「眠い」
「そう? ウチは絶好調」
HR前の教室。ポツリと呟いた俺の言葉を拾った響香は肌をつやつやさせながらそう言った。
麗日との訓練が終わった後、響香に連絡を入れて合流。響香にマッサージを施した。
マッサージ……とその後の諸々で、寝たのは3時とか。寝てないアピールをしたい訳じゃない。純粋に眠いんだ。
「そりゃあ良かった──」
響香にそう返すと、教室の扉が開かれた。そこに居たのは、もじゃもじゃの緑髪が特徴的な男──緑谷出久である。
緑谷と、目が合った。
「……っ」
そして、逸らされた。あー、最後まで聞かれてたか? それを探るためにも、声をかける。
「おはよう、緑谷」
「お、おはよう、真堂くんっ。かっちゃんもおはよう」
「挨拶してくんじゃねえよクソが!」
俺の時は少し挙動不審だったが、爆豪に挨拶をして少しは落ち着いた。爆豪のことそういう使い方してんのか……。
「緑谷──」
「はいおはよう。お前ら席着け」
もう少し探ろうとして、教室に相澤先生が入ってきた。
……まぁ、大丈夫か。そもそも緑谷は麗日と付き合ってるわけでもないんだし。バレてもなんもねえだろ。
―――◆―――
「コイツが昨日言ってた俺の去年の生徒……不破真綿だ」
放課後。相澤先生と共にやや広めな……普通の学校の体育館くらいの大きさの訓練室にやって来た俺は、そこで一人の女性と対面していた。
「君がイレ先が言いよったイケメンくんか。よろしくね」
俺をイケメンくんと呼んだのは、ピンク色のボブカットにふわふわとしたピアスが特徴的な生徒──不破真綿である。
彼女は、去年の雄英体育祭一年の部でトップ4に入っていた。まさか、相澤先生が言っていた生徒が彼女だったとは。
てかイケメンくんってなんだよ。
「……相澤先生、どんな紹介したんスか」
「至って普通の説明だったが……」
相澤先生の方に視線を向けると相澤先生も少し戸惑っていた。おいおい、こんな相澤先生初めて見たぞ。
「ジョークやん。君、真堂くんやろ? イレ先のお気に入りの」
「……おい」
不破さんがおどけた様子でそう言うと、相澤先生は気まずそうに小さな声を漏らした。てか、相澤先生、俺のこと気に入ってたのかよ……!
「実際、私らの時はこんなことしてないやん? 昨日の放課後急に来たイレ先が帰った後すごい騒がしかったとよ。2年生になっても除籍されるかと思った! って感じで」
「アイツらに、俺は2年を除籍する権限は持ってないから安心していいと伝えとけ」
なにやら非常に仲が良さそうである。
というか、不破先輩は福岡出身なのだろうか。ホークスみたいな方言である。博多弁というやつか?
「みんな信じんやろ。去年、イレ先の“合理的虚偽”に何回痛い目見せられたか…… 」
「……はぁ。まぁ、良い。今回お前に真堂を紹介したのはその方がお前の利になると判断したからだ。訓練、ちゃんとやれよ」
呆れたようにため息をついた相澤先生は、そう言うと踵を返して訓練室から出て行った。残されたのは、初対面の俺と不破先輩である。
「私の利、ね」
不破先輩はそう呟いた。たしかに、不破先輩にとっての利とはなんだろう。俺にとっての利は、もちろん個性が使えることである。あと、先輩から指導を受けられるのも利だ。
「改めまして、真堂司です。今日はよろしくお願いします」
「不破真綿です、よろしくね。ねぇ、イレ先が言いよった“利”ってなんやと思う? イケメンと知り合えること?」
自己紹介が終わると、早速さきほど俺が抱いていた疑問と同じ問いを投げかけられた。利、利、本当になんだ。それを教えてから帰ってくれよ相澤先生……!
「イケメンと知り合えることもですけど、流石に他にもありそうっすよね。例えば、個性の相性が良いとか」
「個性の相性、ね。私の個性はなんか知っとる?」
「はい。簡単に言うと“綿の操作”っすよね。硬くしたり柔らかくしたり、武器にしたり」
俺がそう言うと、不破先輩の綿のピアスが揺れた。うにょうにょと綿が動き、俺から見て左の綿が「正」、右の綿が「解」という形に変わった。
……何気にすごい精度だな、これ。
「正確には“耳元に発生する綿を操作する”って感じ。だから、私由来じゃない綿は操作できない。でも、自分が出した綿だったら綿の限界を超えて操れるっちゃん。真堂くんの個性はどんなんなん?」
「俺の個性は『振動』です。自分や触れたモノを振動させれます」
綿と振動。相性が良くも悪くもなさそうだ。しばしの沈黙が流れる。それを破ったのは、思考を中断させた不破先輩の声だった。
「……うーん。とりあえず訓練始めよっか」
俺も考えても分かんねえや。更衣室で体操着に着替えて、また戻って来る。不破先輩はもう着替え終わっていた。ベンチに座って、耳元の綿を触らずに動かしていた。
「すんません、待たせました」
「私が早いだけやけん気にせんでいいよ。それじゃあ、早速なんだけど、なんか特訓したいとこある?」
「……あー、一個あります。ちょっと、試してみてもいいですか?」
訓練室の中央に鎮座する巨岩──恐らくセメントス先生が作ったもの──を指さしてそう言うと、不破先輩は頷いた。
「壊す系? 私
「空?」と呟く。不破先輩の耳元から綿が離れた。離れた綿は地面にふわふわと落下していくが、途中で止まった。そして、サイズが大きくなる。人が乗れるほどに。
「いいやろ? 名付けて綿雲」
「乗れるんすか……!」
「うん。後で乗せたげる」
不破先輩は雲のようになった綿にひょいと座る。先輩を乗せた雲は、上空へと浮かんで行った。
そんな使い方もできるのか、『綿』の個性は。ひとえに不破先輩の努力の賜物だろうが、すげえわ。というか、俺も空飛びたいな。なんかこう、爆豪の奴パクって上手いこと行けねえかな……。
「壊れてもセメントス先生がすぐ直せるけん、遠慮せんでいーよー」
「はい! ありがとうございます!」
色々考えていたことが、どうやら俺が遠慮をしているように見えたらしい。元より遠慮なんてするつもりはない。
振動のエネルギーを具現化するイメージで個性を発動させる。
「おっ、結構行けるな……」
右拳を中心に球状のエネルギーの塊が現れた。かなり不安定だが、それでも問題なく維持出来る。
これがどういう原理で発生しているのかは分からない。だが、それはどうでもいい。個性とはそもそも超常能力。理解できなくて当然なんだ。
俺は、そのエネルギーを纏ったまま、あの時のように世界を割るイメージで拳を振り抜いた──
ゴオオンッ!
「……」
──岩は半壊した。凄まじい音を立てて崩れていく。その場から引いて、考える。明らかに、あの時とは違う。
「うわ〜、想像よりすごいわ。めっちゃ強いやん」
「不破先輩、亀裂とか見えました?」
「亀裂……だらけやん?」
「岩自体にじゃないです。世界というか、空間に」
俺の言葉に不破先輩は疑問符を浮かべたような表情になる。見えてなさそうだな。俺も、手応えが違う。ただこれで殴るだけじゃダメなのか?
「本当は亀裂走るん?」
「はい。ONEPIECE見たことあります?」
「ちょっとだけ。……あ、なるほど、白ひげみたいなんしたいと?」
「というより、それができた……はずなんすけどね」
あの時と何が違う? あの時は、死にかけでクソほどアドレナリンが出ていた。血が足りなかったせいか、視界もモノクロで、ぼんやりとしていた。
「……考えても分かんねえや」
グラグラパンチを放つ方法も分かんないし、相澤先生が言っていた不破先輩の利とやらも謎のまま。
「ま、体育祭までまだ1週間くらいあるし大丈夫やない?」
「……まぁ、対人だと火力高すぎるんで体育祭では使わない予定だったから出来なくても別に大丈夫っちゃ大丈夫なんすけどね」
脳無というやつは超再生とかいうイカれた個性を持っていたらしく結果的にはノーダメだったらしいが、手マン……死柄木はそうじゃないだろう。体育祭とはいえら人に向けていい技ではない。
「ふーん。……あ、そうだ。技のイメージ固める為に技の名前とか決めとったら?」
「技の名前、ですか。必殺技的な感じのやつっすよね」
「そうそう。例えばなんやけど私の“綿雲”も、名前付けてから安定して出来るようになったんよ。名前つけるのって地味に大事やけん」
そうなのか。……グラグラパンチは仮称で、白ひげの技である。というか、それも白ひげが付けた名前じゃない。
拳に球状のエネルギーを発生させる。輪郭はブレているが、これは“振動”のエネルギーを具現化させているからだ。さっきより、安定している。
「……決めました」
「めっちゃ早いやん。聞いてもいい?」
「はい。グラグラパンチ改めて──
──です」
―――◇―――
「冷静に考えてあと一週間無いのヤバくね?」
「ヤバいけど、興奮するわ。やっとみんなとやり合える」
「……どこのバーサーカーだよ」
体育祭まで一週間を切った放課後。俺は今日も今日とて雄英の施設で鍛えていた。今日は誰でも使えるジムで、力動と共に鍛えている。ジムには他のA組のメンツもいるが、それぞれの目的に合わせた器具で鍛えている。
ジムは学年ごとに別れていて、ここには一年生しかいない。最初の方は人も少なかったが、今ではほとんどのマシンが埋まっている。
ヒーロー科普通科問わず、みんな体育祭で勝つために鍛えているんだ。ワクワクするのもしかたないだろう。
「力動だってそうだろ。手加減とやらを覚えてからヒーロー基礎学はあれど戦闘訓練はなかったからな」
「へへ、まぁな」
マシンから足を離して力動の方を向く。……間違いなく、出会った頃よりひと回りは大きい。そして、筋肉の密度も増している。最初の頃がボディビルダーだとしたら、今はゴリラのような肉体。腕が俺の足くらいある気がするぞ。
「毎回思うけど筋肉すげえよな〜」
「ナチュラルでそんだけ鍛えてるお前もすげえよ。俺は、言わばドーピングしてるようなもんだしな」
力動はやれやれと腕を振りながらそう言った。
たしか、個性『シュガードープ』で五倍になった身体能力の感覚を個性が切れても覚えていて、普通より効率良く鍛えられると言っていた気がする。
「何言ってんだよ。どの道鍛えねえと筋肉つかねぇんだから、純度100%の努力だろ」
「……」
そう、あくまで効率がいいだけで、力動自身が鍛えないと筋肉がつくわけじゃない。それにケチをつけるやつは、筋トレをしたことがないやつ位だろう。
「お前と戦えるの楽しみだぜ。全力でやり合おうな」
「……全力でな」
視線を交差させて拳を付き合わせた俺たちは、静かに訓練に戻った。
「何アレ」
「男の友情……?」
近くで鍛えていた響香の冷めた目と麗日の不思議そうな言葉が、俺たちの心を傷つけたのは言うまでもないだろう。