※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第21話 それでも、共に在る

 

会議が終わったあとも、誰一人すぐには立ち上がれなかった。

 

白瀬提督は、椅子に深く腰掛けたまま、天井を見上げていた。

胸の奥に、重たいものが沈んでいる。

 

(……知ってしまったな)

 

知らなければよかった、とは思わない。

だが、知った以上――戻れない。

 

長門は腕を組み、目を閉じたまま動かない。

彼女の脳裏には、かつて見た“黒炎”の残像が焼き付いていた。

 

(あれが……子供騙し、か)

 

冗談ではない。

だが、否定も出来ない。

 

部屋の隅では、吹雪が膝の上で拳を握りしめていた。

爪が食い込むほど、強く。

 

(怖い……)

 

それが正直な気持ちだった。

 

ハヤトが動いた時のことを思い出す。

目が変わった、あの瞬間。

 

(あれは……怒りでも、威圧でもなかった)

 

“選択肢の外側”を見ている目だった。

 

吹雪は、ふと自分に問いかける。

 

(……それでも、私は)

 

答えは、まだ出ない。

 

「……沈黙が長いな」

 

ぽつりと、白瀬提督が言った。

 

誰かを責める声ではない。

ただ、現実を確認する声だった。

 

長門が目を開ける。

 

「……当然だ。

 あれを聞いて、すぐに答えが出る者はいない」

 

「そうだな」

 

提督は、ゆっくりと体を起こす。

 

「だが……我々は、決断を先延ばしには出来ない立場でもある」

 

その言葉に、艦娘達の視線が集まる。

 

「君達も分かっているはずだ。

 鎮守府という場所は、“感情”だけで動ける場所ではない」

 

誰も否定しない。

 

「……だが」

 

提督は一拍置き、続ける。

 

「感情を無視して、判断する場所でもない」

 

その言葉に、吹雪は小さく顔を上げた。

 

「白瀬提督……」

 

声をかけたのは、潮だった。

 

「……正直に言っても、いいですか?」

 

「構わない」

 

潮は一度、深く息を吸う。

 

「私は……怖いです」

 

即答だった。

 

「ハヤトさんも、冥焔連も……

 線を越えたら何が起きるか、知ってしまったから」

 

誰かが小さく頷いた。

 

「でも……」

 

潮は、ぎゅっとスカートを握る。

 

「それでも、葵さんがあんな顔で話してくれたことを……

 なかったことには、出来ません」

 

その言葉に、部屋の空気が少し変わる。

 

「怖いから離れる、だけじゃ……

 私は、嫌です」

 

潮は最後、震えながらもそう言った。

 

「……私も」

 

次に口を開いたのは、吹雪だった。

 

「まだ……怖いです。正直」

 

一瞬、視線が揺れる。

 

「でも……

 ハヤトさんが“動かなかった理由”を、今なら分かる気がします」

 

長門が、静かに吹雪を見る。

 

「……どういう意味だ?」

 

吹雪は、少し考えてから答えた。

 

「力があるから、使わないんだと思います」

 

「使ったら終わるって、分かってるから」

 

その言葉に、長門の目がわずかに見開かれた。

 

「……ほう」

 

「だから……」

 

吹雪は拳を解く。

 

「だから、私は……

 怖いままでも、隣に立つことを、選びたいです」

 

沈黙。

 

だが、それは先程までの重苦しいものではなかった。

 

「……選ぶ、か」

 

長門が低く呟く。

 

「恐怖を知った上で、なお、か」

 

「はい」

 

吹雪は、はっきり頷いた。

 

長門は、しばらく黙ってから、ふっと息を吐いた。

 

「……愚直だな」

 

だが、その口調に、否定はなかった。

 

「だが……嫌いではない」

 

その一言で、吹雪の肩が少しだけ緩む。

 

白瀬提督は、全員を見渡す。

 

「全員が、同じ選択をする必要はない」

 

「距離を取る者がいてもいい。

 迷い続ける者がいてもいい」

 

「だが……」

 

提督は、真剣な眼差しで言った。

 

「“恐怖だけで断じる”ことは、したくない」

 

「それは、我々が守ろうとしてきたものと、同じだからだ」

 

艦娘達は、静かにそれを受け止める。

 

「……明日からも、警備は続く」

 

「ハヤトは、何も変えないだろう」

 

「だからこそ、我々がどう在るかが問われる」

 

その言葉で、会議は終わった。

 

⸻

 

廊下に出ると、夕暮れが鎮守府を包んでいた。

 

吹雪は、歩きながら、遠くを見る。

 

(……怖い)

 

それは消えない。

 

(でも……)

 

怖いまま、立つことは出来る。

 

その時、廊下の先に、ハヤトの姿があった。

警備位置に立ち、無表情で周囲を見ている。

 

吹雪は、一瞬だけ立ち止まり――

 

小さく、だがはっきりと声を出した。

 

「……お疲れ様です」

 

ハヤトは、すぐには返事をしなかった。

 

だが、視線だけをこちらに向け――

ほんの僅か、頭を下げた。

 

それだけ。

 

言葉はない。

だが、それで十分だった。

 

吹雪は、胸の奥で、何かが少しだけ軽くなるのを感じた。

 

(……これでいい)

 

完璧じゃなくていい。

怖くなくなる必要もない。

 

それでも――

共に在ることを、選ぶ

 

その選択が、静かに、鎮守府の中で増え始めていた。

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