「は、羽夜がいけないんだ。さっきから気持ちよすぎて、ぼく我慢してたのに……」
羽夜の上半身に馬乗りになった俊介が息巻く。口調こそ熱をおびていたが、声は涙まじりで、どこか怯えたような響きを孕んでいた。
もしも拒絶されてしまったら。もしも軽蔑されてしまったら……。
羽夜に嫌われる未来。考えたくもないイメージが頭をよぎり、離れない。
夜伽衆の仕事には、警護のほかにもうひとつ、大切な役割があった。それは従者としてではなく、ひとりの女として閨をともにすること。
主君が成人して、やがてモンスター娘のなかから伴侶を選ぶ。子作りをおこなう際、支障が生じないようにするべく、性教育をほどこす。
睦み言を交わすかどうかは、当人たちの意思に任されていた。玲奈のように熱烈なアピールを欠かさぬ者もいれば、一線を置く者もいる。羽夜だ。
母親同士が知り合いだったこともあり、俊介とは赤ん坊の頃から共に生まれ育った仲だ。肉親にむける愛情と、異性へむける性愛では、大きくかたちが異なるのだろう。
俊介がおそるおそる羽夜の顔色をうかがう。感情はようとしてつかみ取ることはできなかった。
なだらかな起伏をえがいた乳房が、呼吸にあわせて、浮き沈みしているだけだ。
沈黙を破ったのは、羽夜のほうだった。
「若様」
右手をそっとのばすと、主の頬に指をはわせた。
「羽夜も夜伽衆のはしくれ。覚悟はとうにできております」
迷いのない瞳だった。切れ長のまなじりがふっと和らぐ。
「……若様さえよろしければ、いつでもお相手いたしますよ」
――誓います。白桃のように薄い唇がふるえ、言葉を紡いだ。しなやかな指が、主の顔の輪郭をなぞりながらゆっくりと、頬から耳へとうつってゆく。
「羽夜。ぼくは……ひゃああっっっん」
言葉のさきが、嬌声でかき消える。耳たぶの表面を爪がかすめたのだ。絹糸でくすぐられるような、もどかしい快感がほとばしり、皮膚や耳粘膜を侵す。
愛撫とさえいえない、ささいなボディータッチだというのに、俊介の身体は情けなく反応してしまう。産毛が逆立ち、耳が火照り、膝が笑いだす。
肉竿から先走り汁がドロリと垂れ落ちた。
(……な、なんで!?からだが変だよぉ)
もう爪や指は触れていないのに、快感がこびりついたまま離れない。
下腹部を襲う、あの暴力的な疼きとは異なる快感だった。無数の指が同時にわななき、耳の窪みや凹凸の一つ一つを撫でまわしているような――こそばゆい感覚だ。
(ひぐうっっ、ひぎゅうっっ)
快楽刺激が、聞き分けの悪い子供をしつけるように、俊介の耳をいたぶる。肉棒がビクビクと跳ねあがり、尿道口から湧き出た透明な肉汁が、浴衣の白布を黒く染めあげ、肌を汚す。
快楽刺激が、教えを説く。耳は性器。耳は性器。耳は性器。快楽刺激を受け止めるための外性器なのだ。ペニスと同じ、男の弱点なのだ――。
快感にたえきれず、俊介は畳に両肘をついた。膝がけいれんしているせいで、支えがないと倒れてしまいそうなのだ。四つん這いの格好で、犬のようにみじめにうめく。
股間の疼きと耳朶のかゆみは膨れ上がる一方だ。淫棒はもはや病的なまでに熱をおびていた。
涙が頬をつたう。畳に爪を立て、奥歯を嚙みしめ、こらえようとするものの、オスの本能には抗えない。腰が自然とつきあがり、みっともなくヘコヘコと前後にふってしまう。
我慢汁が、飛び散る。着物を一枚へだてた奥先には、最愛の女性の柔肌が待っているというのに、けだもののように喘ぐことしかできない。
羽夜が右腕を主人の後頭部にまわした。髪をすき、頭を撫でる。泣きわめく幼い弟をなだめるような、優しい触り方だ。
「これはお返しです」
鼻先に甘い吐息が吹きかかる。顔をぐいっと近づけると、俊介の耳元にささやきかけた。
「昔と変わらず、ここは弱いままですね」
「ひゅがう、ひゅがうのぉ……」
二度叫び、二度首を振る。違う、と言いたいのだろう。呂律のまわらぬ舌で、必死に声を発そうとしているが、意味をなしていない。人の言葉というよりは、仔犬の鳴き声であり、小鳥のさえずりだ。
顔面は涙やよだれで下品なまでに濡れている。だらしのない弛緩しきった表情は、名家の跡取りのものではない。むしろ陰核や尿道口、乳首やヴァギナといった性感帯をしゃぶられて、むせび泣く生娘のものだ。
百年の恋も冷めるような痴態だが、羽夜は愛おしそうに見つめていた。
(おがじい、おがじい、おがじいよぉ)
――耳がやたら敏感でおかしい。
俊介は知るよしもなかったが、玲奈の触手のせいだった。さきほどまでペニスに執拗にねりこんでいた粘液が、亀頭や包皮の粘膜にしみわたり、全身の感度の目盛りを引き上げていたのだ。耳や皮膚、乳首やへそ孔、身体のあらゆる器官が、いまや性感帯となりつつあった。
羽夜が指を一本一本、畳から引きはがしてゆく。指を交差させると、恋人のように重ねあわせた。爪が、手の甲をチクリと刺した。刺されたところに、円状の不思議な紋様が浮かび上がった。
火がともったような頬を見られたくないのか、羽夜は顔をそむけてしまった。
支えを失った俊介は、崩れ落ちるように、こぶりな胸の谷間へ顔を埋めた。横乳に鼻先をぐいぐいと押しつけると、ゆたかな弾力が跳ね返ってきた。
甘酸っぱい蜜柑のような香りが、鼻腔をくすぐる。
羽夜の匂いだ。
小さな乳房に鼻をこすりつけ、匂いをかいでいると、全身を這いまわる快感がすこしずつおさまっていくのがわかった。
立ち上がろうとする。しかし、足が麻痺したように動かない。爪先の感覚すらない。骨を抜き取られでもしたかのように、力が入らないのだ。
肉棒だけが狂ったように震え、ひくついていた。
「......昔のことを思い出します。覚えておいでですか?若様が夜泣きするたび、こうして寄り添って寝かしつけたものです」
羽夜のまなざしは、どこか遠くをさしていた。
「妖狐の術をかけました。解毒作用があります。眠りからさめれば、身体も元通りになっているはずです」
「ひゃやゃ」
――羽夜。俊介が名を呼ぶ。
「……まだです。若様さまが成人の儀を迎えたあかつきには必ず」
睡魔が襲う。最後の言葉は、俊介の耳にはとどかなかった。