フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
「Kさん、次は開放的な場所で、撮影したい」
「お任せください。おあつらえ向きの場所を用意しましょう」
***
まだ夜の
都会の喧騒から遠く離れた、人気のない海岸線。冷たい潮風が、砂丘の薄を揺らしている。
「……完璧なロケーションです。誰も来ません」
Kの声は、いつものように興奮で微かに震えていた。彼の手には、すでに愛機である一眼レフカメラが握られている。
助手席の
車内の薄暗がりの中で、彼女の纏うエメラルド色のビキニが、深海の宝石のように鈍く光った。
「寒いですか?」
Kが気遣うように尋ねる。とっくに海水浴のシーズンは終わり、早朝の海辺は冷え込んでいた。
だが、瑠衣は首を横に振った。
「いいえ。……熱いくらいかも」
彼女の体内では、ここに来るまでの道中、意図的に高めてきた腸の蠕動運動が、灼熱の塊となって下腹部で渦を巻いていた。
二人は砂浜へと降り立った。
足裏に感じる、湿った砂の冷たさ。それが、ドレスの下の全裸とも、レンタルルームのビニールシートとも違う、新たな刺激となって瑠衣の脳髄を痺れさせる。
東の空が、濃藍から紫、そしてオレンジへとグラデーションを描き始める。
「始めましょう。太陽が昇る、その瞬間を」
Kの指示で、瑠衣は波打ち際に立った。
寄せては返す白い泡が、彼女の足首を濡らす。
瑠衣は、身につけたエメラルド色のビキニの感触を確かめた。胸元でツイストされた布地が、彼女の豊かな乳房を強調している。
だが、彼女が真に見せつけたいのは、その美しい水着ではない。
「腕を上げて。脇を、見せてください」
瑠衣は従順に、両腕を高く掲げた。
水平線から、最初の太陽光が矢のように射し込む。
黄金色の光が、彼女の美しい肢体を照らし出し――そして、その完璧な美貌と強烈な対比を成す「獣の証」を暴き出した。
脇の下に、処理されることなく黒々と生えそろった腋毛の茂み。
そして、ビキニのボトムの際から大胆にはみ出し、下腹部へと続く濃密なアンダーヘア。
「なんて、神々しい……。ここは今、『ペトラ・トゥ・ロミウ』となった」
「……ペトラ・トゥ・ロミウ?」
Kの呟く聞き慣れない用語に、瑠衣は思わず聞き返す。
「愛の女神、アフロディーテ生誕の地です。キプロスという島にあるんです」
「……愛の女神がこんなに毛深くていいのかなあ」
「獣さん」
Kが食い気味に言葉を被せ、そして口元をニヤつかせながら言い放った。
「
逆光の中、夢中でシャッターを切るKの姿がシルエットになる。
美しい朝焼け。清浄な海。そして、そこに佇む毛深い雌犬のような女神。
この倒錯したコントラストが、瑠衣の露出欲を極限まで高めた。
(お日様も、海も、みんな私を見ているみたい……)
レンタルルームという密室とは違う、無限の開放感。もし誰かが双眼鏡で見ていたら? 漁船が通りかかったら?
そのリスクが、彼女の括約筋を甘く締め付ける。
太陽が完全に姿を現し、海面がキラキラと輝き出した時、瑠衣の頭の中で、またもドビュッシーの曲が流れ始めた。
『喜びの島』。後半にかけて熱狂的に展開されるあのメロディーが、瑠衣がこれから陶酔するエクスタシーを予知しているようだった。
「Kさん……。もう、いい?」
彼女の声色が変わったのを、共犯者は敏感に察知した。
「はい。場所は……あの流木の陰にしましょうか」
「待って」
瑠衣は、波が引いていったばかりの、濡れて平らな砂浜を指差した。
「ここにする。一番、綺麗な場所で」
彼女は太陽に向かって、足を広げてゆっくりと腰を落とした。
そして、エメラルドのボトムを下ろし、半脱ぎの状態にした。
露わになった臀部が、朝日に照らされる。
Kは砂まみれになるのも構わず、地面に這いつくばり、ローアングルからレンズを向けた。
「んっ……、ふぅ……ッ!」
瑠衣は、海に向かって、体内の熱い
ブリュ、ボトボトッ……。
波音に混じり、湿った音が砂浜に響く。
朝日に輝く濡れた砂の上に、湯気を立てる茶色い汚物が落下し、小さな山を築いていく。
その横で、黄色い尿が砂に染み込み、瞬く間に譜面を描く。
「素晴らしい……! 太陽と、海と、あなたの排泄物! これぞ神々の共演だ!」
Kのシャッター音が、トレモロのように鳴り響く。
瑠衣は、排泄の快感に身を震わせながら、恍惚の表情で水平線を見つめていた。
清浄な大気の中で、自分の中から出た強烈なアンモニアと腐敗臭が、潮の香りと混じり合う。
その背徳的なアンサンブルが、彼女を絶頂へと導いた。
「ああっ、出る……全部、出ちゃうぅ……ッ!」
彼女は、砂の上に尻餅をついた。
自分の出したばかりの温かい汚物と、冷たい砂が、太ももの裏や臀部にべっとりと付着する。
美しいエメラルド色の水着が、茶色く汚されていく。
全てを出し切った後も、彼女は動かなかった。
寄せてきた波が、彼女の足元と、砂上の汚物を洗い流そうとする。
「待って! まだ流さないで!」
Kが慌てて、波打ち際ギリギリの「作品」を接写する。
瑠衣は、その滑稽な共犯者の姿と、自分の汚れた下半身を見下ろし、朝日の中でクスクスと笑った。
ピアニストの繊細な指が、砂と糞にまみれた自分の太ももを愛おしそうに撫でる。
誰にも邪魔されない、楽園のような耽美なステージ。
そこで彼女は、文明の衣を脱ぎ捨てた「獣」としての、新しい朝を迎えていた。