※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第18話 羽赫、第二回実証実験 空と海と、役割の線

 

工廠裏の演習区画。

朝から人が集まりすぎて、もはや訓練というより祭りの空気だった。

 

「えー!皆さんおはようございます!本日も工廠は元気に稼働中~!」

明石が拡声器を持って、いつもの勢いで叫ぶ。

 

「第二回!羽赫(うかく)実証実験!始めますよー!

今日のテーマは――!」

 

夕張が横で板を掲げる。そこには太字でこう書かれていた。

 

『連続発射/移動射撃/対空想定/安全運用の整理』

 

「……情報量が多いな」

長門が遠目に腕を組む。

 

白瀬提督も同じ位置から演習区画を見下ろしていた。

いつもなら “騒がしい” で済ませる光景だが、今日ばかりは違う。工廠の人員だけでなく、空母、重巡、戦艦、駆逐、そして潜水艦娘まで、見学者が増殖している。

 

「明石、集まりすぎじゃないか?」

提督が小声で言うと、明石は拡声器を下げて小さく笑った。

 

「提督さん、噂って怖いですよね~。

“あの黒い人、撃てるらしい”って広がったら、そりゃ皆さん来ますよ~?」

 

「誰が言い出したんだ……」

「明石さんだと思います……」

吹雪が疲れた声で言う。

 

「ひどい!?明石、ちゃんと“検証”って言いましたよ!?」

「だが噂は“撃てる”だけが独り歩きする」

長門が淡々と刺す。

 

その中心――演習区画の端に、ハヤトが立っていた。

黒いコート。無表情。短く息を吐くような静けさ。

 

背後には、炎のようにも見える赫子が翼の形で収まっている。

それが “羽赫” 。

艦娘たちにとっては、まだ名前を知っている者も少ない、正体不明の “何か” だった。

 

ただ――見慣れないのに、誰も目を逸らせない。

怖いのに、視線が吸い寄せられる。

 

隣で葵が、いつものように笑っていた。

工廠の片隅に折りたたみ椅子を並べ、明石たちの準備を見守る位置。

ハヤトの横にいるだけで空気が柔らかくなる――それがまた不思議だった。

 

「じゃ、開始前の注意事項!」

夕張が真面目な声で言う。

 

「実験中はラインを越えない!

見学はこのロープより後ろ!

勝手な乱入は禁止!

ハヤトさん、今日は“見せるだけ”。

無茶振りは――」

 

「する人いるだろ?」

摩耶が即答する。

 

「……いるね」

加賀が平然と言う。

 

赤城はにこやかに頷いた。

「間違いありません。絶対います」

 

瑞鶴が手を挙げる前に、翔鶴が肩を掴んだ。

「瑞鶴、まだよ」

 

「まだって何!?」

「まだ、の意味が分からない!」

 

葵が苦笑いで息を吐く。

「みんな元気だね……」

 

ハヤトは短く言う。

「……始めるのか」

 

「はい、始めます!」

明石が即答した。

 

⸻

 

固定位置・連続発射(10秒計測)

 

演習海域に浮かべられた的が、いくつも並ぶ。

距離は中距離、視認できるが小さい。

 

「まずは基礎!固定位置から!

連続発射できるかどうか、前回は“単発”っぽく見えましたけど、今日はちゃんと測ります!」

 

明石がホワイトボードに「10秒測定」と書く。

 

「夕張!カウント!」

「了解。ハヤトさん、合図したら10秒で最大発射、お願いします」

 

ハヤトは頷く。

「……了解」

 

夕張が息を吸う。

「いくよ。10、9、8――」

 

その瞬間だった。

羽赫が “解ける” 。

翼の形が崩れ、棘の集合体に変化する。

 

――そして。

 

ズドドドドドドドドドッ

 

音が遅れて来るほどの速度で、棘が連続で撃ち出された。

砲撃とも銃撃とも違う。

だが貫通力は、砲撃と同等かそれ以上に見えた。

 

「ちょ、待って!速い!」

「数が追えない!」

「え、あれ連射っていうか“降ってる”!」

 

吹雪の声が上ずる。

 

赤城が思わず身を乗り出した。

「……綺麗に中心を貫いています。全部」

 

加賀は目を細める。

「撃っているのに、体が揺れていない。反動が無い……?」

 

長門は低く呟いた。

「……異質だ」

 

夕張が叫ぶ。

「7、6、5――明石、数えて!」

「無理無理無理!明石の脳が焼ける!」

 

「3、2、1……ゼロ!」

「終了!終了です!」

 

ハヤトは即座に止めた。

羽赫がすっと翼へ戻る。

 

「……結果!」

夕張が端末を見て固まる。

 

「……発射数、68」

「命中、68」

「有効弾、全弾」

 

「は?」

「10秒で?」

 

摩耶が思わず聞き返す。

 

「補足」

ハヤトが短く言った。

「本気ではない」

 

「それを今言う!?」

瑞鶴が叫ぶ。

 

葵が小さく笑った。

「ハヤト、そういう言い方すると余計怖いって……」

 

「……事実だ」

「うん、うん、事実なんだけどね……!」

 

明石はすでに目が輝いていた。

「夕張、次!次行こう!移動射撃!移動射撃!」

 

夕張が額を押さえる。

「明石、落ち着いて……落ち着いて……」

 

「無理!科学者は興奮する生き物なの!」

 

⸻

 

移動射撃(10秒計測・再)

 

的が追加で並べられる。

今度は左右に揺れる簡易ターゲットも混ぜられた。

 

「はい!移動しながら同じこと出来ますか!?」

明石が身を乗り出す。

 

ハヤト。

「……可能」

 

「可能って言った……」

吹雪が呟いた。

 

「夕張、また10秒!」

「……いくよ。10、9――」

 

ハヤトが歩く。

いや、歩いているのに “滑る” ように静かだった。足音が薄い。

そして羽赫が解ける。

 

ズドドドドドドッ

 

「動きながら当ててる!?」

「狙いがブレないの!?」

 

「待って、的が揺れてるのに!」

「揺れてるのに、貫いてる!」

 

「3、2、1、ゼロ!」

 

ハヤトは止めた。

沈黙が一瞬落ちる。

 

夕張が小さく息を吐き、端末を見る。

「発射数……62」

「命中……62」

 

明石が両手を上げた。

「はい天才!はい規格外!」

 

白瀬提督は口元を隠しながら、低く言った。

「戦術的価値が……大きすぎる」

 

長門が頷く。

「……迎撃、制圧、遮断」

「いずれも可能だ」

 

そこに、待ってましたと言わんばかりに瑞鶴が前に出た。

 

⸻

 

「次!対空戦闘!!」

瑞鶴が拳を突き上げる。

 

「やっぱり言った……」

翔鶴が額に手を当てる。

 

瑞鶴は構わず続ける。

「だってさ!

これ、爆弾落ちてくるの撃てるでしょ!?

低空で突っ込んでくる艦載機も撃てるでしょ!?」

 

ハヤトは即答した。

「高高度は無理だ」

 

「えー!?」

瑞鶴が不満そうに声を上げる。

 

「だが」

ハヤトは続ける。

「射程に入れば、可能」

 

「よし!!」

瑞鶴が勝ち誇るように笑った。

 

翔鶴がため息。

「……分かったわ」

「私も同行する」

 

「翔鶴姉も!?」

「放っておけないだけよ」

 

「航空隊、出すよ!演習用の低高度侵入、模擬爆撃、投下!」

瑞鶴が指示を飛ばす。

 

「了解、瑞鶴さん!」

「翔鶴さんも出ます!」

 

空へ艦載機が舞い上がる。

見学の艦娘たちが一斉にざわついた。

 

「ま、待って、これ実証実験だよね!?」

吹雪が慌てる。

 

「今さらです」

加賀が平然と言った。

 

赤城は嬉しそうに手を叩く。

「楽しみですね」

 

「赤城さん、楽しむ場面じゃないよ!?」

 

葵は苦笑いでハヤトを見る。

「……ハヤト、やりすぎないでね?」

 

「……了解」

 

その返事が短すぎて、逆に怖い。

 

⸻

 

「いくよー!模擬爆弾、投下!」

瑞鶴の声。

 

空から黒い点が落ちる。

風を切って速度が増す。

 

「ハヤトさん!爆弾、落下!」

明石が叫ぶ。

 

ハヤトは、歩いたまま空を見る。

「……来る」

 

羽赫が解ける。

 

ズガァン!

 

落下爆弾の手前で、棘が正確に炸裂し、爆弾は海面に落ちる前に粉砕された。

 

「当てた!?」

「しかも歩きながら!?」

 

「第二弾!」

瑞鶴が叫ぶ。

 

二つ、三つ、連続。

 

ズガァン!ズガァン!

 

一発ずつ、落下軌道の “点” を射抜く。

周囲がどよめく。

 

「……これ、対空じゃなくて落下物迎撃よね」

翔鶴が冷静に言う。

 

加賀が頷く。

「航空機そのものではなく、“危険”を処理している」

「役割が明確」

 

赤城が笑った。

「……美しいですね」

 

「美しいって言い方怖いよ!?」

 

その時、低高度で接近する艦載機が進路を変えて突っ込んでくる。

 

「接近!高度下げた!」

「ハヤトさん、射程入る!」

 

ハヤトは短く言った。

「……落とす」

 

ズドッ!

 

棘が “一本” 、まるで狙撃のように放たれ、機体のすぐ前方を貫いた。

直撃ではない。だが、あまりにも近い。

 

機体は即座に回避行動に移る。

 

「うわっ!?」

「今の、撃った!?」

「避けた!?」

「避けたっていうか、避けさせた!?」

 

「そう」

葵が小さく言う。

「ハヤトは、そういうのもする」

 

瑞鶴が笑いながら叫ぶ。

「いいねぇ!!」

 

⸻

 

「待て待て待て!!」

 

ドン、と足音を立てて摩耶が前に出た。

 

「対空はこっちの領域だろ!!

なんで“撃てる人”みたいな顔してんだ!!」

 

「摩耶さん、落ち着いて!」

鳥海が止めに入るが、摩耶は止まらない。

 

「落ち着いてられるか!

……おい瑞鶴!競争だ!」

 

「乗った!!」

瑞鶴が即答。

 

翔鶴が頭を抱える。

「……やっぱりこうなるのね」

 

摩耶は高角砲を構える。

「いいか!これが艦娘の対空だ!!」

 

ズドォン!

 

「よし、じゃあ私も!」

瑞鶴が追撃。

 

空は一気に “演習の体” を失いかける。

 

「ちょっと、演習海域パンクする!」

明石が叫ぶ。

 

「でもデータ取れる!」

夕張が目を輝かせて言う。

「取れる!!」

 

「夕張までそっち側に行った!?」

 

その時、さらに声が飛んだ。

 

「面白そうだね」

蒼龍が笑い、

 

「じゃあ私達も混ぜてもらうよ」

飛龍が続けた。

 

「え!?蒼龍さん!?飛龍さん!?」

吹雪が悲鳴に近い声を出す。

 

蒼龍は軽い。

「だって、航空隊の運用も含めて見たいじゃない」

飛龍も軽い。

「乱戦の中での迎撃、連携の癖、見えるでしょ?」

 

「理屈が正しいのが余計タチ悪い……」

翔鶴が遠い目をする。

 

空は、完全に混戦になった。

 

⸻

 

6)ハヤト、短文化で“線引き”をする

 

その混戦を、ハヤトは見上げたまま短く言った。

 

「……これは、迎撃ではない」

 

誰もが一瞬、言葉の意味を考える。

 

「制圧だ」

ハヤトは続ける。

 

羽赫が大きく展開される。

ただし狙うのは航空機ではない。

 

落下してくる模擬爆弾。

射程に入った瞬間だけ。

必要な時だけ。

 

ズガァン!ズガァン!

 

落ちる危険だけが消える。

 

瑞鶴は空で笑う。

「……なるほど!」

「“私達は空の主役”、ってことね!」

 

摩耶が舌打ちしながらも納得する。

「チッ……対空はこっちだ。

でも、落下物処理は確かに助かる」

 

蒼龍が言う。

「空は私達が取る」

飛龍も言う。

「彼は、落ちる“危険”を潰す」

 

白瀬提督は、低く息を吐いた。

「……役割分担が成立する」

 

長門も頷く。

「艦娘を補完する戦力」

「だが艦娘の領域を奪わない」

 

その “線引き” が、どこか既視感を呼ぶ。

 

恐怖と選択。

拒絶と共存。

そして、超えてはいけない線。

 

葵が、静かに言った。

「うん。そういうところ、ハヤトらしい」

 

ハヤトは短く。

「……当然だ」

 

⸻

 

演習が一区切りしたタイミングで、海面がぽこぽこと泡立つ。

 

「ぷはっ!」

「やっと出番でち!」

 

伊58が海面から顔を出した。

 

続いて伊8、伊19、伊168もひょこっと現れる。

 

「ねえねえ!今のすごかったの!」

「じゃあ次、海の下はどうなの?」

 

伊19が目を輝かせる。

 

「海中行動!ハヤトさんも出来るの!?」

伊8が聞く。

 

明石が即座に止める。

「待った待った待った!海中は危険!」

 

だがハヤトが短く言った。

「無理だ」

 

「えー!」

伊58が頬を膨らませる。

 

「そこは俺の領域ではない」

ハヤトは淡々と続ける。

「お前達の領域だ」

 

伊168がきょとんとする。

「領域……?」

 

ハヤトは少しだけ視線を落とし、海面を見る。

そして――ほんのわずか、表情が変わった。

物珍しいものを見る顔。

 

「……海中で動くとは、どんな感覚だ」

「行動制限はあるのか」

 

「え!?聞いてくれるの!?」

伊58がぱっと明るくなる。

 

「あるでち!酸素!」

伊19が元気よく言う。

 

「潜ったままだと、ずっとは無理!」

伊8が指で数える。

 

「でも、静かに近づけるのが強みなの」

伊168が得意げだ。

 

ハヤトは短く頷く。

「……なるほど」

 

「それにね、海の下は暗いから、ちょっと怖い時もあるの」

伊8が小さく言うと、

 

ハヤトは即答する。

「怖いなら、無理をするな」

 

伊8が目を丸くする。

「……うん」

 

伊58が笑う。

「でも楽しいでち!」

「魚もいるし!変なのもいるし!」

 

「変なの……?」

ハヤトが首を傾げると、

 

葵が笑って補足する。

「深海棲艦の残骸とか、流れてくることあるからね」

 

ハヤトは短く言った。

「……艦娘というのは、凄いな」

 

その “素直な感想” に、潜水艦娘たちがぱっと明るくなる。

 

「えへへ!」

「褒められた!」

「もっと見せたい!」

 

「見せなくていい!」

明石が即座に止めた。

「工廠の安全規則が壊れる!」

 

夕張がメモを取りながら呟く。

「でも……海中行動に興味を示すのは大事な情報だね」

「戦術的に“出来ないこと”を本人が明確に言えるのは、信頼につながる」

 

白瀬提督が頷いた。

「万能ではない」

「だからこそ扱える」

 

長門も短く。

「……線が引ける」

 

⸻

 

演習は終了。

空母組は帰投準備を始め、摩耶はまだ不満そうに腕を組み、蒼龍と飛龍は「面白かったね」と笑い合っている。

 

瑞鶴が叫ぶ。

「次はもっと動きながらやろうよ!」

翔鶴が即座に叩く。

「やりません」

 

摩耶がぼそっと言う。

「……対空は譲らねえからな」

瑞鶴が笑う。

「いいじゃん、役割分担で!」

 

明石がホワイトボードを叩いた。

「皆さん!今日分かったことをまとめます!」

 

「羽赫は連射可能!」

「移動中でも精度が落ちない!」

「落下物迎撃に優れる!」

「低高度侵入への牽制も可能!」

「ただし高高度は無理!海中も無理!」

 

「制限がある、ってちゃんと分かったのが一番大きいです!」

夕張が珍しく熱を込めて言う。

 

吹雪は遠目にハヤトを見る。

静かに翼を収め、いつも通りの無表情。

だけど、さっき潜水艦娘に向けた “少しだけ柔らかい声” が耳に残っていた。

 

葵がハヤトの袖を軽く引く。

「お疲れさま」

 

「……問題ない」

 

「ふふ。じゃあ、帰ろうか」

 

その二人の背中を見ながら、吹雪は小さく息を吐いた。

 

怖い。

怖いは、消えない。

 

でも――

 

“怖い”の先に、選ぶ道がある。

今日の演習は、それを皆が少しだけ理解した日だった。

 

誰かが小さく言う。

 

「……声、かけてみようかな」

「挨拶ぐらいなら……」

 

「好きにします、って言ったら怒られるかな」

「誰が言うのそれ……」

 

笑い声が混ざる。

騒がしさが戻る。

 

白瀬提督は長門の横で低く言った。

「……いよいよ、鎮守府が変わるな」

 

長門は短く答えた。

「元から変わっていた」

「我々が、追いつくだけだ」

 

その言葉の先で、ハヤトは振り返らない。

振り返らず、葵と並んで歩いていく。

 

翼を持つ怪物が、

誰よりも “線” を守っている――。

 

そんな矛盾が、確かにそこにあった。

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