「クソ、ヒーローじゃねぇか──」
振動させた拳が異形型
「うおおおお! “
「……タメなのにすげぇや」
「さ、サインください!」
職場体験7日目──つまり最終日。俺のヒーロー名である『震界』は、少しだけ世間に知られるようになっていた。
だが、サインを求められたのは初めてである。
野次馬してた中学生くらいの少女から渡された色紙に、なんて書こうかと迷っていると、少し後ろで様子を窺っていたミルコがやってきた。
「そう悩むもんじゃねぇ。活動初期の曖昧なサインもファンからしたら嬉しいもんだ」
「そんなもんか……」
少女に名前を聞いて、色紙に少女の名前とサイン──“震界”と書くだけ──を書いた。
「あ、ありがとうございます……!」
まるで宝物を抱えるかのように色紙を抱えた少女は、キラキラとした目で俺を見つめていた。
……こういうきらめく目を見せられると、なんだか“ヒーロー”をしていると強く実感する。職場体験だけど。
「──次の
大きなうさ耳をピクつかせたミルコがそう言う。
この一週間、ミルコが見つけた
……あれから、同じ部屋に泊まることはなかった。当然セックスもしていない。まぁ、当たり前だな。
響香以外とのセックスはもうしない。というか、出来ない。他の女を孕ませた俺を許してくれるかどうかは分からないが、許してくれないなら、それは仕方ない。
大人しく雄英を去り、ヒーローも諦めよう。
「心ここに在らず、って顔だな」
「……しゃーないでしょ」
「三日目の“ヒーロー殺し”狩りたかったよな。私も同じ意見だ」
「それじゃねぇよ!」
確かに、緑谷や轟、飯田が巻き込まれたというヒーロー殺しが保須市で起こした事件は気になる。三人共そこまで
緑谷がSOSを送ってくれた時は、俺たちも別の
まぁ場所的に駆けつけても間に合わなかったんだがそれでも──って、そうじゃない。
「……彼女に、なんて言おうかなって」
「あぁ? んなもん黙っときゃいいだろ。私とお前の秘密だよ秘密」
「……そういう訳にゃいかんでしょ」
ミルコは結構ドライだ。あれから、俺に対して「私と結婚しろ」とか、そういうことは一切言ってこなかった。
「あぁ!? んでこんな所にヒーローが──」
「よし真堂、“戦闘許可”だ。ヤれ!」
「……うす」
本当に一人で産んで、そのまま育てるつもりなんだと思う。……それを、心の底ではありがたいと思っている自分に、強い嫌悪感が湧いた。
―――◆───
「一週間ぶりの本土……!」
「お疲れ様、響香」
「司もね! でも、わざわざ出迎え来なくてよかったのに」
東京都某所のフェリー乗り場。ミルコに頼んで東京で職場体験を終えた俺は、そこで響香と再会した。
メッセージや電話でやり取りはしていても、現実で会うのは1週間ぶりだ。少しの懐かしさすら覚えた。
「奥渡島はどうだった?」
「めっちゃ綺麗だったよ! ……まぁ、観光できたのは本当に少しだけで、ずっとビシバシ鍛えられてたけど……」
「ギャングオルカだもんなぁ。めっちゃ厳しそうなイメージだわ」
「マッジで厳しかった。でも、優しい人だったよ」
「お〜、そうなんだ」
あまり想像できないが、響香が言うならそうなんだろう。色々と話をしながら、俺たちは近場の駅に向かったのであった。
「──そういえば、話って何?」
東京から静岡に向かう新幹線の中。それぞれの職場体験の話をした後、響香がそう言った。
……昨日の夜、話があると伝えていたんだ。気分はまるでギロチンの下にいる死刑囚である。
「……まずは、本当にごめん」
「なにそれ。……めっちゃ顔色悪いけど」
怪訝そうな顔をしていた響香は、俺の顔を見て大事な話があることを察したらしい。椅子に座り直し、小声で話せるようにと俺の方へ身を寄せた。
「──ミルコを、妊娠させてしまった」
「……えぇ?」
響香の顔を見ることができない。沈黙が場を支配したり
イヤホンジャックが俺の首を抱えるように伸び、顔を自分の方へ向けようとする。
それに抗うことなく顔を向けると、いつもより三割増しのジト目をした響香と目が合った。
「……」
「……すまん」
「……どうすんの? するの、結婚」
「……いや、ミルコは一人で育てるって」
俺の言葉に、響香は呆れたようにため息を吐いた。
それから家に帰るまで会話がなかったのは、言うまでもないだろう。
―――◇―――
「……憂鬱だ」
一週間ぶりということもあり実家に帰ってきた俺は、心ここに在らずのまま、ベッドに転がり天井を見上げていた。
結局、これと言った会話をせずに帰ってきてしまった。
完全に、芋引いて話しかけれなかった俺のせいだ。
「どうしてこうなった……」
何が間違っていたんだろうか。……ミルコの元に職場体験に行った所から、今になって考えれば間違いだったな。
折角ホークスやクラストといったヒーローからも指名が来ていたんだし、そっちを選べば良かった。
「そうじゃないな」
そもそも、俺がミルコに手を出さなかったら良かった話である。先に手を出されたが、あそこでしっかりと断っとけばこんなことにはなっていない。
誰の元に行くとか、そういう話じゃない。
これは、俺という人間の問題である。
「ちゃんと腹割って話そう。明日」
「今話そ」
「それが一番いいが──」
響香の言葉にそう返す。ん?
……声がした方──部屋の扉──へ視線を向けると、そこにはラフな格好をした響香が立っていた。
理解が追いつかない。いつの間に家に来たんだ──と言おうとして、俺の上に跨ってきた響香に言葉を止められた。
「……どうしたんだ、こんな夜遅くに」
「言うほど遅くないでしょ。……結局あの後何も話せてなかったから、このままギクシャクしたくないなって思って」
響香はそう言いながら、体を倒して俺の胸に耳を当てた。
「……」
時計の針の音だけが部屋に響く。さっきまでは腹を割って話そうと思っていたのに、実際にその時が来たら、言葉が出ない。何かを切り出そうと口を開いては、そのまま閉じる。
静寂を破ったのは、響香の声だった。
「……そもそも、ほかの
「……悪い」
「司が謝ることじゃないでしょ。高校生に手を出したミルコが悪いじゃん」
響香はそう言うと顔を上げ、俺の頬を両手で掴み、顔を少し上に向けさせた。
黒曜石のような瞳と見つめ合う。前までなら見つめ続けられていたのに、今は逸らしたくてたまらなかった。
「言ったこと、覚えてる?」
「……“それ以上のことを、響香とする”、だったよな」
頷いた響香は、俺の首元に顔を埋めた。
それ以上のこと──妊娠以上のことと言われても、ピンと来ないのが本音である。俺は何をすればいいんだ。流石に学生の身分で妊娠する訳にも行かないし──
「──うん。だからさ、これからは全部生でえっちしよ♡ ウチとも、ウチ以外とも♡」
響香の言葉に、思わず面食らってしまう。
「……それは流石に破滅的すぎ──」
──首に響香の両手が添えられて、反射的に出た否定の言葉が止まる。
「……なんかさ、ずっと変なの。司が他の女とえっちするの、本当は嫌なはずなんだよ。想像するだけで苦しいはずなのに、それよりもっと──気持ちよくなっちゃう♡」
常夜灯もついていない暗い部屋だ。表情はよく見えない。
それでも微かに覗いた響香の瞳には、どこか狂気じみた色が浮かんでいた。
―――◆―――
「……妊娠したらどうすんだ」
「ピル飲めばいいじゃん。ウチは飲まないけど」
「飲まないのか?」
「うん。今日はね♡」
(響香が)妊娠したらどうすんだ、という意味だったのだが、それに対する言葉はなかった。
……まぁ、三奈との浮気がバレた時に答えは出ているか。
デキたら、俺の夢はそこまでである。そん時は腹括って働くとしよう。
「……あぁ、でも、これからは響香以外とはそういうこと──」
「それはダメ」
もう浮気はしないと誓おうと思ったのに、俺の言葉を遮って返ってきた言葉は、予想とかなり違っていた。想像もしていなかった言葉に戸惑っていると、響香が言葉を続ける。
「どうせ我慢して辛くなっちゃうくらいならさ、もう全員抱くくらいの勢いで行っちゃおうよ♡ そっちの方がロックじゃない?」
「……うーん?」
ある意味でいえばロックなのかもしれないが……。
響香はそれでいいのだろうか。
「……それに、変に束縛して司に嫌われたくないし」
ボソッと呟くように漏れた言葉。響香の本心は、こっちだろう。女心に疎い俺でも、それは分かった。
「嫌うわけないだろ。むしろ、俺の方こそ愛想つかされるんじゃないかってビビってたのに」
「そうなんだ。……かわい♡」
そう言って、響香は俺の首筋に唇を落とした。
「本当に、もういいんだ。そもそも、
「ん〜……」
どうやら俺の謝罪は刺さっていないようである。まだ俺を好いてくれているらしいのにこの反応。ここから何を言えばいいのか、俺には分からなかった。
「これからは、普通のカップルみたいに──」
「司が他の女とえっちしないなら、ウチが他の男とヤるけどそれでもいいの?」
「全然よくない」
「なら、他の女とえっちしないとじゃん♡」
……響香がどんな気持ちで、どんな表情でそう言ったのかは分からない。俺はまるで泥沼にはまり込んだような気分で、ただ部屋の天井を見上げていた。
真堂司:職場体験では無心で
耳郎響香:普通に脳破壊されてる。気がついたらNTRもの以外でイけなくなっていた。本当に他の男に抱かれる気はあんまない。もっとも、ここで司が引いたらその限りではないが。
ミルコ:強い雄の子供を孕んでかなり満足している。寝る前に子供たちの名前を考えてるらしい。
響香ちゃんが孕むまでのチキンレース始まったな…!