※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第49話 小さなズレ

 

朝の海は静かだった。

 

風が弱い。

波も低い。

空は薄く白んでいる。

 

だが、その穏やかさが逆に落ち着かなかった。

 

昨日までの訓練の熱も、整備の騒がしさも、今朝はどこか薄い。

音があるのに、遠い。

 

曙は桟橋の端に立ち、海を見ていた。

 

理由はない。

ただ、胸の奥が少しざわついている。

 

「……やだな」

 

小さく呟く。

 

言葉にしても意味はない。

でも黙っているよりはマシだった。

 

背後で足音がした。

 

「朝から難しい顔」

 

満潮だった。

 

缶コーヒーを二本持っている。

一本を無言で差し出す。

 

曙は受け取る。

 

「ありがと」

 

「で?」

 

「で、って何よ」

 

「何か考えてる顔」

 

曙はすぐには答えなかった。

缶を開け、湯気の残る匂いを吸い込む。

 

「……数」

 

「は?」

 

「数が合わないの」

 

満潮はすぐ理解した顔をした。

 

「部品?」

 

「昨日の倉庫」

 

「私も思った」

 

二人は同時に海を見る。

 

言葉が止まる。

 

同じ違和感を共有した時の沈黙だった。

 

⸻

 

工廠はいつもより騒がしかった。

 

金属音が跳ねる。

工具が転がる。

夕張の声が通る。

 

「違う違う違う!そこ触るとロマンが死ぬ!」

 

「ロマンより安全!」

 

明石の声がかぶる。

 

配線束を引っ張りながら、二人は同時に反対方向へ力を入れていた。

 

龍牙が横で腕を組んで見ている。

 

「どっちが正しい」

 

明石と夕張が同時に言う。

 

「私!!」

 

龍牙は少し考えた。

 

「爆発しない方」

 

「それ私!」

 

「それも私!」

 

結論は出なかった。

 

⸻

 

作業台の端に置かれた簡易艤装のユニットを、明石がふと持ち上げた。

 

軽い。

 

軽すぎる。

 

眉が動く。

 

「……あれ?」

 

夕張が振り向く。

 

「どしたの」

 

「ここにあった予備チップ」

 

「うん」

 

「無い」

 

夕張は笑った。

 

「昨日使ったんでしょ」

 

「使ってない」

 

「使ったって」

 

「使ってない」

 

声の温度が下がる。

 

夕張も近づく。

 

ケースを開ける。

仕切り。

空白。

 

「あれ」

 

明石が低く言う。

 

「数、合わない」

 

その言い方は冗談ではなかった。

 

夕張の表情も変わる。

 

「……記録見る」

 

端末を叩く。

 

ログを開く。

 

止まる。

 

「使用記録……無い」

 

二人の間に、ほんの一拍の沈黙が落ちた。

 

⸻

 

通信室は薄暗かった。

 

計器の光だけが点滅している。

 

時雨はヘッドセットを少しずらした。

 

耳が疲れる音だ。

 

一定の、細いノイズ。

 

海域ノイズではない。

 

波の揺れがない。

 

人工的すぎる。

 

「……変だな」

 

吹雪が振り向く。

 

「え?」

 

「このノイズ」

 

「昨日から?」

 

「うん」

 

満潮が椅子を回して近づく。

 

「妨害?」

 

「まだ弱い」

 

「でも意図はある」

 

吹雪が不安そうに言う。

 

「外から?」

 

時雨は首を横に振った。

 

「違う」

 

「近い」

 

その言葉に、確認の沈黙が落ちた。

 

⸻

 

食堂。

 

間宮が帳簿をめくっていた。

 

鳳翔が横で食材箱を確認している。

 

「……間宮さん」

 

「うん?」

 

「今日の補給数」

 

「うん」

 

「記録と違う」

 

間宮が顔を上げる。

 

もう一度見る。

 

確かに違う。

 

「昨日も少しズレてたの」

 

鳳翔が静かに言う。

 

「偶然が続いてます」

 

赤城が聞いていた。

 

箸を置く。

 

「偶然は三回続くと偶然ではありません」

 

翔鶴が苦笑する。

 

「統計の話?」

 

加賀が言う。

 

「現場の話です」

 

⸻

 

訓練海域。

 

海面は穏やかだった。

 

ハヤトは静かに立っている。

 

簡易艤装は今日は安定している。

 

少なくとも見た目は。

 

夕張が無線で言う。

 

「今日は浮いてる!」

 

明石が補足する。

 

「“今のところ”ね!」

 

瑞鶴が笑う。

 

「予防線張るなあ」

 

葵は岸で腕を組んでいる。

 

「今日は乗らないからね」

 

ハヤトが振り向く。

 

「乗れ」

 

「やだ」

 

「慣れろ」

 

「やだ」

 

炎慈が横で笑う。

 

「仲いいな」

 

葵「違う!」

 

⸻

 

ハヤトが三歩進んだところで、

 

足元が沈んだ。

 

一瞬。

 

バランスが崩れる。

 

「……」

 

無言で岸へ戻る。

 

瑞鶴が吹き出す。

 

「無言帰還!」

 

明石がもう分解している。

 

夕張が覗く。

 

「……これ」

 

「触られてる」

 

明石が言う。

 

「意図的に」

 

空気が、わずかに変わった。

 

⸻

 

夕方。

 

提督室。

 

白瀬は報告書を並べていた。

 

部品不足。

通信ノイズ。

補給ズレ。

装備異常。

 

一つなら事故。

 

三つなら偶然。

 

五つなら――

 

「仕込みだな」

 

長門が言う。

 

「同意だ」

 

加賀が続ける。

 

「内部に手が入っています」

 

白瀬は椅子に深く座った。

 

「騒ぐな」

 

「泳がせる」

 

長門の目が細くなる。

 

「釣るか」

 

「ああ」

 

静かな声だった。

 

だが決定の声だった。

 

⸻

 

夜。

 

拠点は眠っている。

 

だが――

 

どこかで、

 

誰かが、

 

まだ起きている。

 

小さな光の下で、

誰かが端末を閉じた。

 

足音は、出さない。

 

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