きたるデート当日。
ソワソワして落ち着かず、結局俺は玄関で待っていた。
予定の時間にはまだあると言うのにまだかまだかと何度も時間を確認してしまう。
手持ち無沙汰で鞄の中身を確認したり、靴を履いたり脱いだりを繰り返す。
出かける時は、2人の方に迎えに来てもらっている。
俺から迎えに行くのがデートっぽいといえばそうなのだが。
焦らせないように、2人の準備が出来てから尋ねてもらう事にしていた。
女の支度は時間がかかる。長い付き合いでそれは分かっている。
とはいえ、これまで2人が時間に遅れたことはない。
時間通りに尋ねれば焦らせることはないのだろうが、今更昔からのお約束を変えることもないだろう。
ピンポーン
チャイムの音に、反射的に背筋が伸びる。
先程確認した時計では、予定の時刻にはまだ10分は早い。
深呼吸一つして、ドアノブに手をかけた。
玄関を開けると、既に2人が揃っていた。
「準備、できてるかしら?」
「勿論」
先に目に入ったのは紗寿叶だった。
いつもより少しだけ大人びた、春らしい落ち着いた色のワンピース。
デートと聞いて大人っぽいものを選んでくれたのだろう。
髪も整えられていて、今日のためにお洒落を頑張ってくれた事が俺にもわかる。
1歩引いた場所に、心寿が少し照れたように立っている。
こちらは少し明るめだが、既に紗寿叶の身長を超えているからか更に大人っぽく見えた。
小学生とは思えないスタイルは、少し背の小さい大学生にも見えかねない。
2人ともお揃いのハンドバックを持っていて、そこは年相応で可愛らしい。
「2人とも、すごく綺麗だ」
俺は心からの賛美を送る。
飾った言葉よりも、今はすぐにでも
それだけで十分だったらしく、二人の表情が一気に緩む。
紗寿叶はふいっと視線を逸らしながらも、耳がほんのり赤い。
「あなたも、その……かっこいいわよ。頭、セットしたのね」
心寿も、ふんふん!と一生懸命首を振っている。
俺は慣れない髪の形に違和感を感じる。
うちの学校、こういう整髪料とかはngだからな。
高校は校則が緩いとこに行きたいな。
「デートだって言ったら、母さんが張り切ったんだよ」
「ふふ。お義母様らしいわね」
母さんも親父と同じくこの幼馴染姉妹を逃したらこれ以上はないと考えている。
応援してくれてるのは有難いが、なんだか納得がいかない。
まあこの世に2人以上の器量良しがいるとも思わないので同意見ではある。
「2人とも。こっちにおいで」
そう声をかけると、紗寿叶と心寿は何をしたいのか気づいたのか。
顔を見合わせて、少しだけ照れたように近づいてきた。
今日はデートだから軽めに。
2人の唇にちゅっ、ちゅっと朝の挨拶を交わす。
「あら〜♡」
「母さん!! いたのかよ……」
チャイムの音で2人が来たのにも気づいたのだろうが。
家政婦がなんちゃらみたいな感じで覗かれていた。
息子の出歯亀なんて勘弁してくれ。
「お母様。おはようございます」
「お、おはようございます……っ」
紗寿叶は自然体で、心寿は少し緊張しているのかどこか動きが少し硬い。
さすがにうちの母親に人見知りしてはいないだろうが、緊張しぃだからな。
さっきのキスを見られてテンパっているんだろう。
「息子さん、お借りします」
「そんなかしこまらなくていいのに。もう家族みたいなものなんだから」
母さんはそう言って、にこにこと機嫌よく笑った。
その視線が気恥ずかしくて居心地が悪い。
「もう行くからな」
「行ってらっしゃい。紗寿叶ちゃん。心寿ちゃん。今日はうちの子を頼んだわよ」
「逆だろ!」
確かに、俺よか紗寿叶や心寿の方がよっぽどしっかりしているが。
さすがに2人を守るくらいはする。
「駅で待ち合わせの方が、デートっぽくないかしら?」
歩きながら、紗寿叶がふと思い出したように言う。
「それで、待った?とか、今来た所、とか言うんだよね」
心寿もそういうお決まりパターンに憧れているのか、楽しそうに紗寿叶に続いた。
俺は少し考えてから、首を横に振った。
こんな可愛い二人を、女の子だけで駅まで歩かせるなんて危険すぎる。
ナンパだの、アイドルやモデルの勧誘が寄ってくるに決まってる。
いや、実際に寄ってこなくても、視線は確実に集まる。
「もう、過保護なんだから」
そう伝えると、紗寿叶は冗談めかしてそう答えた。
いや、絶対にそうなるから。
俺がなんで毎日、放課後お前の事を迎えに行ってると思ってるんだ。
「それに、俺のためにおめかししてくれたんだから。最初に2人を見るのは俺がいい」
二人が同時にこちらを見る。
一瞬きょとんとして、それから意味を理解したのか、表情が緩んだ。
満更でもなさそう、どころか普通に嬉しそうだ。
俺達が向かうのは、デパート併設型の映画館。
他愛ない話を交えながら電車に揺られる。
改札を抜けると、休日特有のざわめきが一気に耳に入ってくる。
人の流れが太くなって、自然と歩幅を合わせないとはぐれてしまいそうだ。
俺は無意識のうちに、左右にいる二人の手を引き寄せた。
「わ、わっ……!」
「ちょっと?」
「はぐれたら面倒だろ」
そう言うと、紗寿叶は小さく溜息を着いてから握り返してくれた。
心寿も何も言わずに指を絡めてくる。
気恥しいのか、そこからは誰も言葉を発しなかった。
喋らなくても、繋いだ手と手が2人の気持ちを教えてくれる。
無言のまま歩き続け、気づけば目的地のデパートが目の前に迫っていた。
人の流れに乗るように中へ入ると、外の喧騒が一枚の壁を隔てただけで遠のいていく。
そしてそのまま他のテナントには目もくれず、エスカレーターで上階へ向かう。
まず先にチケットを買って、上映時間に間に合うようにテナントを散策してみるつもりだ。
フロアに足を踏み入れると、ガラリと雰囲気が変わる。
映画館特有の、柔らかな絨毯。少し薄暗い照明。ポップコーンの甘い匂い。でかでかと貼られたポスター。
そんな映画館独特な雰囲気をこれでもかと感じさせてくれる。
心寿は、ホラー映画の宣伝ポスターが気になるようで。
俺のそばを離れて、とてとてと小走りに近づいていく。
ポスターの端から端までじっと眺めている後ろ姿は、年相応で微笑ましい。
……やっぱり、先に見る映画を決めておいて正解だったな。
胸の奥で小さく息をつく。
もし最初から心寿に選ばせていたら、間違いなくこれを選んだだろう。
最初に見る映画を決めていて良かった。
俺がそう安堵していると。
「心寿。これが見たいの?」
心寿を追って、紗寿叶がいつもの澄ました顔で聞く。
けれど、その視線はポスターではなく、心寿の表情をじっと見ていた。
「ううん!大丈夫」
即答。
けれど、さっきまでの食いつき具合を見ていれば誰だって分かる。
「心寿、嘘なんてつかなくていいのよ。見たいものは見たいって言っていいの」
「えっと。本当はちょっと気になるかも……」
素直になった途端、心寿は視線を泳がせる。
「でも本当に大丈夫!」
慌てて付け足すように、強調する。
その様子が空気を読んでいるようで。
「……こっちでも、いいかしら?」
紗寿叶は、こっそりと俺にお伺いを立ててくる。
絶対怖い癖に、心寿のために我慢して付き合おうとしている。
まったく紗寿叶は。そういう所が大好きだ。
「そうだな。こっちにするか」
紗寿叶がそこまで言うなら仕方がない。
俺達は遠慮がちな心寿を真ん中に挟んで、チケット売り場へと足を向けた。