※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第12話 理解してしまった恐怖

取調室は、静かだった。

 

照明は白く、机と椅子だけが並ぶ簡素な部屋。

鎮守府内に設けられた仮設の取調スペースだ。

 

だが、その空気は重い。

 

そこに座らされている者たちは、

皆、同じ表情をしていた。

 

青ざめ、目の焦点が合っていない。

肩を落とし、指先が小刻みに震えている。

 

怒りも、反抗もない。

あるのは――理解してしまった後の沈黙だけだった。

 

白瀬提督は、資料を閉じる。

 

「……改めて聞く」

 

声は低く、淡々としている。

 

「鎮守府への不法侵入」

「器物破損未遂」

「公務妨害」

「艦娘及び関係者への危害行為未遂」

 

「以上だ」

 

机の向こう、男が喉を鳴らした。

 

「……」

 

言葉が、出ない。

 

長門は腕を組んだまま、男を見下ろしていた。

 

「何故だ」

 

短い問い。

 

男は、ようやく口を開いた。

 

「……怖かった……」

 

声が掠れる。

 

「艦娘が……」

「分からなかった……」

「得体が知れなくて……」

 

赤城は、その横で静かに聞いていた。

 

怒りは、ない。

だが、胸の奥がざらつく。

 

男は続ける。

 

「……でも……」

 

視線が、床に落ちる。

 

「……あれは……」

「違った……」

 

吹雪が、息を呑む。

 

「違った、とは?」

 

男の喉が鳴る。

 

「……怪物だと思ってた……」

「力で従わせると思ってた……」

 

男の手が、震えながら机の縁を掴む。

 

「……でも……」

「違った……」

 

長門が、静かに言う。

 

「何が違った」

 

男は、顔を歪めた。

 

「……何もしなかった……」

「いや……“出来たのに、しなかった”……」

 

赤城の脳裏に、あの光景が蘇る。

 

蛇赫。

圧。

沈黙。

 

そして――歩くだけで崩れていく群衆。

 

「……俺は……」

「ナイフを出した……」

 

男の声が、震え始める。

 

「刺そうとした……」

「でも……」

 

息を吸い、吐く。

 

「……刺さらなかった……」

 

その場の空気が、わずかに張り詰める。

 

「……力を入れても……」

「皮膚に……少し……」

 

男は、首元を押さえた。

 

「……止まった……」

「拒否された……」

 

赤城は、目を伏せた。

 

理解してしまう。

 

――あれは防御ではない。

――存在そのものの否定だ。

 

「……それで……」

 

男は、泣いていた。

 

「……あいつ……」

「怒らなかった……」

「殴らなかった……」

「殺そうともしなかった……」

 

「ただ……」

 

一言一句、噛み締めるように。

 

「……『捨てろ』って……」

 

長門の眉が、僅かに動いた。

 

「それだけ、か」

 

「……それだけだった……」

 

男は、俯いた。

 

「……なのに……」

「……怖くて……」

「……足が……」

 

声が、途切れる。

 

「……逃げられなかった……」

 

赤城は、胸の奥で何かが静かに沈むのを感じていた。

 

――恐怖とは、叫ばせるものではない。

――理解させるものだ。

 

別の女が、震える声で口を開いた。

 

「……私は……」

「艦娘が怖かった……」

 

赤城は、その声に顔を上げる。

 

「……兵器だと思ってた……」

「人じゃないと思ってた……」

 

「……でも……」

 

女は、唇を噛んだ。

 

「……あの人……」

「……葵さんを……」

 

赤城の背筋が、僅かに伸びる。

 

「……庇ってた……」

「誰よりも……」

 

女の目から、涙が落ちた。

 

「……私たちが……」

「……人じゃないって……」

「……思ってたのは……」

 

言葉は、続かなかった。

 

吹雪は、拳を握りしめていた。

 

――同じだ。

 

自分も、同じだった。

 

白瀬提督が、静かに言う。

 

「……君たちは……」

「彼を怪物だと思った」

 

「だが……」

「彼は、自分を怪物だと否定しなかった」

 

「その代わり……」

「線を示した」

 

長門が、補足する。

 

「越えてはいけない線だ」

 

「……越えた結果……」

「どうなった?」

 

男は、嗚咽混じりに答えた。

 

「……生きてる……」

「……生かされた……」

 

その言葉が、取調室に落ちる。

 

重い、沈黙。

 

赤城は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……私たちは……」

 

全員の視線が集まる。

 

「……兵器じゃない……」

「……でも……」

 

一拍置く。

 

「……守る……」

「……それだけ……」

 

男は、赤城を見上げた。

 

「……あんたたちも……」

「……同じ目をしてた……」

 

赤城は、否定しなかった。

 

「……そうかもしれない」

 

取調は、終わりに近づいていた。

 

処分は、これから決まる。

だが、彼らの中で――もう一つの裁定は終わっていた。

 

「……もう……」

「……近づかない……」

 

「……線が……」

「……分かった……」

 

白瀬提督は、立ち上がる。

 

「……それでいい」

 

取調室を出た後。

 

赤城、加賀、吹雪は廊下に立っていた。

 

誰も、すぐには口を開かなかった。

 

やがて、吹雪が小さく言う。

 

「……怖かったです……」

 

赤城は、頷く。

 

「……ええ……」

 

加賀は、窓の外を見ていた。

 

「……でも……」

「……必要な恐怖よ……」

 

赤城は、静かに答えた。

 

「……ええ……」

「……だから……」

 

「……今まで……」

「……彼は……」

「……動かなかった……」

 

吹雪は、思い出す。

 

あの背中。

あの沈黙。

 

「……選ばせてた……」

「……ずっと……」

 

誰も、否定しなかった。

 

廊下の向こうで、足音がする。

 

ハヤトはいない。

葵もいない。

 

それでいい。

 

――これは、彼らの知らない場所で起きた“理解”なのだから。

 

そして赤城は、心の中で静かに思った。

 

――あれは怪物ではない。

――“線を越えさせない存在”だ。

 

それが、どれほど恐ろしいか。

それを理解してしまった者は、もう戻れない。

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