セーフハウス襲撃から数日後。
マイルズは手入れの行き届いた白いシーツが敷かれたベッドから起きた。
「……」
部屋は白を基調に、アクセントとして黒や灰色が入ったシンプルなデザインの家具が揃っている。
『マイルズ様、朝食で御座います』
抑揚のない機械音声が室内に響けば、ドアが開いて、そろそろ見慣れてきた配膳ロボットが食事を運んでくる。
飲み物はミルク、主食はパン、主菜は羊肉のソーセージと副菜は青菜とタマネギのサラダだ。
そして、それらは彼が聞いた通りならば、全て自然食材から作られているという。
「……いただきます」
少年は部屋の食卓の椅子に座れば、机に配膳された食事を前に手を合わせて感謝の言葉を述べてから、それらに手をつける。
下手な
「ご馳走様でした……」
満足するには十分な量を摂取し、味も舌が喜ぶほどには作り込まれている。
ただ、
「荒子さん達、無事かな……」
美味い食事を摂っても、少年の心はここにあらず、だった。
「そんなに心配かね?」
「うわああああ⁉︎」
突然対面に現れた白髪長身の男が現れて、金髪小柄な少年は大声を出して驚いてしまう。
「ふむ、まだまだいいリアクションをする」
「か、感心しないでくださいよ! ヤフさん!」
ヤフ。
マイルズは四文字神話の主神をそう呼ぶよう、その一柱から言われていた。
そして、ここ数日、不定期に現れてはこうして、少年を驚かせていたのだ。
「きょ、今日はなんの用ですか……?」
「今日は特に。この数日で君に伝えたい事情や情勢は一通り教えたはずだ」
「四文字化成を邪魔したい
「うむ、コンセンサスは取れているようでなにより」
「……荒子さん達のことは分かりますか?」
最後に見た彼女が大量吐血したのと吹き飛んでいた彼の様子から、少年はその安否を聞く。
「君が懸想している女性と男なら無事だとも」
「け、懸想って……!」
金髪少年は二人が無事であることに胸を撫で下ろしつつも、その気持ちの元を神から口に出されて動揺してしまう。
「ふーむ、私の主義ではあまり歓迎出来ないのだが、まあ、君が安心しているのであれば、目をつむってやろう」
「どこ目線ですか……」
「神の目線からである」
ある意味もっともな返しをされて、マイルズは肩を落としてしまう。
「なんでもお見通しってことですか?」
「おおよそは。とはいえ、全知全能と呼ばれてはいるが、戦後は出力も落ちているのでな。全神話勢力にも言えることだが、どこも力の源の信仰を稼ぐのに必死である」
「ヤフさんて、結構生臭いこと話しますよね……」
「信仰で存在出来るのであるからな。そういった損得で勘定するのは、気に入らないが仕方のないことだ」
神は指を弾き、カップに注がれたミルクを出現させ口をつける。
「……なんでわざわざそんな手間なことを」
「顧客の目線に立つ、というのが主な理由であるな。不自由は需要である。神々のトレンドは商売であるが故にな」
他の神話勢力も似たり寄ったりである、とヤフはぐいっとミルクの入ったカップを飲み干す。
「俺もその商売のプロトタイプだと?」
「話した通りである。だが、イレギュラーがいくつか発生しているのでな。売りに出すにはしばし時間がかかる」
「……っ」
事実上軟禁されているマイルズは、白髪の神が言っていることに『自分は商品ではない』と反論をしたかった。
しかし、
「俺は、無力です……」
少年は人でないホムンクルスでありながら、特定の者からの協力なしには超常の力を発揮出来ない事実が立ちはだかった。
「気を落とすな。ここ数日の君の気概はそんなモノではないであろう?」
「それは……、って、知ってるんですか?」
「全知であるが故に。君はこの部屋から出ようと必死だったはずだ」
白髪長身は己の権能を発揮しており、部屋内の少年の動向を監視出来ていたのだ。
それは部屋から出ようと、様々なドアや窓を破壊出来ないかだったり、食事の度に運ばれてくるドアが開いたらその隙に出れないか、などだった。
「け、結局出れなかったから無意味ですよ……」
しかし、全て脱出には繋がらず、その失意に金髪の少年は更に肩を落としてしまう。
「そうであるか? 最初から『出れない』とたかを括って何もしないのより、『出れるかもしれない』と希望を探して動いていたことの方が意味がないというのか?」
「お説教ですか?」
「世界一説教のネタにされた神である故にな。君が落ち込んでいるのであれば、説教の一つや二つはやぶさかではない」
「結局お説教じゃないですか……」
少年はある種の暴論に半目になってしまう。
「思うに、諦めたくないという気持ちと、それを阻まれている現実とのコンクリフトで苦しんでいるのであるな」
「言い切りますね……」
「全知は見透かすことが出来るのでな。それはさておき、私
「……ライクの方ですよね?」
「無論だ。しかし、君が過ごした爛れた日々から、『好ましい』の言葉を性愛の方に結び付ける推察は仕方ないが」
「よ、余計なお世話です……!」
少年はこれまでの性活も見透かされていることに、顔を赤くしてしまう。
「話を戻す。君は諦めようとしているが、それでいいのであるか?」
「それは……、諦めたくはないですけど、手立てが……」
「『求めよ、さすれば与えられん』」
「その引用って……」
「うむ、私の神話の救世主が述べた聖句であるな。ここからの脱出を求めているのだろう? ならば、肝心の君が諦めてどうする?」
「それはそもそも、貴方がこの部屋から俺を出さないせいであって……」
マイルズは現在立ちはだかっている壁の元凶である神に、そのことを指摘する。
「である。私は君を商品として売り出したい。その為に君にはここにいて欲しい。しかし、君はここから出たい。ならば、君が大前提で持つべきは私への反骨心であろう?」
「自分で言います?」
白髪の神は指を弾き、テーブルに一房のぶどうを皿ごと出現させる。
「私から出来る譲歩である。食べて英気を養って、心身を満たすといい。私から旅立ちたいというなら、なおさらだ」
「……無理矢理従わせるのも出来るんですよね? 何故しないんですか?」
金髪で小柄な少年方ホムンクルスは、自分を無理矢理寝かせて荒子達の元からさらった時のことを思い出した。
それだけの術式を行使出来るのであれば、洗脳や催眠で従順にさせることも可能であろう。
「私がしたくないからだ」
「……手段を選ぶんですね」
「もちろん、君が私に賛同して下層階級に従事している天使達の支えになってくれる、というのであれば歓迎ではあるが、君との話し合いを以って納得させた方が、互いの為であろう」
「もしかして……、説得出来ないか、こうやって話しに来てます?」
少年は、律儀に情報を開示してくる主神の方針に驚きながら質問する。
「その通りである。時間は有限であるが、その中であるなら、私は君とのコミュニケーションを諦めるつもりはない」
「何故そんな回りくどいことを……」
「君がこの場では、弱者で不利であるからだ」
「……随分な気の遣い方ですね」
金髪は、ある意味神らしい傲慢な考えに、つい嫌味を言ってしまう。
「繰り返すが、神であるからな。どこまでも対等になれないのであるなら、それなりの譲歩や融通は然るべきであろう」
「その為に俺が根負けするまで話すつもり、だと」
そうである、と白髪長身の神は頷く。
「……いいでしょう。俺は負けるつもりはありません」
マイルズがそう宣戦布告ともいえる宣言をすると、相手が口角を曲げたのを彼は見た。
「……どうして、そんなに楽しげなんですか? 時間が長引けば不利なのは貴方のはずです」
「善き哉、であるからだ。私が作った者が己自身を克己させているのであれば、作った甲斐があるものだと。かつての人も、またそうであった」
「……自分の思い通りにならないとことを喜んでどうするんですか?」
金髪の少年は、相対する神がかつて思い通りにならず、楽園から人々を追放した時のことを思い出した。
「彼らは思い通りにはならなかったが、私から離れてもその
「しゅ、シュミが悪い……」
少年は目の前の神が、善良な義人を試していた逸話を思い出す。
「そういうことしてると孤立しません?」
「唯一神である故な。そういう
「……寂しくは、ないんですか?」
マイルズのそれは、懸想していると指摘されて濁した物の、内心で形ある答えから発するものであった。
「そう思えれば、もっと商売の幅が広がったと思うのであるがね。生憎、誰かや対等の神と商品を提供するは、戦後出来なんだ」
「……俺は、……そういうの、寂しい……、と思います」
彼は
「よく育った情緒で感心である。余程拾ったあやつらの人格が良かったのだろう。性生活の方は凄まじく爛れてはいたが」
「……褒めているんですか? けなしているんですか?」
両方である、と神とそれを受けて半目になる少年。
「ま、ともかく君の同情や憐憫は受け取っておくのである。改善する気はさらさらないが、これが私である、を分かってくれたら嬉しい」
「貴方が性格は悪いけど悪い神ではないのはよく分かりました。俺も……、もうしばらくは粘ってみようと思います」
そうマイルズは言って、出現した葡萄に手をつけるのであった。