八百万百さんが雄英高校に進学してしばらく経った。
彼女と一緒に雄英高校に通いたくないと言ったら嘘になる。
だけど僕の個性:落とし物でヒーロー活動なんかできっこないので、僕は地元の普通科高校に通ってる。
まあモブ個性だしね。
彼女にもう会えないのは正直辛かったけど、八百万さんは僕との逢瀬の記憶を全て失っているので、今の僕は彼女にとってただの昔のクラスメイトでしかない。
僕が忘れさせておいて会いたいだなんて勝手だなって自分でも思う。
「……でもやっぱり寂しいよな」
内心を口に出してしまう僕の悪癖は治りそうにない。
◇◇◇◇◇◇
世の中の歯車が軋んでおかしくなりかけてきたある日の夜。
僕の携帯端末が鳴った。
相手は八百万さんだった。
「…………」
躊躇いつつ端末を耳に当てる。
「はい、僕だけど」
「ご無沙汰しておりますわ。八百万百です」
「……久しぶり」
久しぶりに聞く彼女の声は沈んでいた。
緊張もしているようだ。
そんな声でも、僕は彼女の声が聞けてすごく嬉しかった。
「実はあなたの力をお借りしたくて連絡を差し上げました」
「僕の?」
──彼女の話はすごく長かった。
言葉の端々に巻き込んで申し訳ないという気持ちが滲み出ていた。
「……ん、分かった。今からそっちに行くよ」
「来てくださるの!?」
僕は彼女が好きで好きで、会えなかったのに声を聴いた今、前よりももっと好きになってるのを自覚したからね。
僕の全部の力で君を助けたいと思う。
モブ個性だけどね。
◇◇◇◇◇◇
「ではお願いします」
名だたるトップヒーローたちが目の前にずらっと並んでいる。
ヒーロー公安委員会の会長と呼ばれる人がただの高校生の僕に向かってお願いしてきてる。
ちょっと自分でも信じられない光景かも。
モブですよ、僕。
オールマイトとか、エンデヴァーとかTVでしか見たことのない人たちが僕に向かって頭を下げるのだ。
夢じゃなかろうか?
僕の隣には八百万百さんがいて、僕の手を握って大丈夫だよと励ましてくる。
「僕の個性、落とし物なんですけどね」
何度も念を押したんだけどね。
戦闘力なんか欠片も無いですよ、僕。
柔道の腕も結局大したことないし。
渡された写真をため息をつきながら見る。
紙に描かれた似顔絵も合わせて見る。
うん……引っかかる感触がある。
見たことも会ったこともない人に効くのかどうか不安だったけど大丈夫そうだ。
ポケットから1cmの大きさの消しゴムを二つ取り出した。
多数のヒーローが僕の愛用の消しゴムを凝視している。
「そんなに見られたら照れちゃうな」
そして投げた。
……トン、トン。
コロロ。
僕は消しゴムを
次の瞬間、地面に落とした消しゴムの横に黒い靄が広がって顔中が引き攣れ傷だらけの男と、ひっかき傷なのか皮膚がぼろぼろの20代くらいの白髪の青年が現れた。
そして各々消しゴムを拾うと、僕に向かって差し出してきた。
「これ、落とし物ですよ?」
「これ、落としたぞ?」
◇◇◇◇◇◇
「こんなんで最大の問題が解決しちゃうんだ……」
僕の雄英高校への編入が決まって、今日寮に入ったばかりだ。
高校を卒業したら、VIP待遇で公安に入ることがすでに内定している。
まあ僕も底抜けのバカでもないので、VIP待遇という名の隔離&監視だと気づいてはいる。
でもまあ社会に牙を向けるようなバカな真似しない限り、本当の意味でVIP扱い何だろうけど。
「でも個性:落とし物で……VIPねぇ」
こんなに使い道が限られた個性、そうそう無いと思うけど。
寮の1階の共通スペースに置かれたソファに座り、物思いに耽る僕の隣には八百万さんが座ってくっついてる。
平和になって、僕は大好きな彼女の傍に居れて、なんかもうこれでいいかって気になってきた。
「はー、これが百ちゃんの彼氏かぁ。AFO捕まえるなんてすごいね」
時々同じ寮の雄英生が通りかかり、僕をじろじろと見ていく。
見た目完全にモブだし、幻滅してないと良いんだけど。
AFOも死柄木弔も仲良くタルタルソース……じゃなくて、近い響きの名前の最高警備特殊拘置所に入っている。
僕の落とし物を拾ったからには僕の意志の影響を受ける。
僕の個性はある意味、単純かつ明快だ。それゆえに落とし物を拾って尚抵抗できる人はいない。それが史上最凶のヴィランであってもだ。
「抵抗せずにこのまま1000年以上何もせずに暮らせ」
これが僕の落とし物に仕込んだ意志だ。
1000年経つ前に彼らは寿命で死ぬとは思う。
……もしかしてものすごく凶悪なんじゃないかな、僕の個性?
肩に百さんのおっぱいを押し付けられながら僕は存外幸せだった。
ただ、百さんがどこまで憶えているのか怖くて聞けなかった。
忘れさせたはずなのに、どうも忘れていないようだ。
実際に現在進行形で例の錠剤を量産し始めてるし。
どうやら僕の個性は思っているほど凶悪でもないらしい。