※この作品はR-18です。

フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き-   作:宇多川志木

6 / 44
05 共犯者とのフォー・ハンズ

「どうぞ、中へお入りください。もうセッティングは完了しております」

「あ……はい」

 

撮影希望の男――K(ケー)に促され、有村(ありむら)瑠衣(るい)は部屋に足を踏み入れた。

そこは奇妙な空間だった。

 

六畳ほどのワンルーム。壁はコンクリート打ちっぱなしで、床は白いタイル張り。家具は一切なく、部屋の中央に、業務用の大きなビニールシートが敷かれているだけだった。

 

そして、その周囲には、プロ仕様の照明機材と、三脚に据えられた一眼レフカメラが二台、鎮座していた。

 

窓は遮光カーテンで完全に閉ざされ、昼間だというのに、部屋は人工的な光に満たされていた。

 

「完璧な防音です。誰にも邪魔されません」

 

Kは、ドアに二重の鍵をかけながら、背を向けて言った。

その声のトーンが、先ほどまでの静かなものから、微かに上ずった、興奮を帯びたものへと変化している。

 

瑠衣は部屋の隅に荷物とサングラスを置いた。

置きながら、カメラと照明機材の存在感に目を丸くする。

 

「随分と本格的な機材をお持ちなんですね」

「質の良い写真を追究しているうちに、こうなってしまいましてね」

「そうなんですか……」

 

撮影への意識は相当高そうだ。まああんなメッセージを送ってくるような人だから、違和感はない。

 

瑠衣は部屋の中央に進み、ゆっくりとコートを脱ぎ捨てた。

現れたのは、薄暗い部屋で発光するかのような、純白のドレス姿。

Kの喉が、ゴクリと鳴る音が聞こえた。

 

「……美しい。画面の向こうで見るよりも、ずっと」

 

Kはカメラのファインダーを覗き込みながら、夢遊病者のように呟いた。

「そのままで。その清らかなドレスのままで、お願いします」

 

瑠衣は、男の視線が自分の顔ではなく、ドレスの下の肉体に集中しているのを感じた。

 

彼女は、ゆっくりとドレスの裾を持ち上げた。

真っ白な布地がめくれ上がり、露わになる素足。

下着はつけていない。

太ももの内側に微かに生えた、柔らかな産毛。そして、へその下から股間を覆い尽くす、濃密で野性的な黒い茂み。

 

「おお…………!」

 

Kが感嘆の声を上げ、シャッターを切り始めた。

 

――カシャッ、カシャッ、カシャッ。

連続する乾いた音が、密室の空気を切り裂く。

フラッシュが焚かれるたびに、瑠衣の網膜に、自分の恥ずべき部分が焼き付けられていく。

 

「素晴らしい。手入れされていない、その原始のままの姿……現代の聖女が隠し持つ、真実の獣性だ」

 

Kは興奮のあまり、早口でまくし立てた。

 

「脇も……脇も見せてください。お願いします」

 

瑠衣は従順に、両腕を高く上げた。

ドレスの袖から、処理されることなく伸び放題になった腋毛が、黒々とした塊となって露わになる。汗ばんだ皮膚に張り付く毛の質感。そこから漂う、濃厚な体臭。

 

Kはカメラを持ったまま、這いつくばるようにして瑠衣に近づいた。

 

「嗅いでも……いいですか?」

許可を待たず、男は瑠衣の脇の下に顔を埋めた。

 

スウッ、と深く息を吸い込む音。

瑠衣の背筋に、悪寒と快感が同時に走り抜ける。

 

見知らぬ男に、自分の体臭を直接嗅がれるという恥辱。

だが、その恥辱が、彼女の脳内で強烈な興奮へと変換される。

 

「これはスパイシー……!最高の、獣の臭いだ……!」

 

Kは恍惚とした表情で顔を上げ、再びシャッターを切り続けた。

レンズの向こうの視線は、明らかに瑠衣を「人間」としてではなく、崇拝すべき「異形」として捉えていた。

 

 

そして、瑠衣の体内で、あの感覚が目覚め始めた。

ここに来るまで、わざとトイレを我慢していた。緊張と興奮で、腸の蠕動運動が活発になり、下腹部に重く熱い塊が降りてくる。

 

「……出てきそう。もう、我慢できない」

 

瑠衣は、潤んだ瞳でKを見下ろした。

Kは激しく頷き、ビニールシートの中央を指差した。

 

「ここへ。あなたの全てを、ここへ発(・)現(・)してください」

 

瑠衣はドレスの裾をさらに高く捲り上げ、腰を落とした。

和式便器を使うときのような、無防備で動物的な姿勢。

 

真っ白なドレスが、床の汚れに触れないように注意深く、しかし大胆に広げられる。

露わになった臀部の割れ目。緊張で赤く充血した肛門と、湿った膣口が、照明の光に晒される。

 

Kはカメラをローアングルに構え、その一点を狙い定めた。

息を呑む音。シャッターを切る指の震え。

 

「んっ……くぅ……ッ!」

 

瑠衣は、括約筋の力を抜いた。

長い間我慢していた反動で、排泄は爆発的だった。

 

 

ブチュ、ボトボトボト……!!

 

 

湿った、重量感のある音が、タイルの床に響き渡る。

ビニールシートの上に、熱を持った茶色の塊が落下し、積み上がっていく。

強烈なアンモニアと腐敗臭が、一瞬にして密室の空気を汚染する。

 

「あああッ! 出た! 女神の汚濁が! なんと麗しい!」

 

Kは半狂乱になって叫び、シャッターを連写した。

フラッシュの閃光が、排泄の瞬間をコマ送りのように切り取っていく。

瑠衣は、排泄の快感に身を任せながら、その光景をぼんやりと見つめていた。

 

自分の体内から出たものが、目の前で形を成していく。

温かい。臭い。汚い。

だが、その汚物を、目の前の男は宝石でも見るような目で見つめ、記録している。

 

罵倒される快感とは違う。

これは、肯定される快感だ。

自分が「獣」であることを、全面的に受け入れられ、崇められるという、屈折したエクスタシー。

 

固形物に続き、ジョロジョロと尿がほとばしる。

黄色い液体がビニールシートの上を流れ、ドレスの裾を濡らしていく。

純白の布地が、見る見るうちに黄色く、茶色く染まっていく。

 

「あっ……ドレスが……」

「いい! それでいいんです! その対比こそが至高の芸術だ!」

Kはドレスの染みに向かって、一心不乱にシャッターを切った。

 

 

ひとしきり撮影したKは、瑠衣が出したばかりの排泄物に顔を近づけ、深く息を吸い込んだ。

「すぅーっ……。ああ、なんて芳しい……。これが、あなたの体内にあったもの……」

 

さらに、震える指で、温かい塊へと手を伸ばした。

「ああ……温かい。これが、あなたの命の温度……」

 

恍惚の表情で汚れた指を見つめ、歓喜の声をあげる男。

その姿を見下ろしながら、瑠衣の胸に、これまでにない安らかな感情が溢れ出した。

 

(受け入れられている……私の汚い部分が、全部……)

 

 

彼女は、排泄が終わった後も、そのままの姿勢で動かなかった。

尻から汚物が垂れ下がり、ドレスは尿と便で汚れている。

 

「……これからも、私の全部、記録してくれますか?」

 

瑠衣は、汚れた手で自分の股間を弄りながら、撫でるような声でKに問いかけた。

Kは顔を上気させ、汚れた手でカメラを握り直すと、激しく頷いた。

 

「はい! もっと! あなたの全てを! 私に記録させてください!」

 

 

密室のステージは、まだ始まったばかりだった。

SNSというデジタルな檻から抜け出し、巡り合った共犯者との連弾(フォー・ハンズ)。

 

そこには、罵倒も軽蔑もない。

あるのは、汚濁への狂信的な崇拝と、それを糧として肥大していく「獣」の欲望だけだった。

 

瑠衣は、ドレスの汚れなど気にも留めず、Kが向けるカメラのレンズに向かって、とろけるような聖母の笑みを浮かべた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。