事大盛況で幕を閉じた。アフターパーティーでシャルドネに舌鼓を打った後、有村(ありむら)瑠衣(るい)はほろ酔いで宿泊先であるブリストルのホテルに到着した。

 

「……あーーーー終わった~」

部屋に入るなり、コートを脱ぎ散らかしてベッドに身体を預けた。やっと一人の時間だ。

一人でやることといえば、まずあ(・)れ(・)だ。

 

 

瑠衣は寝転んだままスマートフォンを取り出し、ロックを解除する。

映し出されるのは、黒背景に『獣』とだけ記されたアイコン。彼女の裏のアカウントだ。

 

昨夜投稿した動画の通知が、滝のように流れてくる。

それは、浴室で黒のヒールを履いてM字開脚で放尿する自身の姿だった。

頭の後ろで手を組み、黒々とした腋毛も見せびらかしていた。

 

コメント欄を開く。

いつもの罵倒の嵐が、酔いも手伝って彼女の全身を心地よく刺激する。

 

『うわっ、マジで汚ねぇ』

『またやってるよこの変態』

『キモすぎ』

 

「……はぁ、はぁ」

瑠衣の呼吸が荒くなる。乳房がツンと張ってドレスを押し上げ、乳首が硬く尖って布地を擦る。空いている手で股間をまさぐり、愛撫する。

 

かつて看守たちに痴態を見られたときと同様の、生々しい反応。自分が社会の規範から外れた「異物」であり、軽蔑されるべき対象であるという確認作業。彼女にとっての精神安定剤であり、最強の催淫剤だった。

 

 

……だが、今日のタイムラインは、いつもと少し様子が違っていた。

罵倒の洪水の中に、異質なノイズが混じり始めていたのだ。

 

『美しい放物線……』

『女神の聖水、きっと艶やかな香りを醸すのだろう』

『あなたの放つ汚濁に、魂が浄化される思いです』

 

瑠衣の指が止まった。

 

崇拝。賛美。狂信的な肯定。

 

これまで彼女が受けてきた「否定」による快感とは、真逆のベクトルを持つ言葉たち。

最初は戸惑った。自分の行為は、軽蔑されるために行っているのだから。

 

しかし、その文字の羅列を見つめているうちに、彼女の腹の底から、奇妙な熱塊がせり上がってきた。

 

(肯定……されるの? この汚い私が?)

 

それは、看守たちに自らの痴態を見られ、侮蔑の声を浴びせられていた時とは違う感覚だった。

自ら進んで汚物を晒し、獣のように振る舞う自分を、神聖なものとして崇める視線。

 

歪んでいる。狂っている。

だが、その狂気は、瑠衣自身の狂気と奇妙に共鳴した。

 

そして、DMボックスには、さらに具体的な「要求」が届いていた。

 

 

撮影依頼。

 

アカウント名は「K」。プロフィール画像はない。

 

そのメッセージは異様なまでに丁寧で、そして文学的だった。

 

 

『突然のご連絡、失礼いたします。あなたの投稿を拝見し、雷に打たれたような衝撃を受けました。あなたが表現されているのは、現代社会が覆い隠そうとしている人間の根源的な「生」そのものです。その美しくも汚らわしいお姿を、ぜひ私のカメラで記録させていただけないでしょうか。場所は都内のレンタルルームを用意します。あなたの望むままに、部屋を汚していただいて構いません。ご検討のほど、よろしくお願いいたします』

 

 

「『美しくも汚らわしい』ね……」

瑠衣はメッセージを目で追いながら苦笑いをする。嬉しいような、恥ずかしいような。

 

ただ若い女性の痴態を撮りたいだけの変態、という感じではないように思えた。

見知らぬ人間と会って大丈夫なのかという理性の遮りを、崇拝者への興味が上回ってしまう。

平たく言うと、「同(・)族(・)」の匂いを感じ取ったのだ。

 

 

彼女は、震える指で返信を打ち込んだ。

 

『……分かりました。場所と日時を決めましょう』

 

送信ボタンを押した瞬間、彼女の心臓が早鐘を打った。

転調(モジュレーション)を、告げるようだった。

 

 

***

 

 

約束の午後一時。瑠衣は、人目を避けるように深めに帽子を被り、大きなサングラスをしてビルに入った。

 

服装は、地味なグレーのロングコート。だがその下には、コンサートでも何度か着用した、純白のドレスをそのまま着込んでいた。

 

エレベーターで薄暗い廊下に降り立つと、指定された部屋の前に、一人の男が立っていた。

 

「……お待ちしておりました。K(ケー)です」

 

男は深く頭を下げた。

 

四十代半ばだろうか。中肉中背、服装は量販店のスーツ。ボソボソした声で、どこにでもいる陰気なサラリーマンのように見えた。

 

だが、サングラス越しに合った視線が、彼の本性を物語っていた。

その瞳は、濁った沼のように暗く、底光りするような狂気を宿していた。

 

「『獣』です。……今日はよろしくお願いします」

 

瑠衣は生唾を飲み、会釈をした。

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