「大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です……」
固まってしまった塩崎に声をかけると、体をビクッとさせて意識を取り戻した。
でもまだ顔は真っ赤に染まっていて、目も混乱を表すかのようにぐるぐると回っている。
「お〜、あんたが真堂か。って、なんでこんな感じなってんの、茨」
「ん」
やってきた二人の少女。オレンジ色の髪をサイドテールにした姉御肌な美少女は、こちらを値踏みするかのようにジロジロと見てくる。意識してキリッとした顔を作る。
「うわ、結構イケメンじゃん」
「うわってなんだよ。俺は君の言う通り真堂。君は?」
「拳藤一佳。んで、こっちは小大唯」
「ん」
拳藤も大変美しい。雄英じゃなかったら間違いなく校内一の美少女であろう。しかし、小大唯と呼ばれた少女はそれを凌駕する美貌を持っていた。
絹のような黒髪、と言うべきだろうか。見るだけでそのサラサラ感が伝わってくる。瞳は黒曜石のように重たい輝きを放っていた。大きな瞳に整った鼻筋。そして、思わず目を奪われる小さな唇。それらが、完璧な比率で配置されていた。
──正直言って、今まで生きて来た中で一番可愛い……いや、綺麗である。
「あぁ、よろしく。クラスは違えど同じ学び舎で過ごすんだ、これからは仲良くやろうぜ」
冷静を装ってそう言う。どうやら俺の内心には気づいてないらしい。ポーカーフェイスのプロとは俺の事だ。
俺の言葉を受けた拳藤は、俺から視線を逸らして口を開いた。なに、バレたか?
「……私らはそのつもりなんだけど、うちのクラスに変なの居るんだよね。ちょっとA組を敵対視してるって言うか、そういう感じのが」
「あ〜、対抗心強いタイプか」
バレてなかった。セーフだ。
対抗心強いタイプ……うちの爆豪もそういうタイプだし、まぁクラスに一人は居るよなというのが素直な感情だ。「対抗心というより……」と呟いた拳藤の言葉を遮って、小大唯が口を開いた。
「ん」
「お、順番来か。さんきゅ」
「……ん!」
ランチラッシュは料理を作るスピードも非常に早い。味は言わずもがなでお値段も学生に優しいので、入学前に持っていた自分で弁当作るかという考えは完全に消えた。
「初見で伝わるんだ……」
「ん!」
何やら驚いてる様子の拳藤と、どこか自慢気な様子の小大。俺が美人の考えを間違えて捉えるはずがない。ん、だけの会話なんて朝飯前だぜ。
―――◆―――
「なんか引き連れとる!?」
「おぉ、真堂くんの知り合いかい?」
「わり、連絡すればよかったな」
幸いなことに席は空いている。事後報告になってしまったが、みんなは快く受け入れてくれた。響香のジトっとした目が俺に突き刺さる。気が付かないフリをして、響香の隣に座った。脇腹をプラグでつんつんされた。
「私はB組の拳藤。よろしくな」
「僕はA組の委員長を務める飯田天哉だ。A組とB組合同で授業を行うこともあるだろう。これからよろしく頼む!」
拳藤が「お、私もB組で委員長やってるよ」と言い飯田と会話が盛り上がる。飯を食いながらそれぞれの自己紹介をして、ヒンスタの交換もした。
話題の中心はここでも体育祭である。連絡先の交換が終わったら、麗日がほんの少しだけ不安そうに口を開いた。
「体育祭、今年はどんなんなんだろうね」
「例年通りなら大体第一種目でガッツリ落ちるけど、そっからどうなるんだろ」
麗日の言葉に拳藤が返す。1、2、3年で別れてて、競技もまたバラバラだ。でも、それでもいくつか共通していることがある。大体三種目くらいあって、第一種目で40人前後まで絞られる。
次の第二種目で20人以下になって、そっからガチンコのタイマンだ。去年の体育祭は本当に面白かった。3年は勿論のこと、2年の決勝が特に面白かったんだよな。
波動ねじれさん……いや、もう先輩か。波動先輩が恐らく食らった物を再現するという個性を持つ天喰先輩を下しての優勝。個性で空を飛ぶ彼女は、まさにヒーローそのものだった。可愛かったし。
「というか、あんた怪我大丈夫だったの?」
考え事をしていたら、そんな言葉が飛んできた。
どうやら、USJ襲撃事件のあれこれはB組にも伝わっているらしい。
「もうピンピンよ。リカバリーガール様々だな」
サムズアップしてそう言うと、B組の面々は安堵の表情を浮かべる。飯田と麗日は本当か? という顔をした。響香は普通だ。一回俺を脱がせて傷チェックしたからかもしれん。
「ほんとに無事なん? 朝も思ってたんだけど、そう短期間であれ治るんかな」
「同感だ」
「そもそもそんな怪我してねぇんだよ。黒いヤツのパンチは威力こそあれど真っ直ぐだったし、ヤマカンの振動でだいぶ威力の軽減ができた」
「そうなんだ……。じゃあ、足は?」
「複雑骨折だったろう? もう歩いて大丈夫なのか?」
「複雑骨折……」
クラスメイトも塩崎も心配性である。でもまぁ、俺がそっちの立場だったら、同じくらい心配するだろうし。これは体育祭で俺の絶好調さを証明するしかねえな。
「リカバリーガール曰く、“いい感じに折れたから治りやすかった”らしい。詳しいことは分かんないけど」
理屈はよく分からん。複雑骨折で綺麗に? と、俺という素人は考えてしまう。しかし、長年医療の第一線に立つリカバリーガールがそう言っていたのでそうなのだろう。
「まぁ、無事ならそれでいいんだが……」
何やら空気が重くなった。脚から骨がちょんと飛び出てるのは中々にインパクトが強かったらしい。
複雑骨折したことは初めて知ったらしい塩崎たちも、いたたまれない顔をしている。話題を変えよう。
「んなことより、お前ら“個性伸ばし”はしてるか?」
「個性伸ばし……って?」
100点満点のリアクションを返してくれたのは麗日である。説明しよう、個性伸ばしとは──
「名前のまんまで、個性を伸ばす……鍛える事だ。筋トレみたいなもんだな」
「それ、普通に使うだけじゃダメなん?」
「普通に使う分にはキャパ超えないようにするだろ? そうじゃなくて、キャパ超えても無理やり個性使うんだよ」
俺がそう言うと、麗日はうへ〜という顔をした。まぁ、麗日は個性を使いまくると俺と同じようにゲロを吐くらしいし、そこまで追い込みたくない気持ちもわかる。
だが、個性を鍛えてるのと鍛えてないのじゃその能力に大きな差が出る。ヒーローを目指すなら、個性伸ばしは避けて通れない道だろう。
「……私の個性、キャパとか無いんだけどどうしたらいいんだろ」
「どんな個性か聞いてもいいか?」
「手を大きくする、ってシンプルな個性。キャパとかも無いんだよね、多分」
「詳しいことは分からんが、それなら単純に発動のスピード早めるとかか?」
「スピード、か」
何やら考え始めた拳藤。手を大きくする……つまり、ギア3みたいなもんだろう。知らんけど。ゼロ距離で巨大な拳にぶん殴られるのはなかなか怖い。まぁ、負ける気はせんが。
「ウチも訓練でだいぶ個性強くなったしね。キツかったけど」
「そうなんや……」
響香の言葉に麗日は手のひらを見つめて考え込む。俺と一緒に鍛えていたからか、響香の個性『イヤホンジャック』はなかなかに強くなった。威力しかり音を拾う精度や範囲しかり。
「個性伸ばし……。俺は、ひたすらに走る、といった感じだろうか」
「飯田は兄貴とか親父さんに聞いた方が確実な気がするわ。多少違えど、ほぼ同じだろ?」
「む、たしかに」
素人の俺があれこれ口を出すより、プロヒーローであり個性『エンジン』と長く向き合っているインゲニウムに指導してもらうのが1番だろう。
「……ですが、個性は原則使用禁止では?」
「公共の場で使えないってだけさ。私有地はその限りじゃない。まぁ、そういうのが気になるなら雄英のトレーニングルームを使えばいい。個性の使用も含めて、許可してくれるぞ」
俺がそう言うと塩崎はほう、と呟いた。……というか、言い方的に今まであまり個性を使ってこなかった様子だ。本格的に鍛えたらすごいことになりそうだな。
「トレーニングルーム……そういえばパンフレットにあったなそんなの」
「申請出したらすぐ使えるし、設備もすげえからマジでおすすめだぜ」
「それ以外にジムもあるんよね、たしか」
「砂藤くんが気にしてたやつだな」
申請とか無しで、雄英の生徒なら誰でも使えるジムもある。まだ利用したことはないが、結構気になっている。今度力動を誘って行こう。
色々……主に体育祭のことについて話しながら、俺たちは一緒に昼ごはんを食べた。
―――◇―――
「なにごとだぁ!!?」
放課後。のんびりと帰宅の準備をしていた俺は、麗日の叫び声に反応して視線を廊下に向けた。そこには、もはや海と言っても過言じゃないほどの生徒たちの群れがいた。
「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」
「敵情視察だろザコ」
峰田の言葉に爆豪が返す。爆豪はそのまま言葉を続けた。
「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ」
爆豪の憶測は当たっているだろう。俺も同じ考えだ。
もっとも、
「──意味ねえからどけ。モブ共」
「知らない人の事をとりあえずモブって言うのはやめたまえ!」
爆豪の暴言に突っ込む飯田。相性が悪いようで良いのか……。見てる分には漫才みたいで面白いけど。
「どんなもんかと見に来たが、ずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
「あぁ!?」
人の波を抜けて出てきた紫髪の男の言葉に爆豪はキレる。
「めっちゃ嫌な勘違いされてるね」
「あぁ。心外だぜ……」
ヒソヒソと響香と話す。みんながみんなこうだとは思って欲しくないぜ。爆豪は外れ値である。
「こういうの見るとちょっと幻滅するなぁ。普通科って他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、結構いるんだぜ。知ってた?」
「はぁ?」
「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。……その逆もまた然りらしいよ」
そんなシステムあったのか。知らんかった。それを態々伝えに来たってことはこいつの目的は……
「敵情視察? 少なくとも
普通科にも熱い男が居るな。あの試験に落ちたってことは、個性は対人特化か? まぁ、筆記がダメだった可能性もあるから細かいことは分からんが。
「──隣のB組のもんだけどよぅ! ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ! エラく調子付いちゃってんオイ! 本番で恥ずかしい事なっぞ!!」
そう言い捨てた男はヅカヅカと歩いて行った。嵐のような男だったぜ。B組ということは、拳藤たちと同じか。アイツが、昼に言ってた奴だろうか。
クラスのみんなのじ、とした視線が爆豪に集まる。ちょっとおもろい。俺も向けよう。
そんな視線を無視して、爆豪は歩き出す。
「待てコラどうしてくれんだ! おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねえか!!」
「関係ねぇよ……」
「はぁ──!?」
「上に上がりゃ関係ねぇ」
振り向いてそう言った爆豪と目が合った。
いつものようににキレる……ことはなく、爆豪は知性を宿した瞳のまま口を開く。
「振動野郎、テメェもだ。テメェをぶっ殺して、俺は
「宣戦布告か? ぶっ潰してやるからかかってこい」
「チッ、首洗って待っとけや!」
爆豪はいつものように怒ると、そのままズカズカと教室から出た。急な宣戦布告にびっくりして煽ってしまったが、俺は今かなりワクワクしている。
「真堂くんらしくないんじゃないか?」
「んな事は無い。俺は元からこんなんだよ」
俺がそう言うと飯田はむむ、と言って黙った。煽られたら煽り返すし、殴られたら殴り返す。俺はそういう人間である。
「分かりやすくて良いな。一位になるために、爆豪も真堂もボコボコにすればいいって話だろ?」
「シンプルで男らしいじゃねえか!」
「騙されんなよ! 爆豪は無駄に敵増やしただけだぞ!」
力動が分かりやすくまとめて切島が同調する。上鳴は冷静だった。ええい、細かいことはいいんだよ。
「どうせヒーロー科ってことで狙われてんだ。そんな気にすんなよ」
「……それもそうよね。一位目指すなら、どっちみちだ」
麗日は改めて決意を固めた様子である。周りの面々も、覚悟を決めた顔をしている。よし、ぼちぼち帰ろう──
「あ、そういえば」
⎯⎯として、麗日に声を掛けられた。
「真堂くん、この間言ってた三半規管の鍛え方教えてくれん?」
そういえばそんなことも言っていたな。教える……のはちょっとムズいな。説明が。
「説明するのちょっとムズいんだよな。この後暇か?」
「暇!」
「うし、なら空いてる施設借りてそこで教えるわ」
借りれるかどうかは分かんねえけど、雄英にはトレーニングルームを含めて沢山の施設がある。選り好みしなけりゃどっか行けるだろう。
「響香はどうする?」
「ウチはジム行ってみようかな」
「お、良いな。俺も行っていいか?」
「私もー!」
「もちろん。みんなで鍛えよ」
ジムもいつか……体育祭までには行きたいな。色んな個性持ちが居る雄英のジム、当然、異形型に対応してすごい負荷をかけられるのもあるだろう。気になる。
ジムは許可が要らないので、響香達とは途中で別れて、俺と麗日は申請の為に職員室へと向かった。
体育祭までの2週間でいっぱいエッチしたい