葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
「……深海棲艦を一撃で…しかも50隻もか。確かに価値はある。」
「はい。彼の力は深海棲艦に対する“特級戦力“としての可能性があります。一撃で50隻もの深海棲艦を沈める…いや、焼き払う力は絶対に敵に回すべきではありません。」
執務室でモニター越しにそう話すのはこの鎮守府の長である白瀬提督。
モニターの向こう側に映るのは日本海軍のトップ、本郷司令長官。
まだ公には出来ないので極秘回線での報告をしていた。
「しかし人間を喰らう怪物か…問題は食糧をどうするかだ。一応、手立てがないこともないが…」
「……懲罰島、でしょうか?」
「あそこに収監されている奴等は二度とこの世に出さないと決まった者しかいない。」
「だからその者達を“食糧”として提供する…非人道的ではありますが、あの者達はそれと同等、いやそれ以上に艦娘達を…!」
「…落ち着きたまえ、君の気持ちもよく分かっている。私も同じ気持ちだ。一度、その“彼”とやらに聞いてみてはどうかな?それで納得してくれるといいんだが…」
「…そうですね。一度彼に聞いてみます。また後日ご報告致します。」
「うむ、宜しく頼む。白瀬、くれぐれも慎重にな。健闘を祈る。」
「はい、ありがとうございます!失礼致します!」
通信を終えて一度大きく深呼吸をする。
協力を得ることは出来た。だが完全に信頼してもらった訳ではない。
あくまで「信頼に足る」と言われているだけ。ここは少しでも信頼を積み上げていきたい。
その為に食糧提供も…方法は非人道的だが、それを簡単に認める訳にはいかない。まずは本人達に確認して、意思を聞く。
自分に言い聞かせて執務室を出て食堂へ戻る。
食堂へ戻ると艦娘達が葵を取り囲んで何やら盛り上がっていた。
蚊帳の外状態のハヤトだったが、その様子を見ている表情は柔らかく、どこか微笑んでるように見えた。「ああいう表情をする…彼はただの怪物ではない」と感じた白瀬提督。
そしてハヤトの対面に再び座ると同じように彼女達の方へ向き直って声をかける。
「私がいない間に、随分と距離が縮みましたね。」
「……葵は、周りを惹きつけるものを持っている。」
そう言ってコーヒーを一口啜る。そして視線を白瀬提督に向けると
「それで…何か言いたいことでもあるのか?」
「…驚きました。何故分かったんですか?」
「…目の動き、心拍数、声の抑揚、先程とは違う。」
そう言って再び視線を葵の方へ戻す。彼女を見る時だけは本当に優しい表情をする。
提督も艦娘達の方へ視線を戻して先程の話をハヤトへ伝える。
「……食糧の提供、だと?」
そう聞き返した瞬間、食堂の空気がピタリと止まる。
ギョッとした表情で艦娘達が一斉にハヤトと提督の方へ振り向く。
そんな中、立ち上がって声を出したのは葵だった。
「白瀬さん、ハヤトへの食事は大丈夫です。私がいつも作ってたので。」
「え、葵ちゃん?いつもってその、に、ににに、人間の…!」
「え?あ、違うよ⁉︎普通にみんなも食べるものだよ⁉︎」
「「「食べないよ⁉︎え、食べるもの⁉︎」」」
「う、うん。ご飯とかお魚とか…本当は食べれないけど、私が作った料理は食べれるの。そうだよね、ハヤト?」
「…葵の料理は食べれる。人間の肉が無くても問題無い。散々喰ってきたからな。」
”散々喰ってきた”
この発言で食堂の空気が一瞬だけ重くなった。
予想外の返答と何かとんでもないことも聞いたが、とりあえず食糧については大丈夫そうだなと安堵?する提督。
…にしても、「散々喰ってきた」はなかなか衝撃が強い。
「…では、食糧は我々と同じものを。そして用意するのは葵さん、ということでいいですか?」
「…構わん。」
「大丈夫です。ありがとうございます。ここまでしてくれるなんて嬉しいです…本当に皆さん優しくて、温かくて、本当にありがとうございます。」
「…感謝する。」
提督と艦娘達へ葵がお礼を言って頭を下げるとハヤトもほんの少しだけ目を伏せて頭を下げた。
それに対して提督も「当然のことをしたまでです」と返す。
その言葉にハヤトは少し驚いて提督へ視線、ではなく顔を向けた。
そして、改めて少しだけ頭を下げる。
翌日、場所は工廠。
艦娘達の艤装や弾薬が大量に保管されているところだ。
白瀬提督はハヤトへ早速戦闘能力のテストがしたいと伝えて海へ出ることに。
浮き輪で浮かべる的を用意して破壊をお願いするが、まさかの事態に陥ることになる。
ドボンッ!!…ブクブク……
「ハ、ハヤトォォォォォ⁉︎⁉︎」
ハヤトが海へ足を一歩踏み出した瞬間、そのまま海に沈んでしまった。
顔だけ浮かばせるハヤト。その表情は納得してない顔だった。
これには長門と吹雪も驚いて慌ててハヤトの元へ向かい岸へ上げる。
「昨日鎮守府まで来る時は海歩けてましたよね⁉︎」
「一体どういうことだこれは…!」
長門はその時の事を思い出す。
あの時、鎮守府へ帰還する自分達の真後ろをついてきた。
自分達が通った航跡を辿るように歩いて。
今は違う。それがない。思い当たることがそれ以外ないから
沈んだ理由はそれなのだろうか?
そう考えているとハヤトは海へ視線を向けていた。
「………知らん。」
「とりあえず体拭かなきゃ!」
大きなバスタオルを借りて頭、体をわしゃわしゃと拭いていく葵。
慣れた手つきでテキパキと拭いて、「両手を上に上げて。バンザーイって!」とハヤトに言い、ハヤトは「……ん。」と言ってその通りにする。
服も水で濡れて本来なら脱がしにくいが、葵は本当に慣れた手つきで脱がしていく。
「……なんか、動きがお母さんみたいですね。」
「俺も思った。」
吹雪と提督は2人のやり取りを見てそう思った。
ハヤトは相変わらず無表情だが、葵が拭いている間はずっと大人しく、目はずっと葵を見ていた。葵もそれに気づいてるのか、優しく微笑みながら大丈夫だよと声をかける。
「提督、よくよく考えたら艤装が無いと海に出るのは無理じゃないか?」
「……長門、それ俺も思った。彼は艦娘じゃないから艤装、ないよな…頭から抜けていた…」
「ど、どうするんですか?」
提督は少し考え、今はこれしかないかと呟いてハヤトの近くへ立つ。
「ハヤトさん、海に出るのは一旦やめて、この鎮守府の警備をまずはお願いしてもいいですか?艦娘達が交代で常時警備に当たっているので、彼女達と一緒にお願いしたい。」
「ハヤト、海は無理だからここの警備にしよ?」
「……分かった。陸なら問題無い。」
そう言いながらも海へ視線を向けるハヤト。
葵も海へ視線を向けて、再びハヤトに視線を戻す。
「ハヤト」
「…どうした?」
「もう一回やろうとしちゃダメだからね?」
「…………」
「こっち見て。いい?だめだよ?」
「………了解した。」
葵は少し呆れて溜息を吐くも、すぐに笑ってハヤトの頭を撫でる。
ハヤトは相変わらず無表情だが、何も言わず、でもほんの少しだけ頬が緩んだように見えた。
「提督、ハヤトさんと葵さん…どういう関係なんでしょうか?」
「ただ守っている関係とは思えないが…今はまだ聞かないでおこう。先に信頼関係を築くのが大事だ。長門、ハヤトさんを今日の午後から警備担当として彼女達に説明を頼む。あと最初に組む人選も任せる。」
「了解した。ハヤト殿、着替えが終わったら食堂へ来てほしい。我々の仲間を紹介した後、警備体制と巡回ルートを説明する。班分けはその後に決めよう。」
「……了解した」
そう言ってハヤトは立ち上がる。
追加で用意された大きなバスタオルを葵にぐるぐる巻きされた状態のまま長門の後ろをついていく。その隣に葵も手を繋いで一緒に歩いていた。
「提督、警備のことですけど…」
「分かっている。皆、葵さんに対して大きな抵抗は無い。ただハヤトさんへの抵抗、恐怖は余りにも大きい。」
「正直、私も怖いです…だって、人を食べるんですよ?私達だけじゃなくて提督の身も危険です…いくら本人が問題無いと言ってもそれは…」
「…そうだな、吹雪が言うようにそこの問題もある。問題だらけだ。だが、一度保護すると決めたんだ。だったら、時間はかかっても皆が安心出来る関係を作る。それが俺の責任だ。」
提督は帽子を被り直し、少し深呼吸してから3人の後を追うように歩き出した。吹雪はまだ不安な表情のまま、恐怖が拭えないまま、提督の後ろをついていくのだった。
その頃、食堂では長門が所属する艦娘達にハヤトを改めて紹介していた。
「本日午後より、ハヤト殿には鎮守府警備担当として参加してもらう。艤装が無い為、我々のように海上行動がとれない。それ故の判断だ。」
ざわざわとしだす食堂。
得体の知れない怪物”喰種”
人を喰らう怪物
そんな存在がこの鎮守府で保護される。共に暮らすということだ。
そんな危険な存在をここに置いてていいのか?
葵は人間だから分かるが、何故怪物をここに置くのか?
そもそも何故人間の葵が怪物側に立つのか?
ここにいる誰もが様々なことを思い、小声で口にしていた。
その光景を見て葵は少し俯いてしまう。
「…やっぱり、怖いよね。ここでも、理解されないのかな…」
「………」
ハヤトは何も言わない。恐れられることは慣れている。
自分が何を言われようが、何を思われようがどうでもいい。
だが、葵が悪く言われることだけは絶対に違う。
だから…
「……恐れる対象は俺”だけ”でいい。葵は関係無い。」
「……!ハヤト…!」
艦娘達は黙る。圧を感じた訳ではない。
ただその発言とハヤトの立ち位置が葵の前に変わったから。
守るように。傷つかせないように。
「葵は守るべき対象。恐怖の対象ではない。」
「やめてハヤト!また1人で抱えないで…!一緒に背負うって約束したよ?約束、したじゃん…!」
葵はハヤトの腕を掴んで顔を見上げる。
ハヤトは視線を向けて、再び前に並ぶ艦娘達に視線を戻す。
「俺は葵の安全が守られるならそれでいい…」
「それ以上でも、それ以下でもない。」
ハヤトは目を少し細めて告げる。
「俺は恐怖の対象であることを否定しない」
「お前達が恐れることを否定しない」
「理解しないことを否定しない」
「それでいい…ただ…」
低く、全員に聞こえるように。
「葵を恐怖の対象にすることは否定する」
「…それだけは、やめてくれ」
脅迫でもない、押し付けでもない、ただ”事実”を伝える。
今も昔も、これからも変わらない。変える気もない。
ハヤトは無表情のまま、葵を庇うように立ち続ける。
艦娘達は何も言えなかった。
恐怖の対象であることは間違いない。否定しない。
今の発言は脅迫にも聞こえる。
だがそれは本人にとって何の利益も無い。
恐怖と拒絶を自分に集めるだけだ。だが本人はそれをした。
ただ1人の”安全”を守る為に。
ー果たして怪物と言えるのだろうか?ー
怪物であれば、力で従わせるか脅せばいい。
怪物であれば、この場にいる全員を殺せばいい。
そうすれば、簡単に、より早く、安全確保が出来る。
だがそれをしない。出来るのに、しない。
ただの怪物ではない。選んでいる。理性がある。
その行動はやはり、ただ1人を守る為にしているのではないか?
そう考える者もいた。
長門は一度ハヤトと葵を部屋へ戻るように伝える。
警備は本日からではなく、明日の朝からに変更することも。
白瀬提督と吹雪は廊下で2人とすれ違う。
ハヤトは無表情のまま歩き、葵は少し俯いたままハヤトの袖を掴んで歩く。その表情はどこか哀しく、泣きそうだった。
提督は声をかけようとした。
だがハヤトが少しだけ振り返り、視線を向ける。
”声をかけるな”
そう、言われた気がした。
再び視線を前に戻して部屋へ向かうハヤト達を、提督は見送るしかなかった。誰が悪い訳でもない。ただ”事実”という判断材料しかなかっただけだ。だから、誰も悪くない。事実を基に考え、選んだ結果だ。
食堂に着いた提督と吹雪は艦娘達の様子を見て
そこで初めて理解した。葵の表情、ハヤトの視線の意味を。
長門は腕を組んだまま少し息を吐いて説明する。
提督は黙って話を聞き、近くの席に座って額に手を当てる。
吹雪は廊下の先、歩いていく2人の背中を見ていた。
今すぐ追いかけたい。
でも、足が動かない。
自分でも気持ちや考えが整理出来てないから。
それでも、目を逸らすことは違う気がした。
遠くで葵が振り返る。
先程と表情は変わらない。
でも少しだけ微笑んで何かを言っている。
「大丈夫だよ」
吹雪は、そう言われた気がした。
胸が締め付けられる、でも…何も言えなかった。
葵は微笑んだまま、再び前を向いて歩いていく。
廊下の角を曲がって、視界から消えた。