※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第48話 特異戦力確保へ

 

配られた資料の表紙には、無機質な文字が並んでいた。

 

特異個体確保 第二段階

分断・誘導・確保

拠点秩序再編

 

「再編」――都合のいい言葉だ。

 

白い紙の上なら、どんな暴力も整って見える。

 

榊原が指を鳴らした。

 

「いいか。前提を揃える」

 

スクリーンが切り替わる。

 

・対象は単独ではない

・群体戦力が随伴

・拠点側にも軍属戦力がいる

・正面から当たれば消耗戦になる

・消耗戦は避ける

・だから分断する

 

榊原が淡々と続ける。

 

「“王”を取る。それだけだ」

 

久我が言う。

 

「“王”とは、あの特異個体だな」

 

「そうだ」

 

現場将校が眉をひそめた。

 

「確認」

 

榊原「発言を許可する」

 

「前回の映像では、群れは“王”の命令で動いていたようには見えない」

 

「むしろ……拠点の女の声で止まった」

 

会議室が静まる。

 

映像が一瞬だけ再生され、停止する。

 

葵の叫び。

止まる影。

撤退。

 

榊原は目を細めた。

 

「……だから言っている」

 

「関係性を壊す」

 

久我が口を挟む。

 

「女を切り離すのか?」

 

榊原が頷く。

 

「最優先は王。だが、王の“錨”が女なら、錨も抜く」

 

若い参謀が顔をしかめた。

 

「錨……人を物扱いするな」

 

榊原の目が冷たい。

 

「物ではない。要素だ」

 

技術主任が言う。

 

「冷静にいきましょう。感情は要りません」

 

現場将校が低い声で言った。

 

「感情が要らない現場は、死人が増える」

 

榊原が言い切る。

 

「死人は増えていい」

 

室内が凍りつく。

 

若い士官が、思わず椅子を鳴らした。

 

榊原は続けた。

 

「増えていい。だが目的は達成する」

 

久我が咳払いをして、話を戻す。

 

「手順だ。分断はどうやる」

 

情報部が資料をめくる。

 

「拠点内部への情報撹乱」

 

「補給線遮断」

 

「軍属間の不信を誘発」

 

「特に駆逐艦級の心理が揺れやすい」

 

若い参謀が言う。

 

「露骨だな」

 

情報部が平然と答える。

 

「人は露骨に揺れます」

 

現場将校が苛立つ。

 

「艦娘は人じゃないと言いたいのか」

 

情報部が間を置く。

 

「人と同じ反応をする、と言っています」

 

久我が指で机を叩いた。

 

「内通は?」

 

情報部が頷く。

 

「候補がいる」

 

スクリーンが切り替わる。

 

名簿ではない。

「属性」だけが並ぶ。

 

・軍属関係者(補給)

・工廠関係者(整備)

・医務関係者(記録)

・伝令(通信)

 

榊原が言う。

 

「名前はまだ出すな」

 

情報部が言う。

 

「確度が下がります」

 

「構わん」

 

榊原は淡々と続ける。

 

「名前は最後に出る。使う直前だ」

 

久我がニヤリとする。

 

「用心深いな」

 

「合理的だ」

 

現場将校が言う。

 

「卑劣だろ」

 

榊原は視線を動かさない。

 

「卑劣でも勝つ」

 

⸻

 

技術主任が装備資料をめくった。

 

「対策装備の運用案も説明します」

 

「火力で削る。拘束で止める。拘束中に“貫通弾”を叩き込む」

 

若い士官が言う。

 

「頭を狙う?」

 

「可能なら」

 

「可能ならって」

 

技術主任が苛立つ。

 

「現場が工夫してください」

 

現場将校が即答。

 

「工夫で埋まる差じゃない」

 

榊原が言う。

 

「工夫しろ」

 

「それが現場だ」

 

現場将校が歯を食いしばる。

 

「……現場を万能にするな」

 

久我が言った。

 

「なら代案を出せ」

 

現場将校は迷わず言う。

 

「正面戦闘は避けるべきだ」

 

「奪取は諦め、封印する」

 

室内がざわつく。

 

榊原が笑った。

 

「封印?」

 

「できると思うのか」

 

現場将校は視線を逸らさない。

 

「できるかどうかではない」

 

「やるしかない」

 

榊原の声が冷える。

 

「やらない」

 

「この国は戦っている」

 

「戦いのために資源を捨てない」

 

若い参謀が言う。

 

「資源じゃない。生き物だ」

 

榊原が即答。

 

「生き物の資源だ」

 

言い切る。

 

会議室の温度がさらに下がった。

 

⸻

 

情報部が口を挟む。

 

「補足。対象の消耗は捕食で補填される」

 

「これは心理的弱点にもなります」

 

久我が笑う。

 

「つまり、補給を断てば枯れる」

 

現場将校が言う。

 

「枯れる前に、こちらが枯れる」

 

情報部が淡々と返す。

 

「だから短期決戦です」

 

若い士官が呟く。

 

「……短期決戦って言葉、便利だな」

 

榊原が聞き逃さない。

 

「便利でいい。勝てればな」

 

⸻

 

会議は続いた。

 

「分断後の確保部隊は?」

 

「“対策装備”を持たせた小隊を三つ」

 

「バックアップに艦隊一個」

 

「軍属の反抗を想定」

 

「反抗したら?」

 

沈黙。

 

榊原が答えた。

 

「反抗できないようにする」

 

久我が言う。

 

「つまり、拠点の軍属も敵扱いだ」

 

榊原が頷く。

 

「邪魔なら敵だ」

 

若い参謀が立ち上がりかけた。

 

「それは――」

 

長机の端、年嵩の顧問が初めて口を開いた。

 

「座れ」

 

一言で若い参謀が座る。

 

顧問が榊原を見る。

 

「榊原少将。手続きだけは守れ」

 

榊原が返す。

 

「手続きは守ります」

 

「手続きの中で、全てやります」

 

顧問はそれ以上言わない。

 

言えないのか、言わないのか。

 

⸻

 

会議の最後に、榊原が言った。

 

「次の手は、速い」

 

「現場の準備は?」

 

現場将校が答える。

 

「間に合いません」

 

榊原が言う。

 

「間に合わせろ」

 

冷たい声だった。

 

「以上だ」

 

 

会議室を出ると、廊下の空気の方がまだ温かかった。

 

現場将校は壁にもたれ、深く息を吐いた。

 

若い士官が追いかけてきた。

 

「……あの、先輩」

 

「何だ」

 

「本当にやるんですか、あれ」

 

現場将校は即答しなかった。

 

「……やるだろうな」

 

「止められないんですか」

 

「止められるなら止めてる」

 

若い士官は拳を握った。

 

「対策装備、あれで勝てるって本気で思ってるんですか」

 

現場将校は苦く笑う。

 

「思ってない奴もいる」

 

「でも“思ってることにする”のが上だ」

 

若い士官が言う。

 

「じゃあ現場は」

 

「現場は死ぬ」

 

簡単に言った。

 

若い士官の顔色が変わる。

 

「……そんな」

 

現場将校は声を落とした。

 

「相手は化け物じゃない」

 

「もっと厄介だ」

 

「何が」

 

「意思がある」

 

「守るものがある」

 

「そして――」

 

「怒る理由がある」

 

若い士官は飲み込む。

 

「前回も……」

 

「そうだ」

 

「怒らせたのはこっちだ」

 

⸻

 

その廊下の先。

 

久我が榊原に並んで歩いていた。

 

久我は楽しそうに言う。

 

「現場が怖がっている」

 

榊原は無表情。

 

「怖がらせておけ」

 

「怖がりながらでも動く」

 

久我が言う。

 

「でも相手は“王”だ」

 

「王を取るなら、餌が必要だろう」

 

榊原が足を止める。

 

「餌?」

 

久我が微笑む。

 

「錨」

 

「女だ」

 

榊原の目が細くなる。

 

「余計な真似をするな」

 

久我が肩をすくめる。

 

「真似じゃない。提案だ」

 

「王は女で止まった」

 

「女を動かせば王は動く」

 

榊原は言い切る。

 

「女は“確保”だ」

 

「傷は最小」

 

久我が笑う。

 

「最小、ねえ」

 

その笑みが嫌だった。

 

榊原は睨む。

 

「余計なことをしたら切る」

 

久我の笑みが薄くなる。

 

「切れるなら切ってみろ」

 

二人の間に冷たい火花が散った。

 

⸻

 

別室。

 

情報部の小会議。

 

分析官が言う。

 

「内通候補、接触準備完了」

 

上官が言う。

 

「確認。動機は」

 

「保身」

 

「金」

 

「恨み」

 

「どれも弱いが、弱いから使える」

 

別の者が言う。

 

「拠点側は今、団結し始めている」

 

「隙は減る」

 

上官が頷く。

 

「だから急ぐ」

 

⸻

 

技術主任の部屋。

 

助手が言う。

 

「対策装備、現場から苦情が来てます」

 

技術主任が苛立つ。

 

「苦情は現場の仕事だ」

 

「こちらは形にした」

 

助手が言う。

 

「でも、赫子特効はありません」

 

技術主任が言う。

 

「だから火力で潰す」

 

「“特効”なんて幻想だ」

 

助手が小さく言う。

 

「幻想がある世界もあるって聞きますけど」

 

技術主任が睨む。

 

「聞きかじりを仕事に持ち込むな」

 

「ここは艦隊だ」

 

「現実で殴る」

 

その言い方が、皮肉だった。

 

現実で殴った結果、前回は殴り返されたのに。

 

⸻

 

夜。

 

榊原は一人、書類に目を通していた。

 

そこへ顧問が入る。

 

「榊原」

 

「何でしょう」

 

顧問は低い声で言う。

 

「これは制圧ではない」

 

「分断だ」

 

榊原が答える。

 

「必要です」

 

顧問が言う。

 

「必要であれば何でもするな」

 

榊原は淡々と返す。

 

「必要だからするのです」

 

顧問は黙る。

 

そして一言だけ。

 

「――手続きが、お前を守ると思うな」

 

榊原は顔を上げない。

 

「守るのは結果です」

 

顧問は去った。

 

⸻

 

同じ頃。

 

別の廊下で、若い士官が現場将校に言った。

 

「俺、行きたくないです」

 

現場将校は言った。

 

「行きたくなくても行く」

 

「……死にたくないです」

 

現場将校は少しだけ声を柔らかくした。

 

「死ぬな」

 

「どうやって」

 

「考えろ」

 

「逃げ道も含めてだ」

 

若い士官は目を見開く。

 

「逃げていいんですか」

 

現場将校は言った。

 

「生きて報告するなら、逃げるのも任務だ」

 

その言葉は、上層では絶対に出ない言葉だった。

 

⸻

 

管制棟の窓の外。

 

海は静かだった。

 

静かすぎる。

 

嵐の前の静けさ。

 

榊原は窓を見ながら言った。

 

「――次は、逃がさない」

 

その声は祈りではない。

 

執念だった。

 

⸻

 

資料の片隅。

 

小さなチェックが入る。

 

内通接触:実行

 

誰も声に出さないまま、

次の火種は、確かに点火された。

 

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