葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
朝の空気は、昨日より少しだけ軽かった。
廊下を歩く足音がいつも通りに戻って、
笑い声が途中で途切れることも減った。
それでも、完全に元通りではない。
鎮守府という場所に、
“今までいなかったもの”がいる。
その事実が、まだ皮膚の下でざわついている。
食堂の換気扇が唸り、
味噌汁の湯気が上がる。
曙はトレーを持ったまま、入口で一瞬止まった。
(……見られてる)
視線が、昨日より柔らかい。
でも、確かにある。
後ろから、肩が軽くぶつかった。
「止まるなって」
満潮の声。
「……ぶつかるなって」
曙が小声で返すと、満潮はしれっと言った。
「ぶつかってない。曙が遅いだけ」
「私のペースなの」
「昨日から曙のペース、変」
「変じゃない」
「変」
曙は睨み返す。
「……あんた、今日も喧嘩売ってる?」
満潮は肩をすくめた。
「買ってほしい?」
「買わない」
「じゃあ座ろ」
満潮は曙の背中を軽く押して、空いている席へ誘導した。
曙は不満そうにしながらも、結局そこに座る。
「……強引」
「曙、放っとくと一生入口で固まる」
「固まってない」
「固まってた」
「……うるさい」
⸻
席には潮と初霜、少し離れたところに時雨、
奥の方には長門と吹雪がいるのが見えた。
潮が曙たちに気づいて、小さく手を振る。
「曙ちゃん、満潮ちゃん、こっち空いてるよ」
満潮が即答した。
「行く」
曙は渋い顔をする。
「……別にここでも」
「ここだと背中が落ち着かない」
「……それは、まあ」
結局、二人は潮たちの席へ移動した。
席に着くと、潮が小声で言った。
「今日、少しだけ……楽そう」
曙は思わず顔をしかめる。
「……楽じゃない」
満潮が横で言う。
「楽になってる」
「なってない!」
初霜が淡々と結論を言った。
「なっています」
曙が初霜を睨む。
「初霜まで言うな」
「事実です」
時雨が少し離れた席から、聞こえるように言った。
「曙、反応が元気になってるからね」
曙は机に突っ伏しそうになる。
「……やめて。観察しないで」
「観察じゃなくて、安心」
時雨は笑いながら言う。
「みんな、昨日の噂で疲れたんだよ。
だから今日は“普通”が増えると嬉しい」
曙はむっとした。
「……普通ってなによ」
潮が慌てて言う。
「あっ、えっとね、悪い意味じゃなくて……」
初霜が補足する。
「昨日の緊張が、今日緩んでいる。
それは良い兆候です」
満潮が頷いた。
「そう。緩んだ分、考えられる」
曙が眉を寄せる。
「緩んだ分?」
満潮は当たり前みたいに言う。
「昨日は張りすぎて、言葉が出なかった。
今日は少し喋れる。だから“次”が見える」
曙は黙った。
(……満潮のくせに、たまに正しいこと言う)
その瞬間、満潮がこちらを見る。
「今、失礼なこと考えたでしょ」
曙が即座に返す。
「考えてない」
「嘘」
「嘘じゃない」
潮が小さく笑った。
「二人、今日も仲良いね」
「違う!」
曙と満潮が同時に言って、霞の舌打ちがどこからか聞こえた気がした。
⸻
食堂の入口が少しざわつく。
葵が入ってきた。
昨日より空気は硬くない。
でも、視線が集まるのは変わらない。
葵はいつも通り穏やかで、
その穏やかさが、逆に“普通じゃない”のに、
今日の鎮守府はそれを少し受け入れているように見えた。
葵がトレーを持って、こちらに会釈する。
曙は一瞬迷ってから、昨日より自然に軽く会釈を返した。
満潮が小声で言う。
「今の、昨日より全然いい」
「うるさい」
「褒めてる」
「褒めなくていい」
葵が少し遅れてこちらに近づき、遠慮がちに言った。
「……ここ、座ってもいい?」
時雨がすぐ答える。
「どうぞ」
潮も頷いた。
「うん、どうぞ……!」
初霜は何も言わないが、席を詰める。
葵が座ると、ほんの少しだけ沈黙。
その沈黙を切ったのは、意外にも曙だった。
「……今日は、食堂で皿割れなかった?」
言った瞬間、曙自身が「何言ってんの私」と思ったが、
葵は困ったように笑った。
「うん。今日は大丈夫」
満潮がすかさず言う。
「昨日は事故。今日は平穏。明日は知らない」
曙が睨む。
「縁起でもない」
満潮は涼しい顔。
「現実」
葵はそのやり取りを見て、小さく笑った。
「二人、いいね」
曙がすぐ返す。
「よくない」
「いい」
葵は穏やかに言った。
「“言い合える”のって、安心する」
曙は言葉に詰まって、味噌汁を飲むふりをした。
(……こういうところが、ずるい)
⸻
そこへ、白瀬提督が食堂に入ってきた。
昨日と同じ。
威圧ではなく、空気が整う。
提督は周囲に軽く視線を投げ、
誰かを探すようでもなく、
必要なものを確認するようでもなく、
ただ“ここにいる全員”を見渡す。
そして、いつも通りの声。
「おはよう」
「おはようございます」
声が揃う。
提督は配膳を受け取ってから、
そのまま席へ向かわず、食堂の中央で足を止めた。
「……少しだけ、時間をもらう」
食堂が静かになる。
曙の背中が少し固くなる。
昨日の「噂より目で見ろ」が頭をよぎる。
提督は続けた。
「昨日、皿が割れた」
数人が息を呑む気配。
だが提督は淡々と、しかし柔らかく言った。
「事故だ。誰にでもある」
少し間を置き、
「ただ、事故のあとに“人がどう動くか”は、その場所の姿だ」
曙の心臓が鳴る。
提督は視線を曙の席へ――は、向けない。
向けないのに、言葉が届く。
「誰かが手を出した。
止めた。片付けた。声をかけた」
そして一呼吸。
「そういう行動が増える鎮守府は、強い」
食堂の空気が、ほんの少しだけ緩む。
提督は最後に短く言った。
「以上だ」
それだけ言って、提督は食堂を出ていった。
静寂のあと、
ぽつぽつと箸が動き出し、
やがて会話が戻る。
満潮が曙に小声で言う。
「……完全に助けてくれたね」
曙はぶっきらぼうに返す。
「……ずるい」
潮が小さく頷く。
「でも、安心した」
初霜が淡々と言った。
「提督は、言葉で整えるのが上手い方です」
時雨が笑う。
「うん。上手い。
だからこそ“次に何が来るか”も見てるんだろうね」
曙が眉を寄せる。
「次って?」
時雨は視線を落として、曖昧に言った。
「さあ。まだ噂の段階」
その言い方が、嫌に引っかかった。
⸻
食堂を出た後、
葵は廊下を歩きながら、少しだけ立ち止まった。
「……提督さん、今の言葉」
潮が小声で言う。
「かっこよかったよね」
葵は頷く。
「うん。嬉しかった」
曙は口を尖らせる。
「嬉しいとか言うと、また噂になる」
葵が曙を見る。
「噂って、怖い?」
曙は答えに詰まった。
満潮が代わりに言う。
「怖い。
“決めた”ってことにされるのが嫌なんだよ」
葵は少し考えてから言った。
「……決めてないって言っていいよ」
曙が反射で言い返す。
「言ったって、勝手に決められる」
葵は頷いた。
「うん。そうだね」
否定しない。
それが曙には少し救いだった。
葵は続ける。
「でも、決められたくないからって、何も言わないと……
今度は“何も言えない人”の方が苦しくなる」
曙の胸が少し痛む。
昨日、皿を割った新人艦娘の顔が浮かぶ。
(……あの子)
潮が小さく言った。
「私、昨日みたいに怖いって思っても、
今日はちゃんと“見よう”って思えた」
初霜が静かに頷く。
「変化です」
満潮が曙を見た。
「曙が作った変化」
「作ってない」
「作った」
「作ってないってば!」
葵は小さく笑った。
「……曙ちゃんは、自分のことになると頑固」
曙が睨む。
「頑固じゃない」
「頑固」
「……っ」
否定しようとして、言葉が詰まった。
⸻
その時、廊下の向こうから伝令役の艦娘が走ってきた。
少し息が上がっている。
「白瀬提督に、急ぎの連絡が入りました!」
周囲が少しだけざわつく。
伝令役は提督室の方向を指し、
そのまま走り去っていった。
潮が不安そうに言う。
「……急ぎの連絡って、何だろう」
時雨が遠くを見る。
「さあね。
でも、こういう時の“急ぎ”はだいたい上の方」
曙が眉を寄せる。
「上の方?」
満潮が小声で言う。
「海軍側の偉い人たち」
曙は鼻で笑う。
「いつも勝手に命令出すやつら?」
満潮が頷く。
「だいたいそう」
葵は何も言わないが、
少しだけ視線を落とした。
その表情が、曙の胸に引っかかる。
「……葵?」
曙が呼ぶと、葵は顔を上げた。
「うん。大丈夫」
曙はすぐ返す。
「大丈夫じゃない顔してる」
満潮が横から言う。
「曙、今の言い方、優しい」
「うるさい」
葵は小さく笑って、
でも、その笑いは少し薄かった。
⸻
提督室の前。
扉の向こうから、落ち着いた声が聞こえる。
白瀬提督の声。
相手は通信らしく、返答は聞こえない。
「……こちらは受領した。だが、保留する」
短い沈黙。
「理由? 現場の秩序が最優先だ。
不安を煽る命令は、結果的に戦力を落とす」
また沈黙。
「規定? 規定の話をするなら、現場の裁量も規定内だ」
言葉は柔らかいのに、芯が硬い。
曙は扉の前を通り過ぎながら、無意識に息を止めていた。
満潮が小声で言う。
「……提督、やってるね」
霞がどこからか現れて、ぼそっと言った。
「上と喧嘩してる」
「喧嘩じゃない」
初霜が淡々と訂正する。
「交渉です」
時雨が肩をすくめる。
「どっちでも同じ。
上は“手続き”が好きで、提督は“人”が好き」
曙は眉を寄せた。
「……人が好き?」
「嫌いじゃ、ここは回らない」
時雨はそれだけ言って、廊下の窓を開けた。
冷たい風が入ってくる。
⸻
その日の昼過ぎ。
葵は提督に呼ばれた。
呼びに来たのは間宮だった。
「葵さん、提督がお呼びです。
よかったら、温かいお茶も用意しますね」
葵は小さく頷いた。
「ありがとうございます」
曙はたまたま廊下でそれを見かけ、足を止めた。
(……呼ばれた)
胸がざわつく。
満潮が横に来て言う。
「気になる?」
「気にならない」
「気になる」
「気にならない!」
霞が通りがかって、ぼそっと言った。
「気になるくせに」
「……うるさい」
⸻
提督室。
葵が入ると、白瀬提督は机から顔を上げて軽く会釈した。
「座ってくれ」
「失礼します」
間宮が用意したお茶の湯気が立つ。
湯気が、空気を少し柔らかくした。
提督はカップを置き、葵をまっすぐ見た。
「……今日、呼んだのは謝意と確認だ」
葵は瞬きをする。
「謝意、ですか」
「昨日の件」
提督は言葉を選んで言う。
「鎮守府の空気が揺れた。
だが、壊れなかった。
君の対応も、その一因だ」
葵はすぐ首を振った。
「私は……何もしてません。
むしろ、迷惑を……」
提督は即座に否定した。
「迷惑は、こちらが判断する。
君が判断することではない」
葵は言葉に詰まる。
提督は続けた。
「君は“圧”が怖いだろう」
葵の指先が、カップの縁で止まった。
「……怖い、というより」
「違うなら否定していい」
提督の声は穏やかだが、逃げ道を塞ぐ言い方ではない。
葵は小さく息を吐いた。
「……怖い、です。
でも、怖いと感じるのは、私の問題なので」
提督は首を振った。
「違う。
君が恐怖を感じるなら、それは“環境の問題”でもある」
葵は少し驚いた顔をする。
「提督さんは……そういう言い方をするんですね」
提督は少しだけ眉を上げた。
「君は、今ここにいる。
それだけで環境は変わる。
変化は良いことも、悪いことも引き起こす」
葵は黙って聞く。
提督は言う。
「だから確認だ。
君は、ここで何を望む?」
葵はすぐ答えられなかった。
望むものは簡単だ。
でも、それを言葉にした瞬間、
“望んだ”ことにされる気がした。
(……曙ちゃんと同じだ)
葵は静かに言った。
「私は……皆さんの邪魔になりたくない」
提督は頷いた。
「それは望みではなく、配慮だな」
葵が少し苦笑する。
「……そうかもしれません」
提督は湯気の向こうで、少しだけ視線を柔らかくした。
「君は“逃げ道”を残したいか」
葵の呼吸が止まりそうになる。
「……はい」
提督は頷いた。
「良い。逃げ道は必要だ。
逃げ道がない人間は、いつか折れる」
葵は小さく言った。
「……提督さんも、逃げ道を残す人ですか」
「残す。
ただし、全員が逃げ道に“落ちた”時は、誰かが踏ん張らないといけない」
葵はその言葉を噛みしめる。
提督は続けた。
「君は昨日、踏ん張った。
そして曙も踏ん張った。
鎮守府は、その事実を覚えておくべきだ」
葵はカップを握り直し、少し視線を落とした。
「……曙ちゃんは、まだ決めていません」
提督は頷く。
「知っている」
「決めてないのに、勝手に決められるのが怖いんです」
「知っている」
提督の即答に、葵は少しだけ救われたように息を吐いた。
提督は静かに言った。
「だから私は昨日、“噂より目で見ろ”と言った」
葵は顔を上げる。
「……あの言葉、届いていました」
「なら良い」
提督は少し間を置いて、声を低くした。
「もう一つ、確認がある」
葵の背筋が自然と伸びる。
「上から連絡が来ている」
葵の指先が、わずかに震えた。
提督は続ける。
「君たちの存在を“管理したい”連中がいる。
私はそれを好まない」
葵は息を飲む。
「……ハヤトは」
提督は断言しない。
だが、曖昧にも逃げない。
「彼は“戦力”だ。そう見られる。
だが、私は“人”として扱う。
それがこの鎮守府の方針だ」
葵は小さく言った。
「……それで、提督さんは困りませんか」
提督は苦笑した。
「困るに決まっている」
その言い方が、妙に人間臭くて、葵は少し笑いそうになった。
提督は続ける。
「だから君に頼みたい。
鎮守府が“壊れない”ように、君も自分を壊すな」
葵は言葉を探す。
「私は……」
提督は遮らず、待つ。
葵は静かに言った。
「私は、ここで……皆さんと、同じように呼吸したいです」
提督は頷いた。
「それで十分だ」
葵の胸の奥が、少しだけ緩んだ。
⸻
その頃、廊下では。
曙、満潮、霞、時雨、長門、吹雪が、
偶然を装いながら提督室の近くに集まっていた。
長門が低い声で言う。
「……お前たち、何をしている」
曙が即答する。
「してない」
満潮が即答する。
「してる」
曙が睨む。
「余計なこと言うな!」
吹雪が慌てて小声で言う。
「し、静かに……! 聞こえちゃうよ……!」
霞がぼそっと言った。
「もう聞こえてると思う」
時雨が楽しそうに言う。
「提督室の前でコソコソしてる方が怪しいよ」
長門が腕を組む。
「堂々と立て」
曙が言い返す。
「堂々と立てる場所じゃない!」
長門が真顔で返す。
「立てる」
「立てない!」
満潮が小声で言った。
「曙、顔が必死」
「必死じゃない!」
霞がため息。
「……必死よ」
吹雪が小さく手を振る。
「み、みんな……ほんとに……」
時雨が笑った。
「吹雪も気になってるくせに」
吹雪が赤くなる。
「ち、違います……! ただ、あの二人が……」
長門がふっと視線を遠くにやる。
「……我々も、あの二人をまだ測っている」
曙が小さく呟いた。
「測られてるのは、こっちかもしれない」
長門が曙を見る。
「……昨日、皿の件で動いたのはお前か」
曙が顔を逸らす。
「……たまたま」
長門は短く言った。
「よくやった」
曙が固まる。
「……やめて。そういうの」
長門は眉をひそめる。
「褒めるのが嫌か」
曙はぼそっと言う。
「決めたことにされる」
長門は少し考えてから言った。
「では、こう言おう。
“あれは鎮守府の動きだった”」
曙は少しだけ驚いた顔をした。
吹雪が小さく頷く。
「……うん、それ、いい言い方」
満潮が笑う。
「さすが長門、言い方が強い」
長門が睨む。
「褒めるなら正しく褒めろ」
「褒めてる」
「なら良い」
⸻
提督室の扉が開き、葵が出てきた。
全員が、反射的に姿勢を正しそうになって、
慌てて誤魔化す。
曙は壁の掲示物を急に読み始めた。
満潮は腕を組んで「通りすがり」を装う。
霞はそっぽを向き、時雨は普通に微笑む。
吹雪は挙動不審、長門だけ堂々。
葵がそれを見て、一瞬、目を丸くした。
「……みんな、どうしたの?」
時雨が即答する。
「偶然」
霞が即答する。
「通り道」
満潮が即答する。
「見回り」
吹雪が小声で言う。
「えっと……」
長門が真顔で言った。
「待っていた」
曙が叫ぶ。
「言うな!」
長門が睨む。
「何故だ」
「何故も何も!」
葵が小さく笑った。
「……ありがとう」
その一言が、曙の胸を少しだけ温めた。
曙はぶっきらぼうに言った。
「……礼はいらないって言ったでしょ」
葵は頷く。
「うん。でも言いたくなった」
曙は言い返せず、顔を背けた。
満潮が曙の耳元で囁く。
「曙、今の、完全に照れてる」
「うるさい!」
⸻
その夜。
食堂のテラス席で、間宮と鳳翔が湯気の立つ鍋を運んでいた。
いつもの匂い。いつもの手際。
そこに、白瀬提督がふらりと立ち寄った。
「今日は、少し寒いな」
鳳翔が微笑む。
「温かいものを用意しています」
間宮も頷く。
「皆さん、今日は少し落ち着いたみたいです」
提督は小さく息を吐いた。
「……落ち着いたのは、良いことだ。
だが、落ち着くと“次の波”が見える」
鳳翔が静かに聞く。
「上から、ですか」
提督は頷き、短く言った。
「手は打つ」
間宮が少し不安そうに言う。
「大丈夫でしょうか」
提督は視線を遠くにやる。
正門の方角。
「大丈夫にする」
それだけ言って、提督は食堂の明かりから離れた。
⸻
正門。
ハヤトはいつもの位置に立っている。
変わらない沈黙。
変わらない姿勢。
だが、その背中を見た曙は、昨日より少しだけ違うものを感じた。
(……噂より、目で見ろ)
提督の言葉。
葵の「同じように呼吸したい」。
曙は小さく呟く。
「……呼吸、ね」
満潮が隣に立っていた。
「何、ポエム?」
「違う!」
満潮が笑う。
「でも、悪くない」
曙は言い返さなかった。
二人は一瞬だけ正門の方を見て、
そして同時に目を逸らした。
逸らしたのに、逃げた気はしなかった。
それが、昨日までと違った。