魔力ゼロの呪詛錬成・出涸らしエルフは性悪女冒険者パーティに復讐する 作:ケロリビドー
ライルフェンが泣き終わるまでエリエットは待っていてくれた。屈辱的な扱いも、それに喜んでしまった瞬間があったことへの罪悪感もすべていつか報われる日が来ると願っていた彼は、涙が止まると膝を抱えて小さく蹲った。
「……もう行かないと。ずっとここにいるわけにはいかないわ」
「いや……いい。置いて行ってくれ……」
ひとしきり泣いたら言語が戻ってきたらしく、ライルフェンは小さな声でエリエットにそう言った。エリエットは形のいい眉を困ったように歪めて問いただす。
「置いて行っていい?」
「ああ、いい。もう俺は生きていても仕方がない。エルフの未来を救うことのできない役立たずなら死んだほうがましだ」
「……それは困るわ」
「困る? なぜ君が? 助けてもらったことは感謝するが、君は赤の他人だ、俺一人が死んでも特に困ることなどないはずだが……」
「だって、あなたを生き返らせるために使った蘇生の魔石はわたしのほぼ全財産に相当するほど高価だったからよ」
「……なんだと?」
全財産、と聞いてライルフェンは顔を上げる。
「人一人生き返らせることのできるマジックアイテムだもの。あれ一つで家が何軒も立つような高級品よ。あなたはそれを使って生き返ったの。だからわたしに借りがある。それを返すまで死んでもらったら困るわ」
「った……」
頼んでない、と言いそうになって、それがとても失礼なことだと気づいたライルフェンは口をつぐむ。エリエットは命の恩人だ。たとえ今自分が死んだ方がましだと思っていたとしても、私財をなげうって助けてくれた相手には礼を言うべきだと思った。
「いや……。そうだな。助けてくれてありがとう。俺はライルフェン。エルフの魔術師……だった。今はただのエルフだ……」
ライルフェンはそれだけ言うとそれきり口をつぐんでしまった。魔力を失ったショックも冷めやらず、さらに疲労が限界だったのだ。
「ライルフェン。疲れていて可愛そうだけど、まずはこのダンジョンから出ましょう。柔らかいベッドで身体を休めたいでしょう。行くわよ」
「……」
裸にフード付きのマントだけを纏ったライルフェンの手を取って、エリエットはダンジョンの出口への道を進んだ。人間の生活圏に来てから初めての性や暴力を含まない触れ合いにどうしたらいいのかわからず、ライルフェンは自分の手を握っているエリエットの指ぬきグローブの手を何か不思議なものを見るかのような目で見ていた。魔力の炎はもう彼の胸の中にはないのだが、彼女の指に触れた時にほんのすこし、ちり、とあたたかい火の気配を感じたのだ。気のせいかもしれないが今はその気配にすがるしかない。ライルフェンはその感触に安心を感じて、彼女の手をそっと握り返した。
難易度の高いダンジョンの道中にはあえなく命を落とした冒険者のもう取り返しのつかない亡骸がたくさん放置されていた。どうせ彼らもモンスターに食べられてしまうのだから、とエリエットに言われたライルフェンは死体から衣服や靴を剥ぎ、生きた冒険者たちとすれ違うころには不自然でない装いをすることができていた。
「外に出たわよ。私の宿の部屋まで行きましょう。それまで頑張ってね」
「……ああ」
がやがやと聞こえる喧騒の中顔を上げると、まぶしい太陽が照り付けてライルフェンは思わずフードを引き下ろした。太陽というのはこんなに眩しかっただろうか。金色の薔薇たちに連れられている時はいつも兜で顔を覆っていたから空を見ることがなかった。その前は気持ちのいい風が吹く道を自由に旅していたはずなのに、それが自分の記憶だと信じられない。奴隷として扱われた生活は魔力以外の物もたくさんライルフェンから奪ってしまっていた。
ダンジョンに挑む冒険者たちを相手取った商売の屋台がひしめき合った道を手を引かれて歩く間、あちこちから肉の焼ける匂いがする。火の通った食べ物の匂いがライルフェンの鼻腔をくすぐり、胃袋をせつなくしめつける。ぐうと情けない音がして、それを聞いたエリエットは足を止めた。
「お腹がすいちゃったのね。ごはんが食べられるのはいいことだわ。でもろくなものを食べてないだろうしこの辺の安い屋台の肉は今の貴方には毒ね。宿についたらスープをわけてもらいましょう」
「……ん」
疲れ果てた頭ではまとまらないが、ライルフェンはどうしてエリエットが自分にこんなに親切にしてくれるのかわからなくて戸惑っていた。借りを返すまで死なれては困ると言うようなことを言っていたような気がする。誰にでも優しくする博愛主義者なのかもしれないとも思ったが、それにしてはダンジョンの中に落ちてた死体から衣服を剥ぎ取ったりすることに抵抗はないようだった。
(不思議な女だ……)
エリエットに手を引かれたまま、ライルフェンは彼女が居を置いている宿屋にたどり着いた。金色の薔薇たちに連れられていた時は三人部屋の床に転がされていたので、ついその時の癖でライルフェンが床に座り込むのを見ると、エリエットはそんな硬い所にいないで椅子かベッドに座ったら? と笑った。
(もう俺はあの女たちのものではないのだ……)
エルフにとってはそんなに長い間ではない期間隷属していただけで奴隷根性が染みついてしまったことにライルフェンがショックを受けている間にいつのまにか宿の厨房からもらって来たらしく、エリエットが小鍋と皿を小さなテーブルに並べた。ほかほかと湯気の出ている鍋の中身は細かくしたばら肉や刻んだリーキ、ニンジン、それに大麦が沈んだスープだった。彼女がそれを皿に注ぐと素晴らしい芳香がライルフェンの鼻腔をくすぐり、彼の唾液腺は痛むほどに反応しそれを口に入れたがった。
「……全財産をはたいたと言ったが」
「数日暮らすくらいのお金は残ってるわ。ダンジョンで手に入れたものもあとで売りに行くし。気にしないで今は食べて。あなたに元気になってほしいの」
「……いただき……ます」
肉の油が溶けて浮かんだブイヨンにスプーンを差し込んだところまでは覚えていた。しかし次にライルフェンが我に返った時、スープは皿の底までなめ尽くされたかのように綺麗に平らげられていた。
「おかわり、食べる?」
「……もらう」
そのまましばらくの間、宿の小さな部屋にはライルフェンが食器をカチャカチャ鳴らす音だけが響いた。
「落ち着いた? そろそろいろいろ話そうかと思うのだけれど……」
「恥ずかしい所を見せた。しかし、感謝する。確かに俺は君に恩を返さなければならないだろう。どうして俺を助けてくれたのか、話を聞かせてほしい……」
塩とスパイスの効いたスープは冷え切ったライルフェンの身体をすっかり温め、現実について考えを巡らす余裕をもたらしてくれた。エリエットは何者なのか、どうして高価なアイテムを使ってまでライルフェンを蘇生させたのか、それによってライルフェンに何をさせたいのか。彼女は謎に満ちていた。
「じゃあ、話すわね。結論から言うと、わたしは金色の薔薇に、というか、金色の薔薇のリーダーのディアンナに個人的な恨みを持っているの。だからなんとかして彼女をどん底まで引きずり下ろしたいの。復讐よ。それを成功させるための仲間が欲しくて、彼女に虐げられていたあなたを助けたの」
「復讐……?」
冷めていくスープを物憂げにスプーンでかき回しながら、エリエットは話し出した。それは彼女が受けた凄惨な仕打ちの記憶であり、ライルフェンが受けた恥辱と絶望と遜色のない屈辱の物語だった。