八百万百日記
■4月10日
教室の床に小さくなった消しゴムが落ちておりましたので拾いました。紙のケースはなく剥き出しです。名前は書いてなかったのですが落とし主が誰なのかすぐに分かったので、すぐにお返ししたのです。
「どうぞ」
そう、短くお声掛けして消しゴムをお渡しすると、私はすぐに自分の席に戻りました。
椅子に座ってふと自分の行動を振り返りました。
私にしては随分素っ気なかったのではないでしょうか?
彼に何か思うところでもあったのでしょうか、と自省しましたが思い当たりません。
あまり目立たない方ですし、入学式後の自己紹介でもあまり印象に残ってません。
会話もしたことが無かったのに本当に変ですわね。
■4月15日
同じクラスの彼を観察していて分かったことがあります。
やたらモノを落としておられました。毎日何回もです。
注意力散漫な方なのでしょうか?
こういうの、なんと言うんでしたか、ADHDでしたか? でもそういうのとも違うと思うのです。
■4月16日
彼が落とした物はいつも誰かが拾って返しているようです。でも皆さん随分素っ気ない返し方をされていました。
同じクラスメイトですよ?
返す時に落とさないように注意するとか、もしくはもっと丁寧にお返しするべきだと思うのです。でないと彼だって疎外感を感じるでしょうに。
■4月17日
分かったことがあります。
例の彼、授業中に先生や黒板そっちのけで私の胸を見ておりました。たまたまではありません。
彼の様子をちゃんと観察していたので間違いありません。学生の本分は勉強ですのに、たいへん悪い態度です。
■4月22日
今日も彼が消しゴムを落としてました。
他の女子とお話中でしたが、仕方がないので会話を中断し、振り向いて消しゴムを拾い上げました。
そして彼に返しました。
今度はちゃんと声を掛けて、クラスメイトとして彼がお礼を言えるように待っておりました。
「ありがとう」
そう言えた彼は嬉しそうでした。
そうそう、これでいいのですわ。
■4月23日
昼休みに図書室で本を読んでおりますと、彼が消しゴムを落としたのを感じました。本当にだらしのない方です。
読んでいた本を書棚に戻し、奥の棚の目立たない場所に転がっていた消しゴムを拾い上げます。
「いつもこの消しゴムですわね」
愛用されているのでしょうか?
図書室を出て、空き教室にいるはずの彼のもとに向かいます。
空き教室で中庭を見ながら時間を潰しておられたので、消しゴムをお返ししました。なんとなく寂しそうにしておられたので頭をよしよしと撫でて差し上げました。
まるで寂しがりの弟みたいで、ほんと手がかかりますわ。
■4月24日
困りましたわ。
彼がよりにもよって男子トイレで眉毛を落としてしまっています。
拾って彼にお返ししたいのですが、女子が男子トイレの中に入るのはマナー違反もいいところです。
「ああ、ですけど拾いたいのですわ……」
休み時間の度に男子トイレの前まで行って中を窺いましたけど誰かしら使っているようでした。
困りましたわ。
困りましたわ。
困りましたわ。
──放課後になってようやく誰もいなくなったので急いで中に入って眉毛を回収してまいりましたの。
彼にお返しできて良かったですわ。
──この日記は何でしょうか?
存在しない記憶?
こんなこと私がするはずありませんわ。
線を引いて、消しておきましょう。
■5月7日
まったく。
彼は本当になんてものを落とされるのでしょうか。
不注意にも程があるでしょうに。
ですが拾ってしまった以上、お返ししないわけにはまいりません。
彼は図書室にいるのは分かっておりましたから、まっすぐに図書室に向かったのです。
「お、お股を見せてくださいますか?」
私がそう言った時の彼の表情と言ったら!
変態ですわ!
変態ですわ!!
変態ですわっ!!
私は彼が落とした陰毛をお返ししたいだけですのに!
ぴんっ!
下着を脱いだ彼のおちんちんが完全に勃起していました!
どういうことですのっ!?
ここに裸の女の人とかおりませんのに!
えっちなものも何も無いですのに!
なぜ彼はこんなにおちんちんを勃起させているんですのっ!?
でも私も変ですわ!
ビクンビクンと揺れる彼のおちんちんから、どうしても目を逸らすことができないんですの。
もしかして私、彼のおちんちんを見たいのでしょうか!?
そ、それは私も淑女として興味がないわけではありませんが!!
「触ってみる?」
「いいえ! け、けけけ! 結構ですわ!」
彼が私の内心を見透かしたように聞いてくるものですから、反射的にお断りしてしまいました。
この場に長く居たらなんだかおかしくなってしまいそうです。
早く陰毛をお返ししてしまいましょう。
毛を元の場所へ……元の根元……根元……む、無理ですわ。
おちんちんがこんな風に立派に勃起していては、根元がどうしても隠れてしまっています。
おちんちんを触って押し下げないと元の場所にお返しできません。
さ、触る!?
私がですか!?
で、でも触らないとお返しできません。
バクバクと高鳴っていた心臓が更に一段階上がりました。
そ、そうです!
これは不可抗力なのです!
決して本心では触ってみたいなどと思ってるわけではないのですわ!
彼もあんなにおちんちんをビクンビクンさせながらずっと毛を返してくれるのを待っているのですから。
喉がカラカラになってくるのを自覚しながら気合を込めます。
「し、失礼しますわね!」
つるつるしてて、不思議な形をしているおちんちんの先端に触れて、下に押し下げました。
そして素早く毛を元の場所にお返ししました。
触れてしましました!
触れてしましましたわ!?
私は礼を欠くのを承知でその場から逃げ出してしまいました。
帰宅して、すぐにキッチンに向かいました。
感触を憶えている間に確かめたかったのです。
冷蔵庫を開けて中に入ってる魚肉ソーセージとウインナーを袋の上から触ってみました。
感触は……少し似てますが、芯に骨のように堅いのがありましたし違いますね。
何より触ってもドキドキしませんし。
自室に戻ってから着替えて……手を見ました。
少し気になったので鼻に近づけて匂いを嗅いでみます。
くんくん。
意外と美味しそうな匂いがしました。
癖はありますけど。
「美味しい……のでしょうか?」
■5月15日
「おかしいですわ」
あれから毎日ではないですか。
いえ、彼は毎日落とし物をなさってましたし、おかしくはないのかもしれませんけど。
でも返す際には必ず彼のおちんちんを触らないと返せないというのは……。
初めて見た時の衝撃ほどではないですが、私に向かって突き出されたおちんちんが充血して膨らんでいて……あんなに赤く張り詰めていて痛くないのでしょうか?
よく考えたら一瞬とはいえ、握って押し下げているのは乱暴すぎる扱いだったり?
そうすると優しく触ってあげた方がいいのでしょうか?
そうですね、男性で一番大切な部分でもあるのでしょうし。
「……調べないといけませんわね」
こんなことを調べているなんて両親にバレるわけにはまいりませんので、慎重に。
■5月20日
とりあえず男子は好きな女子におちんちんを触って貰いたがる生き物だというのが分かりました。
捨てずにとっておいた少女雑誌のコラムコーナーに男子のおちんちんについて解説している回があったので、改めて読み直したのです。
当時私は小学生だったので恥ずかしくて読み飛ばしたのですけど、読み返してみるとまさに知識の宝庫でした。
おちんちんの基本的な構造から、好きな男子のおちんちんの触り方、男子から溺愛されてしまうおちんちんの舐め方まで。手で扱いている時、口で舐めている時、それぞれで射精した時の受け止め方の作法まで私が全然知らなかったことが詳しく書いてありました。
「口で咥える作法があったのですね」
ネットで調べて精液の成分表を見つけたので、創造で再現してみました。
少し舐めてみて味も確認しました。
「……なるほど、こういう味なのですね」
一冊だけでは知識に偏りがあるかもしれないので、女子小学生向けの別のPreteen雑誌を棚の奥から引っ張り出して読み込むと、彼氏の精液はできるだけ積極的に、そして美味しそうに飲むようにと書かれてありました。ありがたいことにカリ首を舌で刺激する方法が図解入りで解説されてました。
これは何度も読み返す必要がありそうなので、付箋紙を貼り付けてから大切に机の引き出しに仕舞いました。
おかげで……色んなことが腑に落ちましたわ。
授業中、彼がずっと私の胸を見てるのも、最近は私の顔を見る割合が増えてきたのも、私におちんちんを見せる時いつも勃起してるのも、私におちんちんを触られた瞬間、だらしなく顔が緩むのも。
要するに彼は私のことが好きなのですわ。
なるほどなるほど。
「それでは仕方がありませんわね」
鏡を見て、自分の顔が赤くなってるのを見てペチペチと頬を叩く。
「……本当に仕方がありませんわね」
■5月28日
まったく。
今日もですわ。
そんなに触って欲しいのなら、少しくらい長く触ってさしあげようかしら?
と、少し心が揺れましたが、土下座でもされてお願いされたならともかく、こちらから率先してやって差し上げる道理はありません。どうしてもとお願いされるならともかく、私はそんなに安い女ではありませんし。
でもまあ……あんなに必死ですし?
おちんちんを押し下げながら、少しだけ指で強くカリ首を引っ掛けてしまいました。
ただの偶然でしたが、彼のあの緩み切った顔。
本当に男子というのは仕方ありませんわね。
別に彼のおちんちんに興味などありませんが。
■5月29日
ドン! という衝撃で首が後ろに倒れ、次に体全体が前に倒れこんだ。
「何? 何ごと!?」
凶悪な人柑の男たちが車のドアを開けて私を外に連れ出そうとしてる。
運転手の相川さんが殴り倒された。
なんてひどいことを!
悪漢たちに車外に引きずり出され視界がぐるぐると回転し、気が付いたら知らない車に乗せられてタイヤを軋ませながら猛烈に加速する。
うそですわ! 私誘拐されてる!?
あ、彼は!? 彼は無事なの!?
バックミラーに辛うじて映る彼は攫われようとしてる私の方に駆け出してくるところだった。
良かった、取り合えず彼は無事だ。
問題は私の方、このままでは…………
──────ッ!!
その時、津波のような巨大な波動が彼から発せられました。
音でも光でもありません。そんなありふれたものでは無かったですわ!
まるで天を衝く巨人が足を踏み鳴らしたかのように、目に見えない何かが、耳に聞こえない何かが私の乗る車を打ち抜いたのです。
私が感じ取れたのは……きっと私の中に彼の何かがあったから。
私はすぐにクッションを作り出して体を囲い始めました。
正体が分からなくとも、あんなものに抗える者などいるはずがないと確信がありました。
案の定、悪漢たちの顔が一気に青褪め、急ハンドルを切ってプレーキを踏みましたわ。
軋むタイヤ音が鳴り響き、車がスピンして視界がぐるぐる回転し、車内でもみくちゃになるところでしたが幸い準備しておいたクッションが守ってくれました。
安心した直後に強い衝撃が襲ってきました。
──多分、少しだけ気を失っていた。
気が付いたら周りは火の海でした。きっと漏れたガソリンに火が付いたのだ。
なのに私は身動き一つできない。創造したクッションが仇になって動けない。
私、ここで死ぬの!?
死が目前に迫っているのが感じられた。
心臓がきゅーっと締め付けられる。
私、まだ12歳なのに!
初めての恋もこれからだって言うのに!!
視界が涙で曇り始めたその時、周囲の炎の壁を突き抜けて、泣きそうな顔をした彼が車に体当たりしてきた。
「八百万さん!!」
赤い炎に包まれている車のドアを彼が躊躇いもなく開ける。
「早く! 掴まって!!」
皮膚を焼く炎など意にも介さず、力強く差し出された彼の手と彼の瞳以外何も視界に入らなかった。
「ヒーロー……」
自分の身体を盾にした彼が、私を連れて炎の壁を乗り越えたあたりで、到着していた他のヒーローが消火を開始し始めた。個性で生み出した泡が火をたちまち消し止めていく。
彼はみるみる鎮火されていく炎を見ながら少し呆然としているようだった。
私は駆けつけてきた救急車に担ぎ込まれながら、自分が恋に落ちたのだと、今更自覚したのでした。
今日、彼のおちんちんの毛を引っこ抜いたのを日記に書くのは止めにします。
さすがに、さすがに……おちんちんの毛を抜いたと書きながら同じ日付で恋に落ちたとは書けませんわ。
御守り袋に彼のおちんちんの毛を仕舞って鞄に吊り下げました。
これは日記に書いても大丈夫でしょう。
■〇月〇〇日
「……これは」
AFOがタルタロスから脱獄して世の中が軋み始めた時、実家に置いていた荷物を寮に持ち込み整理していたら出てきた。
中学の時の日記。
そこにずっと
出会いから、恋に落ちるまでの長い長い私の知らない物語。
何度も読み返した。
楽し気に交わす彼との会話。
親しげに触れ合う彼と私。
おちんちんも……!?
私ってこんななの!?
え? ほんとですの!?
一読目では信じられませんでしたが、まあその、おちんちんの描写が生々しいですし……私の字ですし、鞄にぶら下げていた御守りを開けると陰毛が出てきましたし……。
ヒントはあった。
中学1年生の時、4月24日。
私の記憶は彼に消されたのだ。
今となってはなんてことのない記憶だけど。
……これは彼の個性だ。
まあ彼、えっちですもんね。
日記を読む限り私も全然負けてないですけど。
私のヒーローコスチュームも大概ですし、記憶は無くても彼の影響なのかしら?
……考える。
多分……卒業式の後、私の記憶が彼に消されたのでしょう。
でも私の気持ちは消えていない。
これは私の本当の気持ちだからだ。
考える。
日記を何度も読み返しながら考える。
過去のことじゃない。
未来のこと。
私たちは今、強い
ずっと思ってた。
言おうと思ってた。
違うんじゃないですか? と。
携帯端末を手に取る。
片思いしていた彼の連絡番号をどうやって知ったのか、深くは考えなかったけど。
My Heroと書かれていた彼の連絡番号をタップする。
大丈夫。
彼ならきっと何もかも救ってくれる。
だって私のヒーローなのだから。
これにて終わりです。
最後までお読みいただきありがとうございました。