※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第22話 まだ、選べない者達

朝の鎮守府は、いつもと変わらない音で満ちていた。

 

艦娘達の足音。

訓練の号令。

食堂から漂う匂い。

 

変わらない。

だが、心だけが、追いついていない。

 

吹雪は、廊下の角で足を止めた。

 

向こうから歩いてくるのは、曙と満潮、霞。

三人とも、どこか硬い表情をしている。

 

「……おはよう」

 

吹雪が声をかけると、曙は一瞬だけ視線を逸らした。

 

「……おはよ」

 

それだけ。

 

会話は続かない。

以前なら、軽口の一つも飛んだはずなのに。

 

満潮が、小さく息を吐く。

 

「……ねえ、吹雪」

 

「なに?」

 

「……昨日の話、聞いた?」

 

一瞬、胸が締め付けられる。

 

「……うん」

 

「……そう」

 

満潮はそれ以上、何も言わなかった。

 

霞が、腕を組んだまま口を開く。

 

「……正直に言うけどさ」

 

その声は、少しだけ刺があった。

 

「私は、まだ無理」

 

吹雪は、何も言わない。

 

「怖すぎるでしょ。

 世界を焼き尽くす、とか……冗談じゃない」

 

「もし間違ったら?

 もし気まぐれだったら?

 もし、葵さんが……」

 

霞は言葉を切る。

 

「……その時、私達はどうすればいいの?」

 

吹雪は、答えられなかった。

 

廊下の先で、ハヤトと葵が歩いてくるのが見える。

 

二人は、こちらに気づいて立ち止まった。

 

葵は、いつも通りの表情だった。

柔らかく、穏やかで。

 

「おはよう」

 

その声に、曙が少し強い口調で返す。

 

「……正直に言っていい?」

 

葵は、頷いた。

 

「うん」

 

曙は、ぎゅっと拳を握る。

 

「私、怖いよ」

 

言葉が、真っ直ぐ飛ぶ。

 

「あなた達が何を守ろうとしてるのか、

 分かるつもりではいるけど……」

 

「それでも、怖い」

 

「優しい顔で笑われるのも、

 何も言い返してこないのも……」

 

曙は、歯を食いしばる。

 

「……全部、余計に怖い!」

 

廊下の空気が、張り詰めた。

 

誰かが止めると思った。

だが、葵は止めなかった。

 

ただ、静かに聞いている。

 

「私達、艦娘だよ?」

 

曙の声が震える。

 

「戦う覚悟はある。

 死ぬ覚悟も、ある」

 

「でも……

 “選択を間違えたら世界が終わる”なんて覚悟は、

 最初から持ってない……!」

 

沈黙。

 

ハヤトは、何も言わない。

 

葵は、少しだけ視線を下げてから、曙を見る。

 

「……そうだよね」

 

その返事は、否定でも慰めでもなかった。

 

「怖いと思うのは、当たり前だよ」

 

霞が、眉をひそめる。

 

「……怒らないの?」

 

「ううん」

 

葵は、微笑んだまま首を振る。

 

「怒る理由がないから」

 

「だって……

 私も、最初は怖かった」

 

その一言に、曙が目を見開く。

 

「……え?」

 

葵は、ゆっくり続ける。

 

「ハヤトが、どんな存在なのかを知った時」

 

「線を越えたら、何が起きるのかを知った時」

 

「……正直、逃げたくなった」

 

その場にいる誰もが、息を止めた。

 

「でもね」

 

葵は、真っ直ぐ前を見る。

 

「怖いって思ったからこそ、

 私は“線”をちゃんと見ることが出来た」

 

「怖いから、

 越えさせないって決められた」

 

「怖いから、

 越えた後の世界を、引き受ける覚悟も出来た」

 

曙は、言葉を失っていた。

 

「……だから」

 

葵は、優しく言う。

 

「怖いままで、いいんだよ」

 

「選べなくても、いい」

 

「今、距離を取っても、責めない」

 

満潮が、ぽつりと呟く。

 

「……それ、強がりじゃないの?」

 

葵は、少しだけ目を細めた。

 

「強がりだったら、

 もっと分かりやすく振る舞ってると思う」

 

ハヤトが、その時、短く口を開いた。

 

「……否定しない」

 

全員の視線が向く。

 

「恐怖は、正しい反応だ」

 

それだけ。

 

余計な言葉はない。

 

霞が、静かに言う。

 

「……じゃあ、私達が選ばなかったら?」

 

ハヤトは、一瞬だけ考えるように視線を落とし、答えた。

 

「……それも、選択だ」

 

葵が頷く。

 

「無理に隣に立たなくていい」

 

「でも……

 逃げる時は、ちゃんと逃げて」

 

「生きて、帰って」

 

その言葉の重さに、誰も反論できなかった。

 

曙は、俯いたまま言った。

 

「……今は、無理」

 

「それでも、いい?」

 

葵は、はっきり頷いた。

 

「うん」

 

「今じゃなくてもいい」

 

「いつか、選びたくなった時でいい」

 

ハヤトは、何も言わず、その場を離れる。

 

葵も、一礼して後を追った。

 

残された艦娘達は、しばらく動けなかった。

 

吹雪は、胸の奥が痛むのを感じながら思う。

 

(……あれは、受け止めてる顔だ)

 

強がりじゃない。

逃げてない。

 

恐怖の一端を知った上で、

それがもたらす結果を、最初から引き受ける覚悟の顔。

 

それを、彼女達は――

まだ知らない。

 

だが、いずれ知ることになる。

 

葵が笑い続ける理由。

ハヤトが沈黙を選び続ける理由。

 

それが、優しさではなく、決意だということを。

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