※この作品はR-18です。

団長と誓いを交わしたが、すれ違って病状が悪化して入院したコルベットさんが、主治医の青年医師くんと共に様々な困難に立ち向かった結果、医師くんとたっぷりイチャラブ❤愛し合ったことで団長との関係を整理する話   作:鍵山ゆーな

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1.入院と「治療」

 

 ブロッサムヒル王城の一角に設けられた、王立医療センター。負傷した花騎士を主に治療すると共に、王都地域の救急医療も担うブロッサムヒルに於ける医療の最先端だ。

 

 そこかしこに設けられたギヤマンの窓から差し込む朝の光は、ブロッサムヒル特有のやわらかな色をしていた。

 

 その花の香りを帯びた空気の中で、ナンテンは多数のメモが挟まれている書類を静かに閉じ、机へ置く。

 

「今日から、お前が彼女の主治医だ」

 

 そう告げられた青年、リオナイトは、背筋を伸ばして小さく息を吸った。書類の最上段に記された名を見て、彼の胸の奥が微かに震える。

 

 コルベット。

 

 その名は、騎士団の中では誰もが一度は耳にする、古代花騎士のひとりだった。

 

 だが、その肩書きの下に並ぶ診察記録(カルテ)には、投薬量・安静指示・観察事項が幾重にも書き込まれ、慎重な筆致で埋め尽くされていた。

 

「体調は不安定だ。魔力循環に揺らぎがある。決して、無理はさせるな。彼女は……そう。頑張りすぎるきらいがある」

 

 ナンテンの声には、師としてだけでなく医師としての警告が滲んでいた。リオナイトは深く頷き、書類を胸に抱く。

 

 彼はその名が、幼い日の記憶と重なっていることを、師であるナンテンにすらまだ口に出せずにいた。

 

 

 古代花騎士性魔力循環過剰症。通称「魔力亢進症」。それがコルベットに対する診断名だった。

 

 古代花騎士は現代花騎士よりも「高密度・高純度の魔力炉」を内包している存在だ。現代の花騎士がそれを持たないのは、花騎士という存在の進化による淘汰によるものであると一般的には理解されている。

 

 彼女らがかつて顕界していた当時は戦争が長期化しており、花騎士の犠牲損耗はやむを得ないものとした前提のもとで戦力の運用がなされていた。だから、個体の健康管理という概念が薄かった。

 

 であるから、そういった「個」は過去にいくらか存在していたとしても、全体的に能力は汎化傾向にあり、現代へと引き継がれている。

 

 魔力が亢進されてしまう個体は、早くして命を落とす。それがこの春庭(スプリングガーデン)の命の運命(さだめ)だった。そして、リオナイトはそれを、修行で見た書類や記録の行間で何度も見てきた。

 

 だから、先帝竜による封印が解かれて現代に顕界した古代花騎士たちは、生存はしているものの、現代基準では慢性的な魔力疾患を抱えている個体がどうしても多かった。

 

 コルベットは、その典型例であり、そして生き残ってしまった、重症例だった。

 

 魔力の過剰循環は、身体機能だけでなく、均衡を保つための代償行動として、感情や欲求の制御にも影響を及ぼすことが知られている。

 

 リオナイトの知る限り、古代花騎士と呼ばれる五名のうち、その兆候が顕著だったのは、コルベットとスイカズラの二名だった。

 

 いずれの症例でも、当人はそれを病変ではなく、感情の変化として受け取ってしまう傾向が報告されていた。

 

 

 診察室の扉が静かに開く。淡い鎧に身を包んだコルベットは、凛とした佇まいで一礼した。その姿だけを見れば、病を抱えているなど誰も思わないだろう。

 

「ナンテン先生からの推挙により、本日より主治医を務めさせていただきます。リオナイトと申します」

 

 彼が名を告げると、彼女は一瞬だけ目を瞬かせた。だがすぐに穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「よろしくお願いします、先生」

 

 その呼び方に、リオナイトはわずかに戸惑った。彼女の声音は丁寧で、距離を測るように整っていた。

 

 診察が進むにつれ、ナンテンから引き継がれていた数値と所見は一致していった。魔力の流れは安定しておらず、身体への負荷は慢性的。魔力亢進症の典型的な病例だった。

 

「……当面、花騎士としての実戦参加は控えるべきかと」

 

 リオナイトが言葉を選びながら告げると、コルベットの指先がわずかに強張った。

 

「そう、ですか」

 

 否定も反論もない。だが、その声の奥に沈む影を、彼は見逃さなかった。

 

 診察を終えた後も、コルベットはすぐに立ち上がらなかった。

 

「……私に、何か出来ることはありませんか」

 

 不意に彼女の口から落ちた言葉は、独り言のようでいて切実そうな口ぶりだった。

 

「今は、治療と休養が最優先です」

 

 正しい答えを返しながら、リオナイトは胸の奥に違和感を覚える。それは医師としての判断とは別のところで疼いていた。

 

「役に立たないまま、待つだけというのは……少し、怖くて」

 

 彼女は視線を伏せ、鎧の裾を指で摘まむ。それは古代から続く戦いの中で、「待つ」という選択肢を持たなかった者の仕草だった。

 

 その瞬間、リオナイトは理解した。彼女が恐れているのは彼女の身体を蝕む「病」ではなく、「不要になる」ことなのだと。

 

 

 コルベットの診察結果と暫くの実戦参加見合わせ勧告、そして緊急事態が発生しない限りの王立医療センターへの入院による経過観察措置。それはすぐさま団長補佐であるナズナを通じて、彼の騎士団へと一字一句違わず伝達された。

 

 病室を与えられたコルベットは、その晩、寝台の上で虚ろな表情のまま左手薬指から取り出した指輪を指で弄んでいた。

 

 看護師からの呼びかけには笑顔で応答するものの、ふとした瞬間に彼女の表情は再び曇り、虚無感を醸し出し始める。

 

「団長さん……。私はもう、不要になってしまったのでしょうか……。あなたがそうだとはっきり言ってくれれば……」

 

 指輪を弄びながら、彼女は小さく、寂しそうに独り言ちていた。その横顔は、昼間の診察室で見た患者(コルベット)のものとは、どこか違っていた。

 

 そんな様子をそっと覗いて把握していたリオナイトは、このままでは衝動的な行動に至りかねないコルベットの様子を放置することは最早できないと感じていた。

 

 今夜を越えられるかどうか。そんな考えが、彼の脳裏をよぎる。だから彼は、彼女には「何かしらの役割」が必要でないのだろうか、と強く考えるようになっていた。

 

 だがそれについて、彼の脳裏ではまだ具体化するには及んでいなかった。だから彼は、焦りは禁物だとは理解しつつも、診療記録のファイルに何かを記そうとしたそのまま、ペンを顎に当てて考え込んでしまっていた。

 

 そうしてリオナイトの考えは纏まらぬまま夜は更けてゆく。幸いにして、この晩彼の危惧していたような事態は起こらなかったが、事態が逼迫しているという彼の評価は間違いではなかった。

 

 

 翌朝。王立医療センターに設けられた休憩室で、ナンテンは紅茶のカップを持つリオナイトの顔を見て、眉を顰めた。

 

「……お前、まさか一睡もしていないのか」

「ええ。少し、考え事を……」

 

 その声に張りはなく、目の下にははっきりとした影があった。ナンテンは椅子を引き、彼の正面に腰を下ろすとそのまま無言で彼を見つめる。医師として、只事ではないと判断する沈黙だった。

 

 リオナイトは師からの「全てを実直に語れ」という圧力に屈した。だから昨晩のコルベットの様子、言葉、指輪を弄ぶ動作。そして自身が「コルベットが今夜を越えられるかどうか」という直感に至った理由の一切を省かず語った。

 

「……逼迫しています」

 

 最終的に彼が吐いたその一言に、ナンテンは短く息を吐いた。

 

 しばしの沈黙の後、

「……彼女が、目の前にいてくれさえすれば……」

リオナイトがぽつりと呟く。それをナンテンは即座に遮らなかった。

 

「この場で『間違い』という言葉は要らん。続けろ」

 

 師からのそれに頷いた彼は一呼吸おいて。

 

「コルベットさんを、僕の助手として……看護師として付けるのは、どうでしょうか」

 

 役に立てている時の彼女の顔を、彼は確かに思い出していた。その覚悟を得たリオナイトの言葉をしっかりと受け止めたナンテンは、しばらく黙っていた。紅茶の湯気が、二人の間をゆっくりと漂う。

 

「……助手、か」

 

 呟くように繰り返したあと、彼はリオナイトの顔をまっすぐに見据えた。その視線は厳しく、だが拒絶の色はなかった。

 

「いいだろう。理屈は通っている」

 

 リオナイトの肩が、わずかに緩む。

 

「だが条件がある」

 

 その一言で、空気が引き締まった。

 

「第一に、治療方針の最終判断は、常にお前が行う。彼女に『医療側の決定権』は持たせない。第二に、実戦行為、魔力行使は一切禁止だ。看護補助と環境整備、記録補助に限る。第三に、異変があれば、即座に主治医から外す。情緒が安定しなくなった場合も同様だ」

 

 彼女からのそれは淡々とした条件提示だった。だが最後に、ナンテンは一拍置いて、

「そして何より……これは『延命のための役割』だ。慰めでも、情けでもない。そこを履き違えるな」

彼に忠言を贈る。リオナイトはそれに、深く息を吸い、はっきりと頷いた。

 

「はい。医師として、責任を持ちます」

 

 その返答を聞いて、ナンテンはようやく小さく笑った。

 

「……なら行け。彼女には、お前の口から伝えろ」

 

 リオナイトはナンテンからのそれに大きく頷いたのだった。

 

 

 ギヤマンの窓から午前の光が差し込む病室で、コルベットは窓辺に佇んでいた。鎧は着けていない。だが背筋は、花騎士の正装そのままだ。

 

「コルベットさん」

 

 声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返り、すぐに柔らかく微笑んだ。

 

「おはようございます、先生」

 

 その呼び方に、リオナイトは一瞬だけ言葉を探した。だが心が決まったら、後の言葉は彼の喉から滑らかに吐き出されてゆく。

 

「……今日は、少しお話があります」

 

 着席を勧めると、彼女は素直に腰を下ろす。その仕草には、昨日までの張り詰めた影がまだ残っている。

 

「あなたの治療について、一晩考えました」

 

 そう前置きしてから、

「今のあなたには、休養が必要です。しかし僭越ながら。あなたにとっては何もしない時間が、かえって負担になっているように思えました」

彼は続けた。それを耳にしたコルベットの指先が、膝の上でかすかに揺れた。

 

「ですから……提案があります。治療期間中、あなたに、僕の助手として他の方の治療に関わっていただけないでしょうか」

 

 一瞬、時間が止まったようだった。沈黙を破ったのは、コルベットだった。

 

「……助手、ですか?」

 

「ええ。看護師としてです。患者さんの容態記録、環境整備、声掛け。無理のない範囲で」

 

 リオナイトからの提案に、彼女はすぐには答えなかった。視線を落とし、何かを確かめるように胸元に手を当てる。

 

「それは……私が、まだ『ここに居ていい』ということ、でしょうか」

 

 彼女からの問い。その刹那、コルベットの身体は微かに震えていた。リオナイトはそれから逃げずに首肯して、

「あなたは患者として医療センター(ここ)に居て頂くと同時に、医療側の一員として関わってもらうと思っています」

はっきりと答えを示した。それを聞いたコルベットは彼からの回答に暫し逡巡した後に、

「先生は……少なくとも、私を必要としてくださるのですね……」

嬉しそうに表情を崩しながら口にした。涙ではない。ただ、張り詰めていたものが、音もなくほどけていく。

 

「……ありがとうございます。戦えなくても……誰かの役に、立てるなら……私としては望外です」

 

 そう言って、彼女は深く頭を下げた。その声は、昨日よりもずっと静かで、確かなものだった。

 

 その彼女の芯のある答えに、リオナイトは胸の奥で小さく安堵する。これは治療だ。彼はそう再確認していた。既にこの選択が容易ではないことも、彼は医師としても私人としても理解している。

 

「これは代償行動の方向付けだ。そうでなければならない」

 

 彼の内なる声が心中に木魂する。だがリオナイトは、それでも前へ進むしかなかった。

 

 

 そのまま、リオナイトはいつもより少し早く病棟に足を運んだ。

 

 廊下に満ちる空気は静かで、夜勤明けの名残をまだ引きずっている。消毒薬と花の香りが混じったその匂いに、彼は深く息を吸い込み、胸の内を整えた。そして看護師詰所の奥、女性用に宛がわれた小さな更衣室の前で足を止める。

 

 扉の向こうから、衣擦れの音が聞こえてくる。

 

「……コルベットさん?」

 

 声をかけると、少し間を置いてから扉が静かに開いた。そこに立っていた彼女を見た瞬間、リオナイトは言葉を失いかけた。だが彼は慌てて視線を逸らす。

 

 淡い鴇色の看護服。飾り気のない、実務のためだけに作られた衣装だ。鎧のように彼女の英雄としての様を誇示するものでも、戦場を想起させるものでもない。ただ、人の傍に立つための服。

 

「……変、でしょうか」

 

 コルベットが不安そうに問うので、リオナイトは即座に首を横に振った。

 

「いえ……。とても……似合っています。その……花騎士としてではなく……今の役割に」

 

 自分でも慎重すぎる言い方だと彼は思っていた。だが彼女は、

「ふふ……ええ。今日からは、先生の助手ですから」

その言葉を噛みしめるように反芻しつつ、小さく微笑んだ。その表情を見たリオナイトの胸の奥に、かすかな安堵感が満ちてゆく。

 

 

 午前中の業務は、穏やかに進んだ。リオナイトがコルベットに任せたのは、記録の整理と患者への声掛け、そして備品の補充だ。重い作業も、判断を要する処置も一切させない。それがナンテンとの一先ずの約束の履行だからだ。だがそれでも彼女は、ひとつひとつを丁寧にこなした。

 

「お加減はいかがですか」

「少しお水をお持ちしますね」

 

 コルベットの声と物腰は柔らかく、しかし曖昧ではない。患者たちは、この丁寧な新人看護師が、実は古代花騎士として英雄視されるほどの力を持つ女性であることを知る余地もなかった。彼等はただ、「新米先生のよく気のつく助手」だと受け取っていた。それが、リオナイトには何より重要だった。

 

 彼女が「誰かの役に立っている」と実感できること。そしてそれが、特別扱いでも、戦いの延長でもないこと。今の彼女にとっては、それこそが肝要であると彼は信じて疑っていなかった。

 

 ふと、廊下の向こうでコルベットが立ち止まるのが見えた。古い包帯を巻いた深い傷を負った新人の花騎士が、浅い呼吸で横になっている。

 

「……大丈夫です。私達はここにいます。あなたは必ず助かりますよ」

 

 彼女がそう声をかけると、新人花騎士の呼吸が、目に見えて落ち着いた。だが、それでいよいよ目を開いて視認した、眼前の看護師の顔を見た彼女は知っていた。今相手にしている人物が古代花騎士の英雄であると。

 

「こ、コルベットさんッ⁉ いけません! こんな若輩如きにあなたの戦力なんかを……ぐふっ、げほ」

 

 新人花騎士の彼女は興奮のあまり早口に捲し立てた後に、勢い余って吐血をしてしまった。コルベットは当然、味方の出血の様など目の当たりにした事がなく、成す術もなく狼狽してしまう。

 

 すかさずリオナイトが駆けつけて支援に入り、脈拍と心拍を確認しつつ酸素吸入機器を彼女の口元に当て、応急処置を施してゆく。不意に固まってしまった自分を余所に、彼は的確な処置をしてゆく。その様にコルベットは一層の無力感を感じつつあった。

 

 新人花騎士の呼吸が一段落したところで、

「ごめんなさい……あなたに、余計な重荷を背負わせてしまった」

コルベットは彼女に対して素直に謝していた。一般の急性患者ならいざ知らず、花騎士相手であれば配慮して然るべきだった。彼女は先般の状況を見てそれを察したようだ。

 

 だが、新人花騎士はそれを負い目とは一切感じていないどころか、

「いえ……寧ろ、光栄であります! こんな情けない現場にすら、古代花騎士のような偉大な方が携わってくださってると考えると……胸が熱くなります‼」

いっそ彼女への敬意を強くしているような様子であった。

 

 リオナイトとしては、他の名のある花騎士がもし病棟で看護をしていたならば、必ず遮っていただろう。だが、コルベットのそれが患者を有意に落ち着かせていると分かってしまった以上、制止する口止めを出来ずに立ちすくんでしまっていた。

 

 彼は無意識のうちに、

「声掛けによる安静効果、顕著。これは例外ではなく、再現性のある兆候かもしれない」

カルテに一行を書き足していた。そう書いてから彼はペンを止める。彼の脳裏に、葛藤がよぎる。だが同時に、彼は否定しきれない、コルベット本人による患者への治癒的な効果を実感していた。

 

 コルベットが、ここに立っていること。戦わず、傷つけず、ただ人の傍にいるという選択が、確かに彼女を支えていること。それが彼にとっては何よりも嬉しい変化だった。

 

 

 昼前、簡単な休憩を告げると、コルベットは少し困ったように笑った。

 

「……不思議ですね。こんなに静かな半日なのに……。胸が……ちゃんと、ここにある気がします」

 

 その言葉に、リオナイトは返事をしなかった。代わりに、視線を逸らし、軽く頷くだけに留める。

 

「これは代償行動の方向付けだ。絶対にそうでなければならない」

 

 そう心中で繰り返しながらも、彼は少なくとも今日の、少なくともこの半日は、コルベットに対しては正しい「処置」であったのだと思ってしまうのだった。

 

 

 午後からはコルベットも感覚と慣れを確立したのだろう。看護師としての仕事に黙々と取り組んでいた。それはまるで、花騎士が害虫を屠るが如くだ。

 

 熟練の看護師たちも

「コルベットちゃん、すごいわねぇ……。もういっそ、ずっとうちにいてくれないかしら……」

思わず目を見張る程の見事な所作だった。評価は医師が与えるものではない。現場が勝手に決めるもの。それを医師として理解したうえで、コルベットの最早完璧とも思える所作を目の当たりにしていたリオナイトとしては、彼女は学習能力とそれを現場で実践できる応用力に長けた逸材であるということを再認識させられていた。

 

 そんな彼女は、最早団長と交わした永遠の誓いの指輪に自らの意思で触れすらしなくなっていることに、自身も気づいていなかった。だがそれを、リオナイトはいの一番に気づいていた。

 

 然るに、彼はそれをカルテに書いた瞬間、コルベットに対して今現在行っている行為が治療ではなくなってしまう気がしてならなかった。だからリオナイトはその変異をカルテに書き留めることが出来ずにいた。

 

 所見として成立させた途端、引き返せなくなる。それを彼自身は無意識のうちに理解し、忌諱してしまっていたようだ。

 

 リオナイトのペン先は紙の上で一瞬だけ止まり、何も記されぬまま次の行へと滑った。彼は一度だけ顔を上げ、周囲の様子を確かめると、備品の残量や患者の睡眠時間、血圧の微細な変動など、コルベット本人の評価には一切関係のない記録だけを書き留め、何も言わずにすぐさま視線を戻す。

 

 同時に彼は、コルベットをここに留めていてもいいものか、という強い葛藤にも苛まれる事となる。

 

 リオナイトは現状、仮初だが騎士団長によりコルベットの全権を委任された状態にある。彼の生殺与奪の如何によっては、彼女の人生すら左右しかねない、そんな立場にあった。

 

 だからこそ彼は、どのように彼女を導いていくべきか、非常に頭を悩まされていた。正解はまだ見えない。だが、間違いだと断じるだけの根拠も、もう彼は持てなくなっていた。

 

 

 医師、そして看護師としての仕事は昼夜を問わない。病や怪我は、こちらの都合など選ばずに襲ってくる。寧ろ、救急病院を兼ねるこの王立医療センターでは、夜の帳が降りてからが正念場でもあった。

 

 然るに、コルベットに関してだけ言えば話は別だ。彼女に無茶をさせる訳にはいかない。だからリオナイトは、病棟の空気がひと段落する頃合いを見計らい、彼女に初日の「業務」が終了であることを告げた。すると、

 

「……私の役目は、もう終わりなのでしょうか……?」

 

 震える声でそう問いかけ、彼女は上目遣いに主治医を見つめた。その潤んだ瞳に含まれていたのは、疲労によるものだけではなく、役割を失うことへの、切実な恐怖だった。

 

 リオナイトは思わず息を飲む。視線が吸い寄せられるように外せなくなった。その刹那、コルベットの身体が不意にぐらりと傾く。考えるより先に、身体が動いていた。自然と彼女を抱きとめる形になり、リオナイトはその細い体重を腕の中に受け止める。

 

「ごめん、なさい……」

 

 役に立てなかった。迷惑をかけてしまった。そう言葉にせずとも伝わる後悔に、リオナイトは小さく首を振った。

 

「……あなたは、普段から頑張りすぎなんです」

 

 諭すように、だがどこか自分自身にも言い聞かせるように、彼は言葉を選びながら口にする。

 

「休養も、『医療者』としては、仕事のうちです。僕も今日は、もうあがりですから……一緒に、休みましょう」

 

 リオナイトは彼女の両手を、確かめるように包み込んだ。ひんやりと冷えた細い指先に、彼の体温がじんわりと伝わる。それに触れた瞬間、コルベットの表情から、張りつめていたものがわずかにほどける。

 

 安心と困惑が入り混じった感情。彼女自身、それをどう受け止めていいのかまだ分からずにいた。

 

 

 未だ少々足元が覚束ないコルベットを肩で支えながら、二人は朝以来空室となっていた彼女の病室へと戻ってきていた。

 

 リオナイトは疲労を感じないほど、気が張っていた。だが、彼自身も、それが昨晩からの徹夜勤務による身体の錯覚だと理解していた。

 

 恐らく彼は、コルベットと共に仕事ができたことに充足感を覚え、普段よりも気力が満ちていたのだろう。だからこそ、敢えてコルベットと共に休息を取ることを選んだ。

 

 窓際の寝台にコルベットを座らせたリオナイトは、脈拍や熱、血圧など彼女の身体的な現状を診てゆく。そのどれもが許容範囲内であったことから、先程の立ち眩みは心理的要因と疲労が重なった結果だと判断した。

 

 然るに、彼女は少し気怠そうな表情を浮かべていた。やはり慣れない初めての事をしたのであるから無理もないだろう。そう感じていたリオナイトが

「大丈夫ですか、コルベットさん」

少し慮るかのように、彼女に声を掛ける。それに彼女は小さく頷いて

「実は、昨晩も……うまく寝付けていなくて……」

不眠症も併発しているということをそこで初めて明かした。それにリオナイトは小さく嘆息する。彼自身、昨晩のコルベットの様子からそうだろうな、とは勘付いていたが。

「僕とあなたの間には、隠し事はナシですよ。主治医と患者の間に信頼関係がなければ、治療のしようもありません」

敢えて彼はコルベットを少し諭すかのように叱咤する。彼女はそれでどこか気が楽になったのだろう。彼女の張りつめていた表情が少し綻んだように、彼には思えた。

 

「わかり、ました……。ありがとう。今までは英雄として、自分の事は二の次にするのは当たり前だと思っていたから……その。うまく伝えられなくて……」

 

 コルベットも、どのように彼に「甘えたら」良いのかを量りかねていたようだ。リオナイトはそれに優しく微笑みながら頷くと、

「なんでも、言ってください。些細な事でも、気になった事でも。世間話でも」

言葉にすることが肝要だ、と彼女の手を取りながら口にする。それで彼女も微笑みながら小さく頷いた。それは今までの儚さのあるものとはどこか一線を画した、あどけなさのある笑みだったから、リオナイトはそれで思わず心を突かれてしまっていた。

 

「ところで、先生……ごめんなさい。早速ですけど、お願いが……」

「なんでしょう。僕にできることであれば、なんでもどうぞ」

「その……力が抜けてしまって……着替えるのが難しそうで……。どなたか女性の看護師さんを呼んでいただけませんか」

 

 コルベットの伏せ目がちな依頼に、リオナイトは彼女が看護服のままであった事にそこで漸く気付き、失念していたと思わず自嘲気味に天井を仰いでいた。

 

 

 早速リオナイトは彼女の依頼を受けて、壁際にある、魔力によって自動で反応する呼び出しボタンを押した。急用を告げる音が遠くで暫く鳴り響いているのを、二人は暫く耳にしていた。

 

 すると不意に、彼の名札に付いていた桜の花弁を模した紋様が赤く点滅し始める。

 

「はい、リオナイトです」

「リオ先生すみません、いまちょうど急患が来てまして……当直のみんな、出払っちゃってるんです。すみませんが、代理でお願いできますか」

 

 それは病棟内の魔力回路に接続された、簡易通信機だった。そこからは声に併せて慌ただしそうに駆ける足音なども漏れ聞こえて来ていて、緊迫した状況が伝わってくる。彼はそれを聞き、再び天井を仰ぐほかない。

 

「コルベットさん、すみません……お聞きの通りです。皆暫く、僕以外は手が離せなさそうで……」

 

 リオナイトはばつが悪そうに頭を掻いて、彼女の要望には応えられそうにない、と漏らした。すると

「状況が、状況ですものね……いい、ですよ。この際、先生でもよいので、お願いしたく……。あの、少し汗をかいてしまったから、早く着替えたくて……」

身体が言う事を聞かず困惑するコルベットとしても退っ引きならぬ状況のようで、最早他の男性よりは間違いなく信用できるであろう彼に、それを依頼するに至っていた。

 

 その思いもよらぬ事態に、リオナイトは胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じ、思わず身体を硬直させてしまった。

 

 

 リオナイトは早速女性用の病衣が保管されているリネン室へと走った。そこは普段男子禁制であるが、こういった緊急時には医師であれば許可される。

 

「先程の通信状況から、緊急時と判断しました。医師、リオナイト――生体反応一致確認。開錠します」

 

 自動音声が流れ、扉の封印が解かれる音が鳴る。彼はそれを確認してその中へと入った。そして部屋の中にあったコルベットの身長に合いそうな病衣と、タオル類一式を掴んだ彼は、すぐさま踵を返す。

 

 彼が戻ってくると、コルベットは安堵の表情を浮かべる。どうやら彼女は、このまま朝まで独りであるのには耐えきれなさそうな様子だった。

 

「これで、大丈夫でしょうか……?」

 

 掴んできた病衣を広げながらリオナイトは訊ねる。コルベットは大きさは大丈夫そうだ、と小さく頷いた。

 

「では、先生……すみませんが、よろしくお願いします。お見苦しい姿を見せてしまうことになり、恐縮です……」

 

 コルベットは先に見たくもないものを見せてしまうという罪悪感から小さく謝した。無論男としてそれは望外の「ご褒美」以外の何物でもないが。今は医療者としての立場で、しかも信頼してくれている患者に対する「医療行為」であると言い聞かせたリオナイトは、一つ生唾を呑み込むと、意を決して彼女の看護服を開けさせてゆく。

 

 看護服の袖をゆっくりと引き下ろすと、布が柔らかく体から滑り落ちる。彼女の細い腕が解放されるたび、わずかに肩の緊張がほどけるのが伝わる。

 

「ゆっくりで大丈夫です」

 

 リオナイトが声を掛けると、コルベットは少し安心したように息をつき、腕を預けた。布の手触りや体温のわずかな違いが、静かな空気の中で互いに伝わる。ぎこちなさの残る動作に、彼は焦らず見守り、彼女の心理的な負担を減らすことだけを意識した。

 

 そうして彼女の上半身の肌を露出させたリオナイトは、続けて脱げかけの看護服を足元まで引っ張ろうとする。それを察したコルベットは、寝台に後ろ手をつき少し腰を浮かせて、彼の目的が達せられるように微力を尽くす。

 

 果たしてコルベットは、初めて団長以外の男性に対して下着姿を晒していた。

 

 陶磁器のような美しい柔肌。彼女の女性として肝要な部分を覆う舛花色のレース生地が多用されて出来た、大百合の花弁や葉の紋様を模した装飾刺繍や縫い付けられた、少し大胆な意匠ながらも縫い付けられたリボンなどが可憐さを表現しているショーツとブラジャー。

 

 そのどれもがコルベットの美しさを際立たせていて、リオナイトは思わず息を飲んでいた。

 

「先生……その……。恥ずかしながらのついでで、申し訳ないのですが……そこのタオルで、身体も拭っていただけると……」

 

 思わず呆けてしまっていた彼に、コルベットがおずおずと申し出てくる。それで思わず彼女の妖艶な下着姿をじっくりと眺めてしまっていた事に気付かされたリオナイトは、

「わ、わかりました、っ」

医学生となる際の試験の時よりも身体をかちこちに強張らせながら、備え付けられていた洗面台で湯を出してタオルを湿らせてゆく。

 

 それを終えて戻ってくると、

「わ、わぁっ⁉」

リオナイトは思わず声をあげてしまう。コルベットが先程まで身に着けていたブラジャーを自ら外して、白く美しく、滑らかかつ柔らかそうな豊満な双乳を晒してしまっていたからだ。

 

「先生……すみません、お願いします……」

 

 彼が赤面ながら彼女をよく観察してみると、少し上気して浮かされたような表情となっていた。ゆっくりと肩の柔肌に触れる。そこはやや熱を帯びているように思えた。リオナイトの意識はすぐさま医療者のそれへと戻る。

 

「急ぎましょう、少し。あまり身体を冷やしてもいけない」

 

 最早彼の表情からは、戸惑いや下心などといった男性として当然あるものは一切失せていた。ただ目の前の「患者」の看護。それを根差して彼は優しく、だが確実に彼女の身体を濡れたタオルで拭ってゆく。

 

 そうして清拭を終えた彼は、

「コルベットさん、立てますか……?」

どこか蕩けたような表情をする彼女に問いかける。それに小さく頷いた彼女は、自然と手を取って肩を貸すリオナイトの身体にしがみ付くようにして、何とか目的を達する。

 

 リオナイトはそのまま病衣を彼女に手渡す。コルベットが腕を通す瞬間、軽く布が体に触れる感触が伝わる。ぎこちなくも慎重な動作に、彼は声を掛けずに見守る。

 

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

 リオナイトの声に、コルベットは小さく頷き、肩から腕を通す。布の重なりが滑らかに体を包む様子が、着替えの所作の一つ一つから伝わる。手際は不慣れだが、丁寧に、自分を整えるように服を着る仕草に、彼は自然と息を飲んだ。

 

「ふ、ぅ……。すみません、ようやく一心地つけました。ありがとうございます」

 

 無事目的を達せられたとあって、彼女は安堵の表情で寝台へと横たわる。一方のリオナイトは、緊張の糸が切れて今まで封じていた煩悩が解放されたようで、顔を真っ赤にしたまま固まってしまっていた。

 

 

「ふふ……なんか、先生。『お姉ちゃんの着替えを見ちゃった男の子』みたいな感じで、ちょっとかわいかった」

 

 コルベットが不意に、先程の様子で率直に思った事を口にしていた。それでリオナイトは耳まで真っ赤にしてしまう。

 

 彼女のそれは、先程彼が示した「とにかく言葉にすること」という方針に従ったものだった。だがリオナイトにとってそれは思わぬ一撃。彼はそれですっかり胸を突かれてしまっていた。

 

「あのー……お取込み中すみません」

 

 そこへ騎士団から派遣されてきた者の声が。二人が振り返ると、そこには親書を二通携えた、ナズナに次ぐ団長補佐のポトスが佇んでいた。

 

「ポ、ポトスさん……いつからいたんですか」

 

「えーっと……それ聞いちゃいます?」

 

 コルベットが震えながら声を出す。それにポトスはどこか揶揄うような笑みを浮かべた。途端、コルベットの周囲には魔力による茨のようなものが立ち込め始める。

 

「わーっ⁉ コルベットさん⁉ こんなところで『イラ』はだめですって⁉ ごめんなさい、のぞき見するつもりはなかったんですぅ‼」

 

 それが彼女の怒りであることをはっきり理解したポトスが、慌てて平身低頭となり出歯亀していたことを謝す。それにコルベットは

「冗談ですよ。ここで刃傷沙汰なんて、他の患者さんに迷惑ですからね」

ぴたりと魔力の放出を止め、可愛く舌を出して見せた。リオナイトも正直生きた心地がしなかったので、冷や汗を垂らしたままに苦笑いする他ない。

 

「こほん。えっと、お二人に団長さんから親書です」

 

 味方に串刺しにされてしまうという悲劇を回避し、事なきを得たポトスが、携えていたそれを二人に丁寧に手渡す。

 

 リオナイトに宛てられたものには、コルベットに対する献身を感謝するということと、勧告に従って彼女の当面の間の療養入院について承諾する旨、そしてその間の彼女の一切を彼に委任する旨が記されていた。どうやら彼の師匠ナンテンが気を利かせて、団長へと根回しをしていたようだった。

 

 そしてコルベットに宛てられたものには

「今まで多大な負担を掛けていたことに気付けず、申し訳なかった。ゆっくりと休んでほしい」

一言が添えられた付箋が貼り付いた、

「当面の間、コルベットの第一副団長の任を解く。後任は定めず、他の副団長が持ち回りで対応することとする」

と記された辞令が一通入っていた。

 

 その付箋の文字をそっと指でなぞったコルベットは

「言葉、というのは、食事と同じなのでしょうか……」

どこか寂しそうに独り言ちる。その様を、リオナイトは暫く忘れられそうになかった。

 

 

 ポトスが去った病室には、再び二人だけが残されていた。そろそろ夜も更けようという時間だ。

 

「それじゃ、僕もそろそろお暇します」

 

 一言告げてその場を辞そうとしたリオナイトの白衣の裾を、コルベットが震える手でぎゅっと掴んでいた。

 

「あの……先生……。本当に、はしたないお願いで、ごめんなさい……。その……ひとりに、しないで……」

 

 コルベットのどこか哀願するかのような、心細そうな表情を向けられてしまったリオナイトは、彼女のそれに否とは遂に言えなかった。

 

 

 果たして二人は、この日そのまま同じ寝台で一晩を共にしていた。医療的倫理はリオナイトの医師としての矜持により死守されていた。

 

 だが安心して穏やかに自身の身体を抱きながら眠るコルベットの一方で、彼は彼女の身体から与えられる柔肌の感覚と女性特有の暖かな体温と芳しい香りに包まれ、早鐘を打つ心臓の感覚からなかなか寝付けなかった。

 

 彼が気絶するように意識を失ったのは、明け方も近くなりつつあった頃であった。

 

 

 翌日以降、コルベットの看護師としての日常が始まっていた。

 

 朝はリオナイトに付き従っての回診。入院患者たちの様子を見ながら彼等の話を聞くのが彼女に与えられた「役割」だった。

 

 当初のナンテンとの取り決め通り、医学的判断が必要な部分は必ずリオナイトが介入していた。緊急を要する場合も幾度もあったが、その度に彼は的確な指示を彼女に与えて、「自らの責任」でコルベットに動いてもらうという状況を必ず作っていた。

 

 そうした日常を過ごすうちに、コルベットには

「本当にこれでだけでいいのだろうか。守られているだけで、何も返せていない気がする」

という物足りなさにも似た葛藤が生じ始めていた。だが、リオナイトの隣にいる理由も、まだ上手く言葉にできない彼女は、次第に心に靄のようなものを抱えつつあることに気付けずにいた。

 

 昼食と夕食は二人揃ってカフェテリアで摂るのが習慣となっていた。本来コルベットは入院患者であるのだが、同時に医療従事者でもあるので、食事に関しては好きにしてよいという「医師の判断」で彼女には特権が与えられていた。

 

 そこでは今日あったこと、気になったこと、考えていたことなどをコルベットが自発的に話せるように工夫されていた。いわゆる認知行動療法の一つである。

 

 彼女が口にすることについて、リオナイトは肯定も否定もせず、ただ相槌を打つだけに留める。コルベットに何か問われたら答える、という受け身の姿勢を常に崩さなかった。

 

 そうすることで、彼女の側にも「些細な事でも話しても良いのだ」という心理的安心感が醸成されつつあった。リオナイトとしてはそれを通じて、少しずつコルベットの表情が豊かになってきているという事を実感していた。彼は確かな手ごたえを得ていた。

 

 夕方から夜にかけては、コルベットの様子を見ながら少しずつ「役割」を与える時間を増やしていく工夫がなされていた。

 

 彼女の魔力の揺らぎのピークは丁度この時間帯で、易疲労感と軽い立ち眩みが起きやすい。集中力の欠如も散見されるようになったところで、彼女のその日の「役割」は打ち止めだ。

 

 花騎士としての活動であれば、多少無理を圧してでも活動限界まで戦っていただろう。しかしそれでは他の仲間が困ってしまう。それをコルベットに対して伝えることに、リオナイトは粉骨砕身しつつも苦心していた。

 

 そして就寝時は彼女の「甘え」に優しく寄り添う。それが二人の日常になりつつあった。一線を越える事は未だない。だが、コルベットは毎晩のようにリオナイトに同衾を要求してくるようになっていた。彼もそれは満更でもなさそうだったが、未だ慣れないのか、毎朝寝不足気味になってしまうのだけは玉に瑕であった。

 

 

 そんな日常が半月も続いていた。コルベットは次第に慣れてきたからなのか、少しずつながら無茶を圧す事も増えてきていた。

 

 彼女のそれは、決まって区切りが悪い中で「揺らぎ」が起きてしまった時。

「もう少し、頑張れますから」

そう一言口にして、数分から数十分の作業を終える。それ自体は問題ないのだが、彼女はそのままへたり込んで動けなくなってしまう。

 

 それはコルベットからすれば善意でやっていることなのは間違いない。だが主治医たるリオナイトとしては、そういった無茶と体調管理の失敗が屡々あるからこそ、彼女が次第に希望するようになっていた夜勤を未だに認める訳にはいかなかった。

 

 何よりリオナイトは、何故そこまでしてコルベットが夜勤に拘るのか理解に苦しんでいた。こういった「大病院」の常勤医療従事者からしてみれば「夜勤」というのは最もキツイ仕事の一つに他ならないからだ。

 

 彼女としては「戦場では夜が最も警戒を要していた」という過去の成功体験から、彼の役に立ちたいと無意識に感じてそう志願して来ていたのだったが、それを彼は汲み取る事ができずにいた。

 

 

 そんなある夜。リオナイトは魔力の溢れが一定量を超えると検知して音がなる仕組みになっている装置が鳴動したことで飛び起きた。彼はコルベットを起こさぬよう、直ちに警報を停止させる。

 

 隣で眠るコルベットの様子に特に変化はなさそうだ。強いて気になる点とすれば、少し呼吸が浅いというくらい。リオナイトは彼女の身体にそっと触れて脈拍などを測る。

 

「……? 僕が触れたら、おさまったな……?」

 

 相変わらず片手に持っていた装置の魔法力計は、先程警報が鳴る程あったものが一気に正常値まで落ち込んでいた。彼はそれがどういう理屈であるのかを、この時点では理解できずにいた。

 

 暫く様子を見ても、先程のような膨大な魔法力が検出されるような様子は一切ない。再現性のない事象は、記録には値しない。これは彼の医術における信念の一つだった。

 

「ん……❤」

 

 不意に、コルベットによってリオナイトの身体が無意識に抱き寄せられた。眠りながら自身を嬉しそうに抱きしめてくる彼女のそれに、再び眠気と安堵感を刺激されたらしい彼は、考える事を一旦放棄して再び床に就いた。

 

 彼はこの時得た違和感を放置したことを、翌日深く後悔することとなる。

 

 

 今夜は常勤医が自分一人になる。その通達を事務方から受けたリオナイトは溜息を吐いていた。月に一度あるかないかの特例日。そしてそれは、コルベットが「入院」してより初めての機会だ。

 

 今日ばかりは絶対に無理をさせる訳にはいかない。リオナイトはその決意をすると共に、夜間はどうしてもコルベットと距離を取ってしまうことになるな、と考えていた。

 

 ところが彼自身も、そうしなければならないという事に対して非常に気が重いとも感じていた。それは彼にとっては今までにない気持ちだったから、彼はその違和感の正体が分からず、困惑していた。だから彼は、溜息を漏らす回数が自然と増えがちになっていた。

 

「先生……どうしました? なんか元気がなさそう……」

 

 昼食時、それから来る溜息が自然と口から漏れ出てしまっていたことを、コルベットが敏く察して指摘する。それでいよいよ表情仕草にも出てしまったか、と彼は頭を掻いた。

 

「それが……今晩、常勤医師が僕しかいないんです。必然と、僕が当直……ということになります。だからごめんなさい、今日はコルベットさんと一緒に寝てあげることが出来なさそうです」

 

 隠し事はなし。それを言い出したのはリオナイトだ。だから彼は、事実を告げた上で、彼女の求めには今日ばかりは応じられない旨をはっきりと宣言する。

 

「そう、でしたか……。それなら……仕方ないですね」

 

 それを耳にしたコルベットは、どこか思いつめたような表情で、だが納得したような顔で小さく頷いた。普段とは少し違う彼女のそれに軽い違和感を覚えたリオナイトだったが、

「リオ先生お休み中のところすみません、急患です! 花騎士二名、害虫にやられ重傷です‼」

彼の名札に付けられていた通信機が危急を告げる。既に二人は昼食を済ませていたから、紙コップに残っていた飲料をそれぞれ手早く飲み干して、彼等は慌ただしく持ち場へと駆けてゆく。

 

 この時見逃してしまったその微かな違和感が、この晩の大きな過ちへと繋がってしまうとは、リオナイトはこの時全く気付けていなかった。

 

 

 昼間はあんなにも急患がひっきりなしにやって来たにも拘らず、その晩はうって変わって静かだった。入院患者も皆寝静まっているようだ。

 

 お蔭でリオナイトは診察室の奥にある執務室で、ここ半月のコルベットの様子について改めて整理する機会を得ていた。

 

 当初溢れ出たり出力が極端に落ち込んだりとぶれが大きかった彼女の魔力は次第に安定を見せていた。それは医療用電子機器に示されたグラフからも明らかだ。

 

 時間ごとの推移に目を移せば、睡眠時、特にリオナイトと抱き合って眠っている時が一番安定しているようだ。

 

 逆にぶれが大きくなるのはやはり夕方から夜にかけて。疲労の蓄積に比例して、魔力炉の特に出力上限がぶれる様子が見て取れる。炉の制御の箍が外れ、無尽蔵に魔力を放出してしまう。

 

 魔法力の出力にぶれが発生した時、彼女の身体では生体維持の為に無意識のうちに放出されようとした体内に魔力を溜め込んでおこうとする傾向がある。それが彼女の心身に大きな影響を及ぼしている様子だ。

 

 然るに、今まで得られた様々なデータが何を意味しているのかについて、リオナイトは未だ結論を出せずにいた。半月程度の記録で断じるには症例が少なすぎる。それが彼の現段階での判断だった。

 

 そうしていると、不意に診察室の戸にノックが。看護師か急患だろうか。そう感じたリオナイトはすぐさま席を立ち、診察室へと戻ると

「開いてますよ、どうぞ」

来訪者への入室を許可する。だが、開いた引き戸の先にいた人物の様相を見た彼は驚き戸惑ってしまう。

「せんせい……わたし、おかしく、なっちゃった、みたい……っ。からだ、あつくて……」

そこに立っていたのは、下着姿のコルベットだったからだ。

 

 淡い月白色の薄布に、白菊の花弁が模された装飾刺繍が施されたレースが縫い付けられて、彼女の股間に整えられて生え揃う陰毛すら薄らと見えてしまう程の透け感が随所にあり、上品ながらもどこか少女趣味を思わせるような可憐なショーツとそれと対になる意匠のブラジャーだけを身に着けた彼女は、どこか浮かされたような、蕩けた表情でそこに棒立ちになっていた。

 

「な、なんて格好してるんですかッ⁉ とにかく、すぐ入って! 誰かに見られてしまう前に……ッ!」

 

 リオナイトは慌てて部屋の外に出て、コルベットの身を抱くようにして庇いながら、彼女を診察室へと押し込む。そして

「予備、一着だけあった……取り敢えずこれ着てください。僕は執務室の方にいますから」

彼女の淫靡な様相に身体が熱くなるのを感じながらも、執務室に誰かが置いていた女性用の看護服を彼女に手渡しつつ告げる。彼はそのまま逃げるように執務室へと引っ込んだ。

 

 独り診察室に残されたコルベットは先程リオナイトに触れられたことで少し落ち着いたのだろうか。存外素直にそれに従った。

 

「……やはり、彼女は『独り』であることが引き金なのか?」

 

 リオナイトは彼女にこのような「発作」が起こるとは思っていなかったから、何が原因であったかについて真剣に検討していた。すると

「せんせい……っ」

看護服を身に纏ったものの、やはりまた少し上気して呼吸を乱した、表情を蕩けさせたコルベットが、執務室へと侵入してきていた。彼女はゆっくりと近づいてきてリオナイトの身体に縋りつく。

 

「やっぱり……せんせいの、そばだと、おちつきます……❤」

 

 彼女はぎゅっとリオナイトの身体を抱きしめながら、噛みしめるように口にする。それで彼の医師としての倫理はほぼ破綻寸前となる。

 

 抱き付いたコルベットが、いよいよ意味あり気に首筋や耳へと触れてくる。それは最早患者と医師の関係を飛び越える「濃厚接触」(スキンシップ)だった。

 

「だめ、だめですコルベットさんッ!」

 

 慌てて彼女の身体を引き剥がそうとするリオナイトだったが、

「や、っ……やだ、せんせい、はなれないで……。どこか、いかないで……。わたし、こわい……っ」

コルベットが抱き付く腕に力を入れて拒否したので、彼はそれを断念せざるを得ない。

 

 彼女の右腕に装着されていた魔法力計は観測できる最大値を超えて振り切れてしまっていた。それだけ彼女は体内に魔力を内包してしまっているということになるだろう。

 

 それを冷静に判断したリオナイトは、以前師匠からスイカズラも同様に魔力が振り切れてしまった時に淫乱となるらしい、と「症例」を聞いていたのを思い出していたから

「ん、ぅっ❤」

コルベットを抱き返すと同時に、ゆっくりと艶やかな緑髪を優しく撫でてやる。すると、振り切れていた魔法力計の数値が観測できる値まで戻って来たことで警報音を鳴らし始めた。それでリオナイトはこの症状の「最適な治療法」をいよいよ確信してしまう。

 

「どうやら……身体同士の濃厚接触がこの症状には一番効果的……でも、それは……」

 

 そこまで理解っていながら、リオナイトはさらに一歩を踏み出す事が出来ずにいた。この一線を越えてしまえば、彼女も自身も最早元の関係には戻れないだろう。そしてそれは、団長や師匠の信頼を裏切ってしまう行為に他ならないからだ。

 

 彼が判断に迷っていると、

「せんせい、が……たすけて、くれないと……わたし、おかしく、なって……ほかの、ひとに……シちゃう、かも……っ。それは、それだけは、やだ……っ」

理性をほんの少しだけ取り戻したらしいコルベットが、涙目で助けを求めてくる。状況は逼迫していた。

 

 そして何より、この状況を放置するということは、ナンテンが治療を中断せざるを得ないと判断する基準として示した「コルベットの情緒が安定しなくなった場合」に該当するだろう。

 

「わかり、ました……。今晩、今晩だけ、ですよ……。あと、これは、治療、です。あくまで。応急処置……」

 

 リオナイトは自分にも言い聞かせるように言い訳を口にした。そしてその場にあった電子機器から書式の雛型を呼び出して手早く印刷する。

 

「私、コルベットは、古代花騎士性魔力循環過剰症の応急処置及び治療法として、性的接触・性行為を医師リオナイトと行うことに同意します」

 

 出力された紙には、確かにそう記されていた。それを

「コルベットさん、いいん、ですね……? 本当に……。よければ、つらくて、大変なところ、お手数ですが、これにサインを……」

縋りついて硬く滾りつつあったリオナイトの股間にまで手を伸ばしていた彼女に向けた。コルベットはそれに嬉しそうに頷くと、震える手でサインを書き込んでゆく。

 

 

 二人は明りを落として真っ暗となった執務室で、最低限必要な部分だけを露出させただけで身体を交えるに至っていた。

 

 正確には、我慢ができなくなったコルベットが執務室の椅子に座るリオナイトの上に蜜を吸ってぐっしょりと湿ってしまったショーツのクロッチをずらして秘唇を露わにさせながら乗りかかって、やはりすっかり滾ってしまった彼の逸物を咥え込んでいた。

 

 リオナイトにとって、今まさにこの瞬間が初体験だった。それを思わず口にしてしまった途端、コルベットは表情を蕩けさせて

「うれ、しい……っ❤ せんせい、いっぱい、きもちよく、なってぇ❤」

息を弾ませながら、肉同士がぶつかる音が立ってしまう程に腰を懸命に浮沈させ始める。暗がりの中、電子機器のモニタから発せられる光が、二人の蠢く影を鋭く照らしている。

 

「ね❤ せんせい、も❤ うごい、てぇ❤ おっきな、お○んぽ❤ わたしの、なかっ❤ すぽずぽ、かきまわしてぇ❤ いっぱい、いっぱい、あいしてぇ❤ あなたに、わたしの、えっちな、お○んこで❤ いっぱい❤ きもちよくなってほしい、のぉ❤」

 

 コルベットはリオナイトにも抽迭を同期させるように求める。彼は上手くできるか不安ではあったが、憧れだった女性の可愛いおねだりになるだけ応えるべく、彼女の腰の動きに合わせて肉棒を振るってみせる。その懸命な様に、彼女の表情はどんどん蕩けゆく。

 

「あっ、あぅっ❤ おくぅ❤ こんこん、って❤ されるの❤ きもちいぃっ、らめぇ❤ イく、イぐぅぅぅぅぅぅっ❤」

 

 遂に限界を迎えてしまったらしいコルベットは、はしたない喘ぎを漏らしながら絶頂へと導かれた。彼女の膣は、膣奥までしっかりと挿入されて来ていたリオナイトの逸物にきゅうきゅうと纏わりついて蕩かせながら射精を促してくる。それに堪らず、

「ぼくも、もう、っ……」

彼もいよいよ射精感を堪えきれそうになくなり、コルベットに限界を伝えた。膣内射精だけは拙い。医師としてそれをはっきりと理解していたから、リオナイトは彼女の意識をそちらに向けようとした。だが

「やぁっ❤ せんせい、っ❤ ぬいちゃ、やだぁっ❤ はなれちゃ、やだっ❤ お○んぽ、ぬかない、でぇ❤ そのまま、なか、でっ❤」

それはとんでもない逆効果だった。コルベットはリオナイトと離れたくない一心で、深く腰を落として彼の逸物を膣奥までしっかり飲み込んだまま、子宮口を雁首の裏筋に擦り付けるかのようにねっとりと腰を振るい、射精を促してゆく。

 

 今晩が初体験であるリオナイトがそんな淫乱な腰つきに耐え切れぬ筈もなく。

「うわ、ぁぁ、っ……」

いよいよ彼の箍は呆気なく崩壊してしまう。どくどく、と脈動したリオナイトの肉棒の先端から、子種がどぷどぷとコルベットの膣奥へと注がれてゆく。

 

 リオナイトの精が膣奥や子宮口へとびちゃびちゃと浴びせ掛けられる感覚を得て、

「あっ……ひあぁ……んあああっ……❤」

コルベットは嬉しそうにびくびくと身体を震わせていた。

 

「ふふ……❤ せんせい❤ なかだし、えっち❤ しちゃい、ましたね……❤」

 

 気付けば蕩けた表情のままのコルベットが、呼吸を乱して放心してしまっているリオナイトの顔を覗き込んでいた。そんな彼女の膣は、未だ滾ったままの彼の逸物を咥えたまま、再起を促すかのようにきゅうきゅうと締め付けてくる。

 

「おねえちゃんの、お○んこ……❤ きもち、よかった……?」

 

 唐突に、コルベットがリオナイトの頭を優しく抱きながら、耳元で囁く。それで堪らなくなってしまったのか、彼の肉棒は再び硬度を蘇らせてゆく。

 

「んっ❤ ふふ……❤ また、おっきくなった……❤」

 

 その様に、コルベットは嬉しそうに、だが妖艶な笑みで独り言ちる。どうやら彼女は、過日に「姉の着替えを見てしまった弟の様」と彼の初心な様子を自身が表現していたのを思い出したようで、彼の反応を確かめたくなってしまったようだった。そして

 

「それじゃあ、こんどから……❤ ふたりきりの、ときは❤ リオくん、って、よぼう、かなぁ……❤ ん、っ❤ リオ、くんのせーし❤ おく、の❤ せーし❤ ぐちゅぐちゅ、って、する、の❤ きもち、いい、よぉ……❤」

 

それが満更でもなさそうという事を理解したコルベットは、早速すっかり滾ってしまったリオナイトの逸物で、先程膣内射精された、膣奥にどろどろ溜まった子種を攪拌するかのように腰を振るう。

 

 それによって与えられる甘美かつ未知の快感に、リオナイトの理性もどろどろと蕩かされていってしまう。だから

「もういっかい❤ えっち❤ しよ……? わたしも、まだまだ、たりない、から……❤」

コルベットからの誘いに、彼は無言で頷いてしまうのだった。

 

 

 翌朝。コルベットは自身が宛がわれた病室の寝台に寝かされていたという事実に驚いていた。そんな彼女の衣服は病衣に替えられていた。

 

 然るにブラジャーは付いたまま。それで胸の下着の外し方すら分からない不慣れなリオナイトが懸命に着替えさせてくれたのだ、ということを理解したコルベットは、胸が熱くなっていた。

 

「ん、っ……❤」

 

 ふと膣奥から精液が漏れ出てくる感覚を得たコルベットは、病衣の丈裾を捲って下着を露わにさせ、ショーツの状態を確かめてみる。

 

 彼女の股間はあの後リオナイトが清拭してくれたようで、ほぼ綺麗な状態だった。一部拭い切れなかったらしい飛び散った精が、彼女の陰毛に多少こびりついていた程度だ。

 

 だがそのショーツのクロッチには昨晩の行為の余韻で溢れた、二人の交じり合った体液がべっとりと染み込むように付着していて、履き替えは免れなさそうな様相だ。

 

「リオくんとの、治療(えっち)……きもち、よかったな……❤ また、あんな風になったら、してもらえるのかな……❤」

 

 秘唇から漏れ出てきたリオナイトの精を左手の指で掬いあげたコルベットは、それを永遠の誓いの証が付く薬指と親指でねとねとと弄びながら思わず独り言ちる。

 

 コルベットは不思議と罪悪感を覚えていなかった。それは昨晩「合意書」を交わしていたからから、とこの時彼女は理解していた。

 

 だから彼女は、次第にリオナイトに惹かれつつあるという自身の心境の変化には未だ気付けずにいた。

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