※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第23話 知らないまま、選ぶということ

 

会議室の空気は、重かった。

 

地図も、戦況図も、報告書もすべて机の上に揃っている。

だが、誰もそれを見ていなかった。

 

視線は伏せられ、ある者は腕を組み、ある者は椅子の背に深く身を預けている。

ここに集められたのは、呉鎮守府の中でも中核にあたる提督と艦娘達だった。

 

白瀬提督は、帽子を机に置いたまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……今回の件については、既に全員が概要を把握していると思う」

 

誰も返事をしない。

 

それでいい、というように白瀬は続ける。

 

「鎮守府正門での騒動。

 外部の集団による侵入未遂。

 そして……あの“存在”の介入」

 

あの存在。

 

誰も名前を口にしなかった。

だが、全員が同じものを思い浮かべている。

 

白瀬は一度、息を整える。

 

「結果として、死者は出ていない。

 艦娘側にも負傷者はいない。

 鎮守府施設への被害も、最小限だ」

 

そこで言葉を切り、白瀬は視線を上げた。

 

「……だが、問題はそこじゃない」

 

長門が、ゆっくりと頷いた。

 

「問題は、“あれ”が、何だったのかだ」

 

会議室の空気が、さらに沈む。

 

「力か」

「意思か」

「理性か」

 

誰かが小さく呟いた。

 

扶桑が静かに口を開く。

 

「私は……怖かったです。

 正直に言えば、今でも」

 

山城も続く。

 

「でも、それは“襲われる恐怖”じゃなかった。

 何と言うか……理解できないものを、見てしまった恐怖です」

 

戦艦艦娘達の言葉は重い。

力を持つ者だからこそ、力の異質さが分かる。

 

陸奥が腕を組んだまま、少し乱暴に言った。

 

「力を誇示するなら、まだ分かるわ。

 威嚇するなら、理解できる。

 でも……あれは違った」

 

「怒っていなかった」

「興奮していなかった」

「脅してすら、いなかった」

 

飛龍が低く呟く。

 

「……“断定”だった」

 

蒼龍が息を呑む。

 

「最初から、結果が決まっているみたいな……」

 

空母艦娘達も、沈黙する。

 

彼女達は、戦場で多くの“怪物”を見てきた。

深海棲艦も、暴走した兵器も。

 

だが、あの存在は、どれにも似ていなかった。

 

「ここで、一つ確認したい」

 

白瀬が言う。

 

「我々は、あの存在を“制御できる戦力”として見ているのか?」

 

即答はない。

 

北上が、軽い口調で、しかし真剣に言った。

 

「……無理でしょ。あれ」

 

大井も頷く。

 

「制御じゃない。

 そもそも、制御の枠に入れていい存在じゃない」

 

重巡艦娘達も同意する。

 

摩耶は腕を組み、苛立ち混じりに吐き捨てた。

 

「じゃあ、切る?

 排除する?

 ……それも無理だろ」

 

霞が静かに言った。

 

「無理だから、怖いんです」

 

その言葉に、全員が黙った。

 

そして――

長門が、俯いたまま、ぽつりと呟いた。

 

「……私が、もう一つ恐れていることがある」

 

視線が集まる。

 

長門は、拳を握り締めた。

 

「“あれ”が、唯一ではない可能性だ」

 

空気が、凍る。

 

「ハヤトという存在が、特別なのか」

「例外なのか」

「それとも……同じものが、他にもいるのか」

 

長門の声は、僅かに震えていた。

 

「彼と同じ“喰種”が、他にもいる。

 それだけは、確かだ」

 

「だが……もし」

 

長門は、言葉を選ぶように間を置く。

 

「もし、葵が傷つけられた時――

 彼と“同じ力”を持ちながら、

 彼のように“止まる選択”をしない者がいたら……」

 

俯いたまま、長門は続ける。

 

「私は、それを想像してしまった」

 

沈黙。

 

誰も、否定できなかった。

 

長門は、顔を上げない。

 

「冥焔連……」

 

初めて、その名前が、会議の場に落ちた。

 

「この世界では、誰も知らない。

 だが、彼がそこに属していたという事実だけは、動かない」

 

白瀬提督が、低く呟く。

 

「……冥焔連とは、一体どういう組織だったのか」

 

誰も答えられない。

 

名前だけが、重く残る。

 

「彼一人でさえ、あれほどだ。

 もし、同じ存在が、同じ意思を持たずに集っていたら……」

 

長門は、言葉を切った。

 

「……震えが、止まらなかった」

 

しばらくして、白瀬が口を開いた。

 

「それでも」

 

全員が、顔を上げる。

 

「それでも、我々は選ばなければならない」

 

「拒絶か」

「共存か」

「距離を保った協力か」

 

白瀬は、はっきりと言った。

 

「誰かが正解を教えてくれることはない」

 

「ハヤトも、葵も、ここにはいない。

 だからこそ……これは、我々自身の選択だ」

 

艦娘達の表情は、まだ固い。

 

だが、誰一人として、席を立たなかった。

 

「恐怖がある」

「理解できない部分もある」

「それでも――」

 

白瀬は、静かに締めくくった。

 

「私は、“拒絶だけで守れるものはない”と判断した」

 

「それが正しいかどうかは、分からない。

 だが、逃げないという選択だけは、した」

 

誰も拍手しない。

誰も賛同を叫ばない。

 

ただ、それぞれが、胸の内で決断を下していく。

 

会議は、静かに解散となった。

 

廊下に出た艦娘達は、互いに言葉を交わさず、歩いていく。

 

誰もまだ、答えを持っていない。

 

だが――

恐怖から目を逸らさないという選択だけは、確かに、ここに残った。

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