※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第27話 それでも踏み止まり、そして呼ぶ

 

海は荒れていた。

 

否、

荒れているように見えただけで、実際には「押し潰されつつある」。

 

⸻

 

「くっ……!数、多すぎでしょ……!」

 

曙の声は荒い。

砲撃の反動が足元から伝わり、歯を食いしばる。

 

「曙、無理に前に出るな!」

 

満潮が叫ぶ。

彼女自身も余裕はない。

弾薬残量が頭をよぎる。

 

「分かってる!でも……このままじゃ――!」

 

深海棲艦の艦影が、確実に“厚み”を増している。

一隻一隻は沈めている。

それでも、減っている感覚がない。

 

⸻

 

「赤城さん、航空隊、戻りが遅れてます!」

 

通信に入る焦り。

 

「了解。第二陣、準備――!」

 

赤城は冷静を保っている。

だが、握った拳は、わずかに震えていた。

 

「加賀、敵の後衛が前に出てきているわ」

 

「……想定より早い。こちらの消耗を狙っている」

 

加賀の声は低い。

いつもより、ほんの少しだけ硬い。

 

⸻

 

「前線、持ちこたえていますが……」

 

大淀が言葉を選ぶ。

 

「……被弾が増えています。軽傷報告、複数」

 

作戦室の空気が、重く沈む。

 

白瀬提督は黙っていた。

長門もまた、黙して海図を睨んでいる。

 

「……まだ、呼ばない」

 

白瀬提督が、低く言った。

 

大淀は一瞬、息を詰める。

 

「了解です……!」

 

その声には、

理解と、割り切れなさが同時に滲んでいた。

 

長門が呟く。

 

「……この判断が、誰を守るかだな」

 

「……分かっている」

 

白瀬提督は答える。

だが、その拳は机の下で固く握られていた。

 

⸻

 

海上。

 

爆風が吹雪の視界を奪う。

 

「吹雪!」

 

「大丈夫……!」

 

声は返した。

だが、体が大きく揺れる。

 

「……これ、いつまで持つのよ……」

 

曙が呟いた。

その声は、無意識だった。

 

満潮は即座に否定する。

 

「持つ。持たせる。……私達で」

 

言い切った。

だが、自分に言い聞かせているのも分かっていた。

 

次の瞬間――

 

「っ……!」

 

後方からの砲撃。

 

回避が一瞬、遅れた。

 

「曙!!」

 

満潮が舵を切り、体を滑り込ませる。

 

直撃は避けた。

だが――

 

「装甲、損傷……!」

 

曙の声が、わずかに震える。

 

⸻

 

工廠。

 

簡易艤装を装着したハヤトは、静かに立っていた。

 

「……前線、揺れてる」

 

夕張が呟く。

 

明石は口を結ぶ。

 

「……まだ、呼ばれてないね」

 

ハヤトは海を見ていた。

 

「……限界が近い」

 

「え?」

 

「……波が違う。砲撃の間隔が短くなっている」

 

夕張が息を呑む。

 

「……じゃあ……」

 

「……呼ばれる」

 

断定だった。

 

感情はない。

予感でもない。

観測結果のような声。

 

⸻

 

「赤城さん!航空隊、被弾!」

 

「……了解。下がって!」

 

赤城の声が、わずかに揺れた。

 

加賀が即座に前に出る。

 

「こちらが引き受ける。瑞鶴、翔鶴!」

 

「了解!」

 

瑞鶴の声は強がっている。

翔鶴は、それを分かっている。

 

「無理はしないで」

 

「分かってるってば!」

 

だが――

 

深海棲艦の包囲が、じわりと閉じ始める。

 

「……退路、狭まってきてる」

 

摩耶が歯を鳴らす。

 

「チッ……このままじゃ――」

 

⸻

 

作戦室。

 

大淀の声が、震えた。

 

「前線、包囲されつつあります……!」

 

白瀬提督は、目を閉じた。

 

一拍。

 

二拍。

 

そして――

 

「……呼ぶ」

 

その一言で、空気が変わった。

 

長門が、ゆっくりと頷く。

 

「……命令だな」

 

「そうだ」

 

白瀬提督は言い切った。

 

「“切り札”じゃない。“仲間”として呼ぶ」

 

大淀が、通信を切り替える。

 

「工廠!ハヤトさん、出撃準備を!」

 

⸻

 

工廠。

 

通信が入る。

 

明石が叫ぶ。

 

「来た!ハヤトさん!」

 

ハヤトは、即座に動いた。

 

「……了解」

 

それだけ。

 

簡易艤装が軋む音。

 

工廠の床を蹴り、

海へ向かう。

 

⸻

 

曙が叫ぶ。

 

「満潮!このままじゃ――!」

 

次の瞬間。

 

灼熱の光が、包囲網の一部を薙ぎ払った。

 

「――なっ!?」

 

深海棲艦の列が、焼き切られる。

 

炎ではない。

爆発でもない。

 

“溶けた”。

 

「……何、今の……?」

 

満潮が呆然とする。

 

そして――

 

海面から、

黒い影が浮かび上がる。

 

背に広がる、炎のような赫子。

 

「……羽赫……?」

 

曙の声が、掠れる。

 

⸻

 

ハヤトは、何も叫ばない。

 

ただ、告げる。

 

「……退路を開ける。下がれ」

 

短い。

命令に近い。

 

蛇赫が展開され、

艦娘達の前面に防壁のように広がる。

 

砲撃が弾かれる。

 

「……守られてる……?」

 

満潮が息を呑む。

 

次の瞬間。

 

羽赫が、制圧射撃を開始する。

 

一発。

二発。

 

焼き払うのではない。

道を削る。

 

深海棲艦が、恐慌を起こす。

 

「……包囲、崩れてる……!」

 

赤城が状況を把握する。

 

「全艦!撤退行動に移行!」

 

⸻

 

その時。

 

ハヤトの赫子が、さらに広がろうとした。

 

――踏み込めば、殲滅できる。

 

だが。

 

「ハヤト!」

 

葵の声が、通信に乗る。

 

「……そこまででいい」

 

一拍。

 

ハヤトは、赫子を止めた。

 

「……了解」

 

即座だった。

 

炎のような羽赫が、静かに収束する。

 

⸻

 

艦娘達は、撤退を完了した。

 

誰も沈んでいない。

 

誰も、失っていない。

 

曙は、震える声で呟いた。

 

「……助けられた……」

 

満潮は、黙って拳を握る。

 

「……でも……」

 

その“でも”の先に、

言葉はなかった。

 

⸻

 

ハヤトは、再び海面を離れ、

静かに工廠へ戻っていった。

 

振り返らず。

誇らず。

何も求めず。

 

ただ、

役割を果たしただけのように。

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