葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
海は荒れていた。
否、
荒れているように見えただけで、実際には「押し潰されつつある」。
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「くっ……!数、多すぎでしょ……!」
曙の声は荒い。
砲撃の反動が足元から伝わり、歯を食いしばる。
「曙、無理に前に出るな!」
満潮が叫ぶ。
彼女自身も余裕はない。
弾薬残量が頭をよぎる。
「分かってる!でも……このままじゃ――!」
深海棲艦の艦影が、確実に“厚み”を増している。
一隻一隻は沈めている。
それでも、減っている感覚がない。
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「赤城さん、航空隊、戻りが遅れてます!」
通信に入る焦り。
「了解。第二陣、準備――!」
赤城は冷静を保っている。
だが、握った拳は、わずかに震えていた。
「加賀、敵の後衛が前に出てきているわ」
「……想定より早い。こちらの消耗を狙っている」
加賀の声は低い。
いつもより、ほんの少しだけ硬い。
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「前線、持ちこたえていますが……」
大淀が言葉を選ぶ。
「……被弾が増えています。軽傷報告、複数」
作戦室の空気が、重く沈む。
白瀬提督は黙っていた。
長門もまた、黙して海図を睨んでいる。
「……まだ、呼ばない」
白瀬提督が、低く言った。
大淀は一瞬、息を詰める。
「了解です……!」
その声には、
理解と、割り切れなさが同時に滲んでいた。
長門が呟く。
「……この判断が、誰を守るかだな」
「……分かっている」
白瀬提督は答える。
だが、その拳は机の下で固く握られていた。
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海上。
爆風が吹雪の視界を奪う。
「吹雪!」
「大丈夫……!」
声は返した。
だが、体が大きく揺れる。
「……これ、いつまで持つのよ……」
曙が呟いた。
その声は、無意識だった。
満潮は即座に否定する。
「持つ。持たせる。……私達で」
言い切った。
だが、自分に言い聞かせているのも分かっていた。
次の瞬間――
「っ……!」
後方からの砲撃。
回避が一瞬、遅れた。
「曙!!」
満潮が舵を切り、体を滑り込ませる。
直撃は避けた。
だが――
「装甲、損傷……!」
曙の声が、わずかに震える。
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工廠。
簡易艤装を装着したハヤトは、静かに立っていた。
「……前線、揺れてる」
夕張が呟く。
明石は口を結ぶ。
「……まだ、呼ばれてないね」
ハヤトは海を見ていた。
「……限界が近い」
「え?」
「……波が違う。砲撃の間隔が短くなっている」
夕張が息を呑む。
「……じゃあ……」
「……呼ばれる」
断定だった。
感情はない。
予感でもない。
観測結果のような声。
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「赤城さん!航空隊、被弾!」
「……了解。下がって!」
赤城の声が、わずかに揺れた。
加賀が即座に前に出る。
「こちらが引き受ける。瑞鶴、翔鶴!」
「了解!」
瑞鶴の声は強がっている。
翔鶴は、それを分かっている。
「無理はしないで」
「分かってるってば!」
だが――
深海棲艦の包囲が、じわりと閉じ始める。
「……退路、狭まってきてる」
摩耶が歯を鳴らす。
「チッ……このままじゃ――」
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作戦室。
大淀の声が、震えた。
「前線、包囲されつつあります……!」
白瀬提督は、目を閉じた。
一拍。
二拍。
そして――
「……呼ぶ」
その一言で、空気が変わった。
長門が、ゆっくりと頷く。
「……命令だな」
「そうだ」
白瀬提督は言い切った。
「“切り札”じゃない。“仲間”として呼ぶ」
大淀が、通信を切り替える。
「工廠!ハヤトさん、出撃準備を!」
⸻
工廠。
通信が入る。
明石が叫ぶ。
「来た!ハヤトさん!」
ハヤトは、即座に動いた。
「……了解」
それだけ。
簡易艤装が軋む音。
工廠の床を蹴り、
海へ向かう。
⸻
曙が叫ぶ。
「満潮!このままじゃ――!」
次の瞬間。
灼熱の光が、包囲網の一部を薙ぎ払った。
「――なっ!?」
深海棲艦の列が、焼き切られる。
炎ではない。
爆発でもない。
“溶けた”。
「……何、今の……?」
満潮が呆然とする。
そして――
海面から、
黒い影が浮かび上がる。
背に広がる、炎のような赫子。
「……羽赫……?」
曙の声が、掠れる。
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ハヤトは、何も叫ばない。
ただ、告げる。
「……退路を開ける。下がれ」
短い。
命令に近い。
蛇赫が展開され、
艦娘達の前面に防壁のように広がる。
砲撃が弾かれる。
「……守られてる……?」
満潮が息を呑む。
次の瞬間。
羽赫が、制圧射撃を開始する。
一発。
二発。
焼き払うのではない。
道を削る。
深海棲艦が、恐慌を起こす。
「……包囲、崩れてる……!」
赤城が状況を把握する。
「全艦!撤退行動に移行!」
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その時。
ハヤトの赫子が、さらに広がろうとした。
――踏み込めば、殲滅できる。
だが。
「ハヤト!」
葵の声が、通信に乗る。
「……そこまででいい」
一拍。
ハヤトは、赫子を止めた。
「……了解」
即座だった。
炎のような羽赫が、静かに収束する。
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艦娘達は、撤退を完了した。
誰も沈んでいない。
誰も、失っていない。
曙は、震える声で呟いた。
「……助けられた……」
満潮は、黙って拳を握る。
「……でも……」
その“でも”の先に、
言葉はなかった。
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ハヤトは、再び海面を離れ、
静かに工廠へ戻っていった。
振り返らず。
誇らず。
何も求めず。
ただ、
役割を果たしただけのように。