※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第41話 分類不能

 

咆哮の余震が、まだ地面の奥で鳴っている。

 

空の黒い渦は閉じない。

海から上がった赫眼の影たちは、波打ち際に展開したまま止まっている。

 

整列ではない。

だが、無秩序でもない。

 

白瀬提督は小さく言った。

 

「……分類できない」

 

長門が低く答える。

 

「同意だ」

 

加賀が続ける。

 

「だが統率はある」

 

瑞鶴が声を震わせる。

 

「何なの、あれ……」

 

誰も答えられない。

 

ただ一つ分かるのは――

 

ハヤトを中心に動いている。

 

それだけだった。

 

⸻

 

制圧部隊はすでに半数以上が戦闘不能だった。

 

銃を構える前に叩き伏せられ、

命令を出す前に地面に沈められた。

 

近接。

 

一撃。

 

迷いなし。

 

それが連続している。

 

吹雪がかすれた声で言う。

 

「戦闘っていうより……」

 

時雨が低く言う。

 

「排除だ」

 

⸻

 

蛇のように蠢く黒い赫子が、再び地面を裂いた。

 

生き物のようにうねり、

標的だけを選んで跳ねる。

 

葵の腕を掴んでいた派遣要員が後退する。

 

間に合わない。

 

覆う。

 

消える。

 

短い破砕音。

 

蛇赫は頭をもたげ、

赤い滴を落としながら制圧部隊を見渡した。

 

威嚇ではない。支配だった。

 

曙の声が震える。

 

「……あれ、武器じゃない」

 

長門が答える。

 

「同意だ」

 

「生きている」

 

⸻

 

ハヤトは動いていない。

 

だが、その周囲の“配置”が変わっていた。

 

提督が低く言う。

 

「……囲んだ」

 

満潮が聞き返す。

 

「誰が」

 

提督は答える。

 

「影が」

 

⸻

 

ハヤトの一歩後ろ。

 

四つの影が半円で立っている。

 

体格が違う。

重心が違う。

構えが違う。

 

だが共通している。

 

即応距離。

 

いつでも殺せる距離。

 

瑞鶴が呟く。

 

「……護衛?」

 

加賀が静かに言う。

 

「そう見える」

 

「でも誰の」

 

赤城が答える。

 

「彼の」

 

⸻

 

さらに一体。

 

ハヤトの真横に立つ影がいる。

 

距離がない。

 

近すぎる。

 

並び方が違う。

 

長門が低く言った。

 

「……対等位置だ」

 

吹雪が震える。

 

「味方……なんですか」

 

長門は首を振る。

 

「分からん」

 

「だが敵ではない」

 

⸻

 

そして葵の前。

 

二つの影が、盾のように立っていた。

 

細身。

静か。

だが構えが鋭い。

 

明確に――

 

葵を庇う位置。

 

曙の喉が詰まる。

 

「……守ってる」

 

満潮が小さく言う。

 

「うん」

 

「完全に」

 

⸻

 

制圧部隊が発砲する。

 

数発。

 

だが影は止まらない。

 

弾道の外へ滑る。

踏み込む。

叩き落とす。

 

近接で装備が砕ける音が続く。

 

統制が崩壊する。

 

「下がれ!」

 

「距離を取れ!」

 

「無理だ!」

 

榊原の声が裏返る。

 

⸻

 

倒れた隊員のそばで、影がしゃがむ。

 

肉片を拾う。

 

口へ運ぶ。

 

咀嚼。

 

立ち上がる。

 

姿勢が変わる。

 

低く。

前傾。

戦闘体勢。

 

同じ動きが各所で起きる。

 

曙が呟く。

 

「……補給してる」

 

時雨が答える。

 

「違う」

 

「何」

 

「本能だ」

 

⸻

 

久我の目の前に、ハヤトが立っている。

 

無言。

 

無表情。

 

赫眼だけが光っている。

 

久我の声が震える。

 

「私は命令で――」

 

止まる。

 

ハヤトは何も言わない。

 

ただ見ている。

 

原因を見る目。

 

評価する目。

 

処理対象かどうかを。

 

久我の膝が崩れる。

 

⸻

 

榊原が後退しようとした瞬間、

 

あの“大きい影”が現れた。

 

ハヤトより明確に大きい。

 

密度が違う。

 

右手で榊原の顔を掴む。

 

片手で持ち上げる。

 

足が宙に浮く。

 

骨が軋む音。

 

吹雪が声を失う。

 

「潰れる……」

 

長門が低く言う。

 

「まだだ」

 

「判断待ちだ」

 

⸻

 

提督が静かに言った。

 

「……命令系統がある」

 

加賀が頷く。

 

「ええ」

 

「王と、従う者の動きです」

 

瑞鶴が息を呑む。

 

「王って……誰」

 

誰も答えない。

 

視線だけがハヤトへ向く。

 

⸻

 

制圧部隊は三割しか残っていない。

 

武器を落とす者。

後退する者。

腰が抜ける者。

 

統制は消えた。

 

提督が低く言う。

 

「十分だ」

 

鳳翔が小さく答える。

 

「はい」

 

⸻

 

葵が叫ぶ。

 

「やめて!!」

 

全てが止まる。

 

本当に止まる。

 

蛇赫も。

影も。

咀嚼も。

 

全員がハヤトを見る。

 

葵が続ける。

 

「ここで終わらせて」

 

「それ以上は……いらない」

 

声が震えている。

 

でも折れていない。

 

曙が小さく言う。

 

「……届いてる」

 

⸻

 

ハヤトの赫眼がわずかに揺れる。

 

呼吸が戻る。

 

ほんの少し。

 

そして――

 

首を振った。

 

大きな影が榊原を落とす。

 

潰さない。

 

殺さない。

 

従った。

 

提督がはっきり言う。

 

「……聞いたな」

 

長門が答える。

 

「ああ」

 

「彼の判断に従っている」

 

⸻

 

久我が崩れた声で言う。

 

「撤収……」

 

誰も逆らわない。

 

制圧部隊は敗走に近い撤退を始める。

 

影たちは追わない。

 

前傾姿勢のまま止まっている。

 

王の次の指示を待つ兵のように。

 

⸻

 

曙が呟く。

 

「……何なの、あいつら」

 

時雨が答える。

 

「分からない」

 

満潮が言う。

 

「でも」

 

「ハヤト側だ」

 

赤城が静かに頷く。

 

「ええ」

 

翔鶴も。

 

加賀も。

 

提督が結論を言う。

 

「分類不能」

 

「だが――敵ではない」

 

空の渦はまだ消えない。

 

影たちは名乗らない。

 

ただ、王の背後に立っている。

 

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