葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
黒い渦は消えた。
空も戻った。
だが――
影が、まだ残っていた。
完全に消えたはずの黒い輪郭が、
正門の周囲にいくつも立っている。
動かない。
消えない。
揺れている。
曙が小声で言う。
「……まだいる」
満潮が目を細める。
「うん」
「消えきってない」
吹雪が不安そうに言う。
「残留……ですか?」
長門が低く答える。
「分からん」
「だが攻撃姿勢ではない」
⸻
ハヤトも見ていた。
葵も見ていた。
言葉はない。
ただ、視線が止まる。
葵が小さく呟く。
「……まさか」
確信ではない。
願いに近い。
⸻
その時だった。
一つの影が動く。
音もなく近づく。
ハヤトの真横まで来て――
肩に、肘を置くような動き。
もたれかかる、あの癖のある距離感。
影なのに分かる。
仕草が同じ。
曙が目を見開く。
「え」
満潮も息を止める。
「今の動き……」
⸻
ハヤトの口元が、わずかに上がった。
小さく笑う。
「……相変わらず、熱苦しい」
次の瞬間。
声がした。
低くて、少し笑っている声。
「久しぶりに会えたのに、お前も相変わらず素直じゃねえな!」
葵の目が見開く。
涙が一気に滲む。
「……炎慈?」
影が肩をすくめる動き。
「他に誰がいるよ」
⸻
空気が変わった。
一気に。
緊張ではない。
再会の空気。
深赫と思わしき影が言う。
「声、届いたか」
別の影。
「やっと帰れた」
「長かった」
「ほんとにな」
会話が始まる。
自然に。
当たり前のように。
⸻
外殻が崩れ始める。
影の表面が剥がれる。
黒が落ちる。
中から姿が現れる。
炎慈の顔がはっきり見える。
深赫も。
龍牙も。
狂禍も。
黒滅も。
紅牙も。
音羽も。
紫羽も。
さらに周囲に残っていた影たちも次々と実体を取り戻す。
呼吸。
体温。
鼓動。
生きている。
吹雪が震える。
「……戻ってる」
長門が低く言う。
「帰還だ」
⸻
葵が走った。
もう抑えない。
「炎慈!!」
抱きつく。
強く。
泣きながら。
「遅いよ……!!」
「どれだけ待ったと思ってるの……!!」
炎慈が受け止める。
腕で抱き返す。
泣きながら笑う。
「悪かった」
「道、迷った」
深赫が横で言う。
「迷いすぎだ」
声が震えている。
⸻
音羽と紫羽も葵を囲む。
「無事でよかった」
「ほんとに」
葵が泣きながら言う。
「守れなくてごめん」
音羽が首を振る。
「逆」
紫羽が続ける。
「あなたがいたから帰れた」
⸻
周囲の喰種たちが声を上げる。
「王がいる!!」
「再会完了!!」
「帰還確認!!」
歓喜の咆哮が空へ上がる。
重い。
だが喜びに満ちた声。
瑞鶴が耳を押さえる。
「うるさっ!!」
でも笑っている。
⸻
龍牙がハヤトの前に立つ。
「ただいま」
狂禍。
「戻ったぞ」
黒滅。
「遅れた」
紅牙。
「だが帰った」
ハヤトが答える。
「見れば分かる」
それだけ。
全員、目が濡れている。
⸻
炎慈が周囲を見る。
艦娘たちを観察する目。
「ハヤト」
「後ろにいる奴等はなんだ?」
「軍属だ」
「ふ〜ん……軍属ねえ……」
白瀬を見る。
距離を測る。
「おい、お前」
「お前がその軍属の王か?」
瑞鶴が即反応する。
「誰が王よ!」
長門が言う。
「概念としては近い」
⸻
葵が振り向く。
涙を拭きながら言う。
「紹介するね」
一人ずつ指す。
「炎慈」
「深赫」
「龍牙」
「狂禍」
「黒滅」
「紅牙」
「音羽」
「紫羽」
それだけ。
説明はない。
でも十分だった。
⸻
葵がもう一度言う。
「おかえり」
全員が答える。
「ただいま」
帰還の声だった。