※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第11話 線を越えた

昼下がりの鎮守府正門。

いつもと変わらない時間帯だった。

 

鳳翔が箒を手に、正門前の石畳を掃いている。

その少し後ろで、葵がバケツを持ち、落ち葉を集めていた。

 

「今日は風が強いですね」

「ええ。でも気持ちいい風です」

 

そんな他愛のない会話。

鎮守府の日常。

誰もが、それが壊れるとは思っていなかった。

 

――最初に気づいたのは、赤城だった。

 

正門の向こう側。

人影が、増えている。

 

「……加賀さん」

 

隣に立つ加賀も、すでに気づいていた。

数人ではない。

十数人……いや、もっと。

 

正門前の広場に、人が集まり始めていた。

 

「艦娘を解放しろ」

「兵器を鎮守府から出せ」

「怪物を匿うな」

 

声が、上がる。

 

ざわめきが、怒号に変わる。

鳳翔の手が止まり、葵も顔を上げた。

 

「……?」

 

葵は状況を理解しきれず、正門の方を見る。

その瞬間、怒声が一斉に浴びせられた。

 

「人殺し!」

「戦争を呼ぶ兵器め!」

「お前らがいるから深海棲艦が増えるんだ!」

 

鳳翔が、葵の前に半歩出る。

 

「皆さん、落ち着いてください」

「ここは鎮守府です」

 

だが声は届かない。

群衆はすでに熱を帯びていた。

 

「話せば分かると思うな!」

「艦娘なんて作ったのが間違いだ!」

 

赤城が一歩前に出る。

 

「それ以上は、聞けません」

 

声は静かだった。

だが、火に油を注いだ。

 

「ほら見ろ!」

「兵器が人間に逆らったぞ!」

 

群衆の中の誰かが、石を拾う。

 

――吹雪は、その瞬間を見ていた。

 

「……やめて……」

 

小さく呟いた。

だが、届かない。

 

石が、放られた。

 

一直線に、葵へ。

 

時間が、伸びる。

 

鳳翔が振り向く。

赤城が踏み出す。

加賀が腕を伸ばす。

 

――間に合わない。

 

その瞬間。

 

何かが、葵の前に現れた。

 

黒い影。

蛇のように、しなやかで、巨大な――赫子。

 

石はそれに弾かれ、乾いた音を立てて転がった。

 

静寂。

 

正門前の空気が、凍りついた。

 

鳳翔が、ゆっくり振り返る。

赤城と加賀も、同時に息を呑む。

 

葵の前に、赫子があった。

護るように、包むように。

 

その背後。

 

屋根の上から、黒い影が降り立つ。

 

音は、なかった。

 

ただ、そこに「立った」。

 

ハヤト。

 

群衆の誰かが、息を吸い損ねた。

 

「……な、なんだ、あれ……」

 

誰かが後ずさる。

 

ハヤトは動かない。

赫子が、ゆっくりと畳まれる。

 

葵の肩に、そっと手を置く。

 

「……大丈夫か」

 

「う、うん……」

 

葵の声は震えていたが、立っていた。

 

ハヤトは、前を向く。

 

群衆を見る。

 

目は、冷えていた。

 

怒りではない。

殺意でもない。

 

ただ、断定。

 

「――線を越えた」

 

それだけだった。

 

空気が、変わる。

 

説明はない。

声も低く、淡々としている。

 

それなのに。

 

足が、動かない。

 

群衆の一人が、喉を鳴らす。

 

「な、なんだよ……」

「何様だ……!」

 

虚勢だった。

 

ハヤトが、一歩、前に出る。

 

それだけで、数人が後退した。

 

「近づくな!」

「怪物が!」

 

ナイフが、抜かれる。

 

吹雪の心臓が跳ねた。

 

「やめて!!」

 

侵入者が、突進する。

 

狙いは――首。

 

刃が、触れた。

 

皮膚に、少しだけ食い込む。

 

それ以上、進まない。

 

「……?」

 

侵入者の顔が、歪む。

 

刺さらない。

押しても、引いても。

 

まるで、拒絶されているかのように。

 

ハヤトは、無表情のまま。

 

侵入者の手首を掴む。

 

力を込めない。

握り潰さない。

 

ただ、止める。

 

「捨てろ」

 

短い声。

 

侵入者の呼吸が、乱れる。

 

「な……なんだ……」

「なんなんだ、お前……」

 

ハヤトは答えない。

 

目を、逸らさない。

 

侵入者の手が、震え始める。

 

ナイフが、落ちた。

 

金属音が、やけに大きく響いた。

 

それを合図にしたように。

 

群衆が、崩れ始める。

 

誰かが座り込む。

誰かが泣き出す。

誰かが吐き気を訴える。

 

ハヤトは、歩き始める。

 

ゆっくりと。

 

赫子が、背後で蠢く。

 

触れない。

殴らない。

斬らない。

 

ただ、進む。

 

それだけで、人が退く。

 

理解してしまったからだ。

 

――これ以上、近づいてはいけない。

 

――ここから先は、戻れない。

 

恐怖は、連鎖する。

 

「や、やめろ……」

「もう、分かった……」

 

誰かが叫ぶ。

 

だが、ハヤトは止まらない。

 

「……結果だ」

 

その一言で、膝が落ちた。

 

「もういい!!」

 

葵の声だった。

 

ハヤトが、止まる。

 

赫子が、静止する。

 

葵が、ハヤトの腕を掴む。

 

「もう、伝わった……」

「これ以上は、いらない……」

 

ハヤトは、葵を見る。

 

少しだけ、目を細める。

 

「……分かった」

 

それだけ言って、赫子を引く。

 

圧が、消える。

 

風が、戻る。

 

音が、戻る。

 

人々は、その場にへたり込んだまま、動けなかった。

 

誰も、追わない。

誰も、罵らない。

 

ただ、理解した。

 

――触れてはいけないものに触れた。

 

――越えてはいけない線を越えた。

 

ハヤトは、振り返らない。

 

葵の肩を抱き、正門から離れる。

 

鳳翔が、深く頭を下げた。

赤城と加賀も、敬礼する。

 

吹雪は、立ち尽くしていた。

 

怖かった。

 

でも。

 

それ以上に、はっきりと分かった。

 

――だから、今まで動かなかった。

 

――動かないことも、選択だった。

 

線を越えなければ、何も起きない。

 

越えた時だけ、結果がある。

 

その事実が、胸に深く刻み込まれた。

 

正門の外で、誰かが呟く。

 

「……怪物、だった……」

「……でも……」

 

言葉は、続かなかった。

 

それで、十分だった。

 

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