通学路の並木道を、春の陽気が穏やかに包み込んでいる。
アスファルトに落ちる木漏れ日。登校する生徒たちの笑い声。遠くで響くチャイムの音。
それは、水神小夜がずっと守ってきた「平和な日常」そのものだった。
――けれど、今日の彼女にとって、この景色はまるで異世界の出来事のように感じられた。
(……歩きにくい)
小夜は、なるべく不自然にならないよう、内股に力を入れながらゆっくりと歩を進めていた。
一見すれば、いつもの凛とした立ち姿の優等生、水神小夜だ。
だが、その膝丈のスカートの下、清楚なプリーツの奥には、重大な秘密が隠されている。
今朝、ご主人様――柊うてなの手によって装着された、愛玩用の拘束具たち。
一歩踏み出すたびに、胸元で鋭い痛みが走る。
ノーブラの素肌に直接ワイシャツを纏っているため、布地が動くたびに、乳首を強く挟み込む「魔力クリップ」が引っ張られるのだ。
チリチリとした痛みは、すぐに痺れるような快感へと変わり、小夜の意識を強制的に胸元へと集中させる。
そして何より、股間の違和感が凄まじかった。
下着を穿くことを禁じられた下半身。
そこに埋め込まれているのは、遠隔操作式のローターだ。
今はまだスイッチが入っていない。けれど、その冷たく硬質な異物感は、歩くたびに敏感な粘膜をこすり上げ、彼女が「誰の所有物であるか」を絶え間なく主張してくる。
(んぅ……っ。擦れる……)
小夜は頬が熱くなるのを感じた。
すれ違う男子生徒が、挨拶をしてくる。「おはよう、水神さん」。
彼らは知らない。
この真面目そうな委員長が、制服の下は全裸に等しく、あまつさえ性具を仕込んで登校しているなんて。
「おはようございます」
小夜は完璧な笑顔で挨拶を返した。
背徳感が、脳髄を甘く痺れさせる。
みんなを騙している。先生も、生徒も、街の人々も。
あんなに清廉潔白だった私が、今はこんなにも汚れている。
その事実が、小夜の秘部をじわりと湿らせた。
校門が見えてくる。
そこは「日常」と「非日常」の境界線。
小夜は深く息を吸い込み、乱れそうになる呼吸を整えた。
「行きましょう。……ご主人様の待つ、教室へ」
彼女は、堕ちた聖女の仮面(カモフラージュ)を深く被り直した。
◇
教室のドアに手をかける。
ガララ、という引き戸の音が、やけに大きく響いた気がした。
一瞬の静寂。
そして、爆発的な喧騒。
「小夜ちゃん!!」
「小夜ッ!!」
悲鳴のような声と共に、二つの影が猛スピードで駆け寄ってきた。
花菱はるかと、天川薫子。
トレスマジアとして背中を預け合い、数々の死線を潜り抜けてきた無二の親友たちだ。
「小夜ちゃん……! 小夜ちゃん……ッ! うわぁぁぁん!!」
はるかが勢いよく小夜に抱きついた。
その衝撃で、小夜の胸元のクリップが強く押し込まれ、鋭い激痛が走る。
「っ……!」
小夜は反射的に声を上げそうになり、奥歯を噛み締めて耐えた。
痛みと共に、電流のような快楽が背骨を駆け抜ける。
「よかった……! 本当によかった……! 連絡がつかないから、もうダメかと思って……! 警察にも相談して、街中探し回って……!」
はるかは子供のように泣きじゃくり、小夜の制服を涙で濡らしていく。
隣に立つ薫子もまた、目元を赤く腫らしていた。気丈な彼女が、これほど取り乱す姿を見せるのは初めてかもしれない。
「馬鹿野郎……! 心配させやがって……! 本当に、無事なんだろうな!? 怪我は!? 変なことされてないか!?」
薫子が小夜の肩を掴み、食い入るように全身を確認する。
その必死な形相。心からの安堵。純度100%の友情と善意。
――かつての水神小夜なら、この温かさに涙し、謝罪していただろう。
けれど、今の彼女の心に湧き上がったのは、ドロリと黒く濁った「優越感」だった。
(あぁ……泣いてる。滑稽なくらい必死に)
小夜は、はるかの背中を優しく撫でながら、冷静に観察していた。
彼女たちは信じているのだ。
小夜が被害者であり、悲劇のヒロインであり、変わらぬ親友であることを。
(ごめんね、はるか、薫子。……貴女たちが心配している「小夜ちゃん」は、もうどこにもいないの)
今の私は、エノルミータの雌犬。
貴女たちが憎んでいる悪の組織の、忠実な家畜。
抱きしめられている今この瞬間も、私の体はご主人様の玩具で満たされている。
その「秘密」の重みが、小夜の子宮をキュンと収縮させた。
騙している。裏切っている。
それがこんなにも興奮するなんて。
「……ごめんなさい、二人とも」
小夜は演技たっぷりに声を震わせ、うつむいた。
昨夜、ベッドの上でうてなと練習した通りの、完璧な「被害者」の演技。
「私、エノルミータに捕まって……暗い部屋に閉じ込められて……」
「っ! やっぱり……!」
「怖かった……すごく、怖かった……」
嘘ではない。確かに捕まったし、暗い部屋にもいた。
ただ、そこで行われていたのが拷問ではなく、甘美な調教だったというだけだ。
「でも、隙を見て逃げ出したの。……これだけを持って」
小夜はポケットから、ある物を取り出した。
ハンカチに包まれた、青い宝石の欠片。
真っ二つに砕け散った、マジアアズールの髪飾り――変身アイテムの残骸だ。
それを見た瞬間、はるかと薫子の顔色が蒼白になった。
「そ、れ……嘘でしょ……?」
「これが……砕けたのか……?」
魔法少女にとって、変身アイテムの破壊は「死」に等しい。
魔力の源泉を失い、二度と戦いの場に戻れないことを意味する。
「うん……。あいつらに、壊されちゃった……」
小夜は瞳に涙を溜め、儚げに微笑んだ。
「もう、変身できない。……みんなと一緒に、トレスマジアとして戦うことはできないの。ごめんなさい、私だけ……私だけ、こんな……っ」
ポロポロと涙を流す小夜。
それは「悔し涙」ではなく、演技に酔いしれる「背徳の涙」だったが、二人には痛いほど悲痛な姿に映った。
「謝らないで!!」
はるかが叫び、さらに強く小夜を抱きしめた。
「生きててくれてよかった! 変身できなくたって関係ないよ! 小夜ちゃんは私たちの仲間だし、リーダーだよ!」
「そうだぞ、小夜。お前が生きてるだけで十分だ。……戦いのことは気にするな。これからは、私たちが倍働く」
薫子が拳を握りしめ、強い瞳で誓う。
「お前はもう戦わなくていい。エノルミータへの借りは、私たちがきっちり倍にして返してやる。……これからは私たちが、全力でお前を守るから」
熱い言葉。誓いの言葉。
友情の輝きが、教室を照らすようだ。
――だが、その光が強ければ強いほど、小夜の中に落ちる影は濃くなる。
(守る? 貴女たちが私を? ……ふふ、おかしい)
小夜は、はるかの肩越しに、冷ややかな笑みを噛み殺した。
お腹の奥が熱い。
愛液が、じわりと太ももを伝いそうになる。
(私はもう、守られるお姫様じゃないの。……悪の組織に飼われる、卑しい雌犬なのよ)
戦わなくていい?
ええ、そうね。私はもう「正義」のためには戦わない。
私が尽くすのは、エノルミータのため。ご主人様のため。
貴女たちが倒そうとしている「悪」こそが、今の私の全てなのに。
「……ありがとう。二人とも、大好きだよ」
小夜は甘い声で囁いた。
それは友情の言葉の皮を被った、決別の言葉だった。
ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻した二人。
チャイムが鳴り、ホームルームの時間が近づいてくる。
小夜は自分の席へ向かった。
教室の中央、窓際。
そして、その数席後ろには――。
柊うてなが、座っていた。
地味で目立たない、クラスの背景のような少女。
スケッチブックを広げ、何やら絵を描いているふりをしている。
だが、小夜が席に着こうとした瞬間。
うてなが顔を上げ、視線が交差した。
ニヤリ。
ほんの一瞬。誰にも気づかれないほどの刹那。
うてなの口角が、嗜虐的に吊り上げられた。
その瞳は、教室の喧騒など意に介さず、小夜の「中身」だけを見透かしていた。
(――ッ!)
その視線だけで、小夜の心臓が早鐘を打った。
リモコンなど使われていないのに、条件反射で胸の先がツンと尖り、股間がキュンと疼く。
ご主人様が見ている。
親友たちに囲まれ、被害者面をしている「悪いペット」を、楽しそうに観察している。
小夜は顔を赤らめ、慌てて前を向いた。
心臓のドキドキが止まらない。
はるかや薫子と話している時とは比べ物にならないほどの、強烈な高揚感。
(あぁ……ご主人様。……私、もうダメかもしれません)
小夜は震える手で教科書を開いた。
文字など頭に入ってこない。
全神経が、背後の席に座る「飼い主」と、制服の下に隠された「秘密」へと集中していく。
これから始まる授業。
それは小夜にとって、勉学の時間ではない。
誰にも知られず、声を出さず、快楽に耐え続けるという……ご主人様から与えられた「極上の任務」の時間なのだ。
キーンコーンカーンコーン……。
予鈴が鳴る。
教室のドアが開き、教師が入ってくる。
「起立、礼」。
号令に合わせて立ち上がりながら、小夜は感じていた。
ポケットの中で、うてなの指が、リモコンのスイッチに触れる気配を。
日常という名の皮を被った、背徳の放課後(レッスン)が、今幕を開ける。
(第4話 完)