※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第20話 線の向こう側

 

執務室の空気は、重かった。

 

白瀬提督、長門、そして数名の艦娘達。

誰もが椅子に座っているのに、誰一人として“楽な姿勢”ではいられなかった。

沈黙が長く続くほど、部屋の中の温度が下がっていくようだった。

 

その沈黙を破ったのは、白瀬提督だった。

 

「……本当に、起きてはならないことだというのは理解している」

 

声は低く、慎重だった。

言葉を選び抜いた軍人の声だ。

 

「だが、我々は軍人だ。

そして……これからも、君達と同じ場所で生きていく」

 

一拍、間を置く。

 

「だからこそ、知っておきたい。

“線を越えた場合”に、何が起きるのかを」

 

その言葉に、空気がさらに張り詰めた。

 

長門は黙ったまま、机の上で指を組む。

艦娘達も誰一人、口を挟まない。

 

視線は自然と、ハヤトへ集まっていた。

 

ハヤトは無言だった。

 

だが、その瞬間――

彼の目が、変わった。

 

怒りでもない。

殺気でもない。

 

ただ、底が見えない。

 

無機質ですらない、

感情という概念そのものが削ぎ落とされたような目。

 

そこに「人」を感じ取れる者はいなかった。

 

白瀬提督は、思わず息を呑む。

長門の背筋が、はっきりと強張る。

 

――これは、見るべきものではない。

 

そう直感した瞬間、

静かに声を出したのは、葵だった。

 

「……皆さん」

 

その声は、柔らかい。

だが、はっきりしていた。

 

「本当に……知りたいですか?」

 

誰も答えなかった。

だが、誰も目を逸らさなかった。

 

葵は小さく息を吸い、

ゆっくりと、言葉を選ぶように話し始める。

 

「皆さんは……

世界が、黒く、赤く焼き尽くされる光景を……見たいですか?」

 

艦娘達の喉が、一斉に鳴る。

 

「長門さん」

 

名を呼ばれ、長門は静かに顔を上げた。

 

「初めてお会いした時……

ハヤトが焼き尽くしたものを、見ましたよね」

 

長門は否定しなかった。

あの時の光景は、今でも夢に出る。

 

「でも……」

 

葵は続ける。

 

「線を越えた先では、

あれは“子供騙し”です」

 

その言葉に、空気が凍りついた。

 

「だって……」

 

葵は、真っ直ぐに提督達を見る。

 

「世界を、焼き尽くすんですから」

 

誰かが、息を詰まらせた音がした。

 

「それは、見せる・見せない、という話じゃありません」

 

葵の声は震えていない。

だが、感情が無いわけでもない。

 

「起きてしまったら、止めることは出来ません」

 

「それは……ハヤトだけの話じゃない」

 

一瞬、視線が伏せられる。

 

「炎慈も、深赫も……冥焔連の皆も」

 

初めて、その名が静かに口にされた。

 

「私が……何度も見てきた光景です」

 

艦娘達は、息をすることすら忘れていた。

 

「だから、お願いします」

 

葵は深く、頭を下げた。

 

「もし……万が一、その兆しが見えたら」

 

顔を上げ、真剣な眼差しで告げる。

 

「必ず、その場から逃げてください」

 

「振り返らないでください」

 

「生きて帰ることだけを、考えてください」

 

そして、はっきりと言った。

 

「守れなければ……死にます」

 

言い切りだった。

 

脅しではない。

警告でもない。

 

事実の提示だった。

 

白瀬提督は、拳を握り締めた。

 

「……それでも」

 

震えを押し殺しながら、口を開く。

 

「それでも、我々は……

共に在ることを、選べるのか?」

 

その問いに、ハヤトが僅かに動いた。

 

だが、言葉はない。

 

ただ一言も発さず、

その目で、全てを語っていた。

 

――選ぶのは、お前達だ。

 

葵は、静かに頷く。

 

「はい」

 

「だから、線は引きます」

 

「越えなければ、何も起きません」

 

「越えたら……終わりです」

 

沈黙が落ちた。

 

誰もが理解してしまった。

これは“戦える脅威”ではない。

 

戦争そのものを無意味にする災厄だと。

 

白瀬提督は、深く息を吐き、頭を下げた。

 

「……話してくれて、ありがとう」

 

長門も、ゆっくりと頭を下げる。

 

艦娘達も、同じように。

 

誰一人として、軽い気持ちではいられなかった。

 

この日、彼女達は知ってしまった。

 

恐怖の正体を。

線を越えるということの意味を。

 

そして――

それでもなお、共に在るかどうかを。

 

選ぶのは、これからだった。

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