※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第13話 報告

極秘回線は、通常の通信とは違う重さを持っていた。

 

執務室の照明を一段落とし、白瀬提督は背筋を正す。

モニターに映し出されたのは、日本海軍司令長官・本郷だった。

 

軍服の皺一つない姿。

その目は、感情を排した冷静さの奥に、数え切れない決断を積み重ねてきた重みを宿している。

 

「報告を聞こう」

 

それだけだった。

前置きも、雑談もない。

 

白瀬提督は一度だけ息を整え、口を開く。

 

「呉鎮守府正門にて、艦娘反対派による集団侵入未遂が発生しました。人数は推定四十から五十。武装は軽微。主に投石、罵声による威圧行為です」

 

淡々と、事実だけを並べる。

 

「現場には鳳翔、赤城、加賀、その他数名の艦娘と、一般協力者である葵が居合わせていました」

 

「被害は」

 

「人的被害はありません」

 

一瞬の沈黙。

本郷司令長官の視線がわずかに鋭くなる。

 

「……だが、“何も起きなかった”わけではないな」

 

「はい」

 

白瀬提督は、否定も肯定もせず、続けた。

 

「集団の一名が投擲した石が、葵に向けて放たれました。直撃する寸前、対象の前方に“防御行動”が発生しました」

 

「防御行動?」

 

「正体不明の生体構造物です。高い反応速度と耐久性を確認しました。結果、石は遮断され、葵への被害はありません」

 

本郷は黙って聞いている。

 

「その直後、当該存在――ハヤトが出現しました」

 

ここで初めて、白瀬提督は言葉を選んだ。

 

「彼は、威嚇、攻撃、追撃、いずれも行っていません」

 

「……では何をした?」

 

「“立ちました”」

 

短い返答。

 

「集団と艦娘の間に降り立ち、展開したのは威圧的な生体構造物。発言はごく短く、断定的でした」

 

白瀬提督は、正確に記録された言葉を読み上げる。

 

「――線を越えたな

――俺の家族に触れたな」

 

それだけだ。

 

本郷司令長官の指が、机の上でわずかに止まった。

 

「それで?」

 

「それ以上の発言はありません。歩き出したのみです」

 

「歩き出した?」

 

「はい。ゆっくりと、集団へ向かって」

 

白瀬提督は視線を落とさず続ける。

 

「その時点で、群衆の統制は崩壊しました。恐怖反応による後退、転倒、過呼吸。武装解除。誰一人、抵抗行動には出ていません」

 

「彼は……何人殺した?」

 

「一人も」

 

即答だった。

 

「傷を負わせた者も?」

 

「ありません。拘束、威嚇、反撃、すべて最小限です。正確には――“触れていません”」

 

本郷司令長官は、ゆっくりと背もたれに身を預けた。

 

「……奇妙だな」

 

その一言に、評価が滲んでいた。

 

「力を誇示するだけなら、もっと簡単な方法はいくらでもあったはずだ」

 

「その通りです」

 

白瀬提督は頷く。

 

「彼は、力を使わない選択をしました。ただし、“線”を越えた場合の結果だけは、明確に示しました」

 

「線、か」

 

「はい。対象は“葵への直接的危害”。それ以外に対して、彼は一切反応を示していません」

 

沈黙が落ちる。

 

軍事会議室特有の、思考の沈黙。

 

「……つまり君は」

 

本郷司令長官が口を開く。

 

「彼を“怪物”とは評価していない、ということだな」

 

白瀬提督は、少しだけ間を置いた。

 

「危険な存在であることは否定しません」

 

慎重な言い回し。

 

「ですが、無差別性はありません。衝動性もありません。彼は常に“選択”しています」

 

「選択?」

 

「はい。恐怖を与える相手、守る対象、踏み越えてはならない線。それらを意図的に区別しています」

 

「……兵器ではない、と?」

 

「少なくとも、制御不能な兵器ではありません」

 

白瀬提督は、ここで一段声を落とした。

 

「むしろ――抑止力です」

 

本郷司令長官の視線が、鋭くなる。

 

「扱いを誤れば、国家が揺らぐ存在だぞ」

 

「承知しています」

 

白瀬提督は一切目を逸らさない。

 

「だからこそ、隠蔽せず、排除せず、理解と線引きを選びました」

 

長い沈黙。

 

やがて、本郷司令長官は低く言った。

 

「……彼の所属は?」

 

一瞬の迷い。

だが白瀬提督は答えた。

 

「彼らは、自らを“冥焔連”と名乗っています」

 

その名が、静かに空気に落ちる。

 

「冥焔連……」

 

本郷司令長官は、ゆっくりと復唱した。

 

「覚えておこう」

 

それだけだった。

 

「今後の方針は?」

 

「監視ではなく、観察を。拘束ではなく、距離を。

そして――線を越えない限り、彼は動きません」

 

「……君は、随分と賭けに出たな」

 

「はい」

 

白瀬提督は静かに言う。

 

「ですが、彼は既に示しました。

“線を越えなければ、こちらには手を出さない”と」

 

通信が切れる。

 

暗転したモニターを見つめながら、白瀬提督は深く息を吐いた。

 

重い。

だが、逃げなかった。

 

これが、自分の選択だ。

 

そして――

線を越えた時に、何が起きるのか。

 

それを一番理解しているのは、

誰よりも沈黙を選び続けてきた――ハヤトだった。

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