※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第31話 踏み出した音の後で

夕方の鎮守府は、やけに音が少ない。

波の音と、遠い工廠の金属音。

それから、食堂の換気扇が回る低い唸り。

 

床はもう乾いていて、皿の破片もない。

何事もなかったみたいに、いつもの匂いが戻っている。

 

――戻っている、はずなのに。

 

曙は食堂の前を通るたび、無意識に足を止めそうになる。

視線は入口の床。

そこに何もないことを確かめて、やっと歩ける。

 

(……何よ、これ)

 

自分の中だけが、まだ片付いていない。

 

「曙」

 

背後から声がして、曙は肩を跳ねさせた。

 

「……なに、満潮。脅かさないで」

 

「脅かしてない。曙が勝手にびくってしただけ」

 

「うるさい。勝手にびくってするの」

 

満潮は曙の横に並んで、歩幅を合わせた。

合わさってしまうのが、腹立たしいくらい自然だった。

 

「まだ、落ち着かない?」

 

「落ち着いてる」

 

「顔が落ち着いてない」

 

「顔の話やめて」

 

「じゃあ、目」

 

「目もやめて」

 

「じゃあ、息」

 

曙は立ち止まって満潮を睨んだ。

 

「……あんた、今日しつこい」

 

満潮は少しだけ目を細める。

 

「しつこいよ。だって曙、さっきのこと“なかったこと”にしそう」

 

「しない」

 

「する顔してる」

 

「してない!」

 

満潮はため息をついたふりをする。

 

「分かった。じゃあ質問する」

 

「やめて」

 

「答えなくてもいいやつ」

 

「……なに」

 

満潮が曙を見る。

 

「怖かった?」

 

曙の喉が、一瞬詰まった。

 

「……怖いっていうか」

 

「うん」

 

「……分かんない」

 

満潮は頷く。

 

「分かんないなら、まだ怖い」

 

「そういう決めつけやめて」

 

「決めつけじゃない。曙が“分かんない”って言う時は、大体そう」

 

曙は舌打ちした。

 

「……あんた、私のこと分かった気になるの、嫌い」

 

満潮は即答しない。

一拍置いてから、小さく言った。

 

「分かりたいんだよ」

 

曙は一瞬、言葉を失って、慌てて顔を逸らした。

 

「……気持ち悪い」

 

「ひど」

 

「褒めてないから」

 

「でも否定もしないじゃん」

 

「……うるさい」

 

⸻

 

廊下の角を曲がると、向こうから霞が歩いてきた。

腕を組んで、いつもより眉間が深い。

 

「……何よ、その顔」

 

曙が先に言うと、霞が即座に返した。

 

「あんたに言われたくない」

 

「私はいつもこんな顔よ」

 

「自慢するな」

 

満潮が横から口を挟む。

 

「霞、さっきの見てたでしょ」

 

霞が目を細くする。

 

「見てない」

 

「嘘」

 

「嘘じゃない」

 

「見てた」

 

霞は舌打ちして、曙を見た。

 

「……ちょっとだけ」

 

曙の胸がまたざわつく。

 

「……なによ」

 

霞は言いにくそうに口を開く。

 

「あの……新人の子。ああいうの、また起きるのかなって」

 

「起きるでしょ」

 

曙はぶっきらぼうに返した。

 

「皿なんて割れる。誰だってやらかす」

 

霞が小さく頷く。

 

「そうじゃなくて……」

 

霞は言い淀んで、遠くを見る。

 

「……あの二人が来てから、空気が変わったじゃない」

 

曙は言葉を止めた。

満潮が代わりに言う。

 

「変わった。良くも悪くも」

 

霞が睨む。

 

「良い、って言い切れる?」

 

満潮は肩をすくめた。

 

「言い切れない」

 

霞は曙の方に視線を戻す。

 

「曙は?」

 

曙は即答できなかった。

それが悔しくて、曙は強い言葉で誤魔化した。

 

「……知らない。私は“選んでない”」

 

霞が小さく笑った。

 

「選んでない、ね」

 

曙が睨む。

 

「笑うな」

 

「笑ってない」

 

「笑ってた」

 

「……少しだけ」

 

満潮が言った。

 

「霞も“決めきれてない”んでしょ」

 

霞はすぐ否定する。

 

「決める必要ない」

 

満潮が即座に返す。

 

「今日の曙みたいに、“決めてないのに動く”時がある」

 

曙が反射で叫ぶ。

 

「だから動いてない!」

 

霞がため息をつく。

 

「……じゃあさ。ここで喧嘩するより、談話室行かない?」

 

満潮が頷く。

 

「賛成」

 

曙は不満そうに言う。

 

「勝手に決めないで」

 

「曙も来るでしょ」

 

「……行くけど」

 

「ほら」

 

「……ほらじゃない!」

 

⸻

 

談話室は、夕方の光が窓から差し込んでいた。

潮が本を膝に置いて座っていて、初霜が紅茶を淹れている。

時雨は窓際で外を眺めていた。

 

曙たちが入ると、潮がぱっと顔を上げた。

 

「あ、曙ちゃん……!」

 

曙は身構える。

 

「……なに」

 

潮が慌てて首を振る。

 

「えっと……その……さっき、見てて……ごめんね」

 

曙は鼻を鳴らした。

 

「見てたんだ」

 

「うん……でも、悪い意味じゃなくて……」

 

霞がぼそっと言う。

 

「悪い意味じゃなくても、見られるのは嫌よね」

 

潮がしゅんとする。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

満潮が言う。

 

「潮、謝らなくていい。今はそういう話してる」

 

時雨が振り向いて、柔らかく言った。

 

「そう。今は“まだ決めてない人たち”の話」

 

曙が眉を寄せる。

 

「なにそれ」

 

初霜が紅茶を置きながら、淡々と補足する。

 

「決める、とは“態度を固定する”という意味でしょう。

 曖昧なままではいられない、と周囲が迫ってくる状況です」

 

曙が口を尖らせる。

 

「……迫ってくるの、ほんと嫌」

 

霞が頷く。

 

「分かる」

 

満潮が言う。

 

「じゃあ、まずこれ。

 “何を決めろって迫られてるのか”を言葉にしよう」

 

時雨が少し笑う。

 

「満潮が司会みたい」

 

満潮が睨む。

 

「うるさい。やるならやる」

 

曙はため息をついた。

 

「勝手に始めないで」

 

「曙が止めないから始める」

 

「……止めても始めるくせに」

 

「そう」

 

初霜が小さく頷く。

 

「それは信頼です」

 

曙がすぐ突っ込む。

 

「違う!」

 

時雨が楽しそうに笑った。

 

「仲良いね」

 

「違う!」

 

満潮も同時に言う。

 

「違う!」

 

霞が呆れた顔で言った。

 

「息ぴったりじゃない」

 

曙は顔を赤くして怒鳴りそうになるのを堪えた。

 

「……話戻すわよ」

 

満潮が指を立てる。

 

「はい、曙が司会になった」

 

「なってない!」

 

⸻

 

潮が恐る恐る口を開いた。

 

「……私、怖いの」

 

全員の視線が潮に集まる。

潮は指先をぎゅっと握る。

 

「ハヤトさんも、葵さんも……怖いっていうか……」

 

曙が眉を寄せる。

 

「葵まで?」

 

潮が慌てて首を振る。

 

「ちがうの、葵さんは優しい。優しいのに……」

 

時雨が静かに促す。

 

「優しいのに、何?」

 

潮は目を伏せて言った。

 

「優しいのに……“近づき方”が分からない」

 

初霜が頷く。

 

「それは自然です。

 彼らは鎮守府の“常識”の外側にいます」

 

霞がぼそっと言う。

 

「常識の外側、って言い方、柔らかくしすぎ」

 

満潮が言う。

 

「じゃあ霞はなんて言うの」

 

「……異物」

 

談話室が少し静かになった。

潮がびくっとする。

 

霞は続けた。

 

「悪口じゃない。

 でも、鎮守府にいなかったものが急に来た。

 しかも、強い。静か。何考えてるか分からない。

 葵さんも優しいけど……優しいのに、あの人の横にいる」

 

曙は胸の奥がきゅっとなる。

 

(……分かる)

 

時雨が穏やかに言った。

 

「霞が言いたいのは、“怖さの種類が違う”ってことだね」

 

霞が肩をすくめる。

 

「そう。そういうこと」

 

満潮が言った。

 

「曙は? 何が怖い」

 

曙は即答できず、強めに返した。

 

「怖くない」

 

満潮が即座に返す。

 

「嘘」

 

曙が睨む。

 

「……嘘じゃない」

 

満潮は引かない。

 

「じゃあ、さっきなんで動いたの」

 

曙は言葉に詰まる。

時雨が助け舟を出すみたいに言った。

 

「怖いって言うと、“悪いこと”みたいになるのが嫌なんだよね」

 

曙の肩が少し下がった。

 

「……そう」

 

初霜が淡々と告げる。

 

「恐怖は悪ではありません。

 ただの反応です。

 問題は、その反応で人を傷つけるかどうかです」

 

潮が小さく頷く。

 

「……じゃあ、怖がってもいい?」

 

初霜は迷いなく頷いた。

 

「はい」

 

霞がぼそっと言う。

 

「初霜、今日どうしたの。急に優しい」

 

初霜は首を傾げる。

 

「優しいつもりはありません。必要なことを言っているだけです」

 

時雨が笑った。

 

「それが優しいんだよ」

 

初霜は視線を逸らした。

 

「……理解できません」

 

⸻

 

満潮が曙に向き直る。

 

「曙。今日の“皿のこと”でさ」

 

曙は眉を寄せる。

 

「またそれ」

 

「大事だから」

 

満潮は言葉を選びながら言った。

 

「曙が動いたことで、あの新人の子、少し息できたと思う」

 

曙は反射で言い返す。

 

「知らない」

 

「知ってるでしょ。見れば分かる」

 

曙は黙る。

潮が小さく言った。

 

「……曙ちゃんの声、はっきりしてた」

 

曙は顔を背ける。

 

「……勝手に出ただけ」

 

霞がぼそっと言う。

 

「それが一番怖いのよね。勝手に出ると、もう戻れない」

 

曙の胸がまたざわつく。

時雨が静かに続けた。

 

「“戻れない”って、何に?」

 

霞は言い淀む。

 

「……分かんない。

 でも、“あっち側”に見られる」

 

満潮がうなずく。

 

「それ。今日の噂、もう回ってる」

 

曙が目を見開く。

 

「は?」

 

満潮は淡々と言う。

 

「“曙が葵さんと話してた”

 “ハヤトさんが曙を見てた”

 “曙、平気なんだ”って」

 

曙の胃がきゅっと縮む。

 

「……最悪」

 

潮が怯えたように言った。

 

「それ、怖い……」

 

時雨が肩をすくめる。

 

「噂は止められない。

 でも“噂に乗るか”は選べる」

 

曙が苛立って言う。

 

「選べないって言ってるでしょ!」

 

初霜が落ち着いた声で言う。

 

「“選べない”という意思表示も、ひとつの選択です」

 

曙が言い返そうとして止まった。

 

(……言い返せない)

 

霞が小さく息を吐く。

 

「……だから、決めきれないのよ。

 何しても“決めた”ことにされる」

 

⸻

 

ノックの音がして、談話室の扉が開いた。

葵が顔を出す。

 

「ここにいた」

 

全員の視線が葵に向く。

潮が少し背筋を伸ばし、霞が腕を組む。

曙は、反射で視線を逸らした。

 

葵は空気を読んだみたいに、柔らかく笑う。

 

「ごめん。邪魔だった?」

 

時雨が首を振る。

 

「ちょうどいい。本人が来た」

 

「本人って」

 

葵は苦笑しつつ、室内に入ってくる。

曙の方を見て、少しだけ表情を和らげた。

 

「曙ちゃん、さっきは……」

 

曙が先に言う。

 

「礼はいらない」

 

葵は一瞬驚いた顔をして、それから頷いた。

 

「うん。分かった」

 

その“分かった”が、押しつけじゃない。

曙は胸の奥で、少しだけ力が抜けた。

 

霞が葵に尋ねる。

 

「葵さん。

 ……私たちが怖がってるの、嫌ですか」

 

葵は少し考えてから言う。

 

「嫌じゃないよ」

 

潮が小さく息を飲む。

 

「……本当?」

 

葵は頷く。

 

「怖いって思うのは普通。

 私だって最初、怖かった」

 

曙が思わず口を出す。

 

「葵が?」

 

葵は苦笑する。

 

「うん。

 ハヤトの隣に立ってる私でも、怖かった」

 

時雨が静かに聞く。

 

「何が怖かった?」

 

葵は窓の外――正門の方を一瞬見てから言った。

 

「……近づくと、逃げ道が減る気がした」

 

曙の胸がきゅっとなる。

それは、曙が言葉にできなかった感覚だ。

 

満潮が言う。

 

「逃げ道、必要だよね」

 

葵は頷く。

 

「必要。

 だから、無理に近づかなくていい。

 でも、“誰かが傷つく場面”で黙る必要もない」

 

曙が小さく言う。

 

「……それ、さっき私が言った」

 

葵は微笑んだ。

 

「うん。だから、私は嬉しかった」

 

曙は反射で否定しそうになって、止めた。

否定すると、また逃げ道になる気がしたから。

 

霞がぼそっと言う。

 

「でも、ハヤトさんは何も言わない。

 それが一番怖い」

 

葵は静かに答える。

 

「言わないのは、押しつけたくないからだと思う」

 

潮が不安げに言う。

 

「でも、見てる」

 

葵は頷く。

 

「見てる。

 たぶん……鎮守府の空気が壊れないように」

 

曙が眉を寄せる。

 

「壊れないように?」

 

葵は少し真剣な声になった。

 

「うん。

 強い人が入ると、周りが無理して“合わせよう”とするでしょ。

 それで誰かが潰れる。

 ハヤトはそれを、嫌がる」

 

時雨が小さく笑う。

 

「嫌がる、って感情がちゃんとあるんだね」

 

葵も笑う。

 

「あるよ。分かりにくいけど」

 

⸻

 

談話室を出るころには、外はもう暗くなりかけていた。

潮と初霜は夕食の手伝いへ向かい、時雨は廊下の窓を開けて風を入れた。

霞は最後まで腕を組んだまま、曙をちらっと見た。

 

「……今日のこと。

 あんた、後悔してる?」

 

曙は即答できなかった。

 

満潮が言う。

 

「後悔してるなら、曙はもっと悪態ついてる」

 

曙が睨む。

 

「余計な分析するな」

 

霞が小さく笑って、先に歩き出した。

 

「じゃあ、まだ大丈夫ね」

 

「なにそれ」

 

「知らない」

 

⸻

 

廊下を抜け、正門が見える場所まで来ると、空気が変わった。

夜の冷えだけじゃない。

静けさの密度が違う。

 

ハヤトは、いつもの位置に立っていた。

背筋を伸ばし、視線は遠く。

誰にも近づかない。

誰にも声をかけない。

 

でも、そこにいる。

 

曙は立ち止まった。

 

「……行くの?」

 

満潮が小声で聞く。

 

曙は口を尖らせる。

 

「行かない」

 

「じゃあ見て帰る?」

 

「……見てない」

 

「見てる」

 

「うるさい」

 

満潮は肩をすくめる。

 

「話しかけないの?」

 

曙は一瞬迷った。

昼間の自分は、勝手に動いた。

今の自分は、勝手に動くのが怖い。

 

(……でも、目を逸らすな)

 

さっき葵が言っていた。

たぶん、ハヤトは押しつけたくない。

なら、こちらも押しつけられないまま、言えばいい。

 

曙は、小さく一歩だけ前に出た。

 

「……あんた」

 

声が思ったより小さくて、曙は自分に腹が立つ。

 

ハヤトが、すぐにこちらを見た。

表情は変わらない。

でも、視線は真っ直ぐだった。

 

「何だ」

 

短い返事。

 

曙は息を吸って、吐いて、ぶっきらぼうに言った。

 

「……ずっと立ってるの、やめなさいよ」

 

満潮が後ろで息を呑む気配。

 

ハヤトはすぐに返さない。

数秒の沈黙。

そして淡々と答える。

 

「必要だから立っている」

 

曙は眉を寄せる。

 

「必要って言えば、何でも許されると思ってる?」

 

ハヤトの視線が微かに細くなる。

怒りではなく、考える目。

 

「許されるとは思っていない」

 

曙は言葉に詰まった。

真面目に返されると、逃げられない。

 

満潮が小声で囁く。

 

「曙、落ち着いて」

 

「うるさい」

 

曙はハヤトに向き直って、強がるみたいに言う。

 

「倒れたら面倒。

 こっちが面倒」

 

ハヤトは少しだけ間を置いて言った。

 

「面倒が嫌いか」

 

「嫌い」

 

即答。

 

ハヤトは、ほんの僅かに頷いた。

 

「なら、倒れない」

 

「そういう問題じゃない!」

 

曙が声を強めると、満潮が肩を揺らして笑いを堪えている。

曙は後ろを振り向いて睨んだ。

 

「笑うな!」

 

「笑ってない!」

 

「笑ってる!」

 

ハヤトが短く言った。

 

「……今の声量は不要だ」

 

曙はカッとなって言い返す。

 

「いちいち口出さないで!」

 

ハヤトは淡々と、でも変わらない声で返した。

 

「口出しはしていない。

 確認しているだけだ」

 

「何を!」

 

ハヤトは曙を見る。

 

「曙は、今日、目を逸らさなかった」

 

曙の胸が、きゅっと縮んだ。

 

「……それだけ」

 

「それだけで十分だ」

 

満潮が思わず言う。

 

「……ハヤト。曙、ほんとに頑張った」

 

曙が叫ぶ。

 

「言うなって!」

 

満潮も叫び返す。

 

「言う! だって頑張ったもん!」

 

曙が満潮を睨む。

 

「余計なこと言うな!」

 

「余計じゃない!」

 

ハヤトはそのやり取りを静かに見て、短く言った。

 

「その距離でいい」

 

曙が固まる。

 

「……距離?」

 

ハヤトは言う。

 

「踏み込まず、逃げず、嘘をつかない」

 

曙は喉が詰まった。

まるで、自分が欲しかった言葉を、代わりに言われたみたいだった。

 

曙は小さく言った。

 

「……じゃあ、まだ決めなくていいの?」

 

ハヤトは頷く。

 

「今日は、それでいい」

 

その“今日は”が、曙の胸を軽くした。

今日だけ。

明日、揺れてもいい。

そう言われた気がした。

 

曙は視線を逸らして、ぼそっと言う。

 

「……明日もいるんでしょ」

 

「いる」

 

短い返事。

変わらない姿勢。

 

満潮が小声で言う。

 

「曙、顔赤い」

 

「赤くない!」

 

「赤い」

 

「赤くないってば!」

 

ハヤトが淡々と告げる。

 

「……帰れ。冷える」

 

曙は思わず言い返す。

 

「命令しないで!」

 

「命令ではない。助言だ」

 

曙は悔しくて、でも少しだけ笑いそうになった。

 

(……ほんと、ずるい)

 

満潮が先に歩き出す。

 

「行くよ、曙」

 

曙は最後にもう一度、正門の影を見た。

ハヤトは遠くを見ている。

でも、曙は初めて、その沈黙が“拒絶”じゃないと確信に近い形で思えた。

 

「……明日も、いるんでしょ」

 

答えはもう聞かなくてもいい。

 

曙は背を向けて、歩き出した。

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