※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第50話 火花の匂い

 

夜明け前の空気は、昼間より音が少ない。

 

拠点の金属床は冷え、

壁はわずかに湿気を含んでいる。

 

照明は半分だけ点灯していた。

 

完全な夜でも、完全な朝でもない時間帯。

 

整備区画だけが起きている。

 

工具の触れ合う小さな音が、やけに遠くまで響く。

 

明石は端末と睨み合っていた。

 

画面に並ぶのは出力ログ。

 

正常値。

正常値。

正常値。

 

――一瞬だけ異常。

 

「……またここ」

 

小さく呟く。

 

グラフの谷は一瞬だけ落ちている。

だが確かに落ちている。

 

夕張が床に寝転んだまま言う。

 

「まだ気にしてるの?」

 

「気にするよ」

 

「でも一瞬じゃん」

 

「一瞬が怖いの」

 

夕張は回転椅子を足で蹴って起き上がった。

 

「爆発してないんだからセーフ!」

 

「その基準やめて」

 

⸻

 

奥の作業台で、簡易艤装の分解ユニットが並んでいる。

 

三号機。

四号機。

改修中。

 

明石が手を伸ばした、その時だった。

 

金属の奥から、微かな音。

 

チッ――

 

火花。

 

細い。

 

一瞬。

 

だが異様に鋭い。

 

明石の手が止まる。

 

「……今の何」

 

夕張が顔を上げる。

 

「え?」

 

「音した」

 

「してないよ」

 

明石はしゃがみ込む。

 

匂いを嗅ぐ。

 

金属臭。

 

そして――

 

焦げた匂い。

 

「……配線、切れてる」

 

「は?」

 

夕張も覗き込む。

 

被覆が焼けている。

 

「ショート?」

 

「違う」

 

明石は即答した。

 

「ここ、切られてる」

 

「焼けたんじゃない」

 

「削られてる」

 

夕張の表情が変わる。

 

「……誰が」

 

その時。

 

遠くで、重い音がした。

 

ドン。

 

床が揺れる。

 

二人同時に顔を上げた。

 

⸻

 

格納倉庫側。

 

煙が上がっていた。

 

黒くはない。

 

灰色。

 

制御爆発の煙だ。

 

龍牙が最初に走り込んだ。

 

「止まれ!」

 

反射で叫ぶ。

 

爆発規模を瞬時に読む。

 

連鎖はない。

 

だが近づきすぎるな。

 

満潮と曙が駆け込んでくる。

 

「何!?」

 

「事故?」

 

龍牙が言う。

 

「事故に見える爆発だ」

 

「見える?」

 

「見せてる」

 

⸻

 

消火班が動く。

 

泡剤が散布される。

 

煙が薄くなる。

 

中が見える。

 

補助電源ユニット。

 

配線が裂けている。

 

焼損ではない。

 

切断。

 

曙が言う。

 

「……これ、工具痕」

 

満潮が低く言う。

 

「事故じゃない」

 

⸻

 

同じ頃。

 

医療区画側通路。

 

葵は資料を抱えて歩いていた。

 

昨夜の赫子消耗の記録。

 

音羽の補足メモ。

 

ハヤトの消費推定。

 

読むたびに、胸が重くなる。

 

「……満タンなら無尽蔵」

 

その言葉が頭から離れない。

 

それがどれほど危険かも分かる。

 

同時に――どれほど孤独かも。

 

角を曲がる。

 

足が止まる。

 

床に何かが転がっている。

 

小さな金属片。

 

拾う。

 

焦げている。

 

その瞬間。

 

背後で音。

 

カチ。

 

振り向く。

 

小型の整備ドローンが停止している。

 

異常な位置で。

 

異常な角度で。

 

「……?」

 

ドローンの下部。

 

配線が露出している。

 

そして――

 

火花。

 

葵の目が見開く。

 

「――っ!」

 

反射で身を引く。

 

ドローンが破裂した。

 

破片が壁に刺さる。

 

音は小さい。

 

だが近距離では十分危険だった。

 

⸻

 

影が落ちる。

 

次の瞬間、炎慈がいた。

 

葵の前に。

 

破片を腕で受けている。

 

「遅れた」

 

葵の呼吸が荒い。

 

「今の……」

 

炎慈が床を見る。

 

破片。

回路。

細工痕。

 

「事故じゃない」

 

声が低い。

 

怒りの温度だ。

 

⸻

 

通路の奥からハヤトが歩いてくる。

 

早くない。

 

だが間に合う歩幅。

 

床の破片を見る。

 

ドローンを見る。

 

炎慈を見る。

 

葵を見る。

 

「狙いが雑だ」

 

炎慈が答える。

 

「試しだろ」

 

「反応を見るための」

 

ハヤトの目が細くなる。

 

赫眼ではない。

 

だが冷たい。

 

⸻

 

警報はまだ鳴っていない。

 

だからこそ分かる。

 

意図的に小さくやっている。

 

⸻

 

提督室。

 

報告が同時に入る。

 

整備爆発。

電源ユニット破壊。

ドローン破裂未遂。

 

白瀬は一度だけ目を閉じた。

 

そして言った。

 

「確定だ」

 

長門が問う。

 

「内部か」

 

「ああ」

 

加賀が言う。

 

「もう泳がせる段階ではありません」

 

白瀬が首を振る。

 

「いや」

 

「もう少し泳がせる」

 

長門がわずかに笑う。

 

「釣り上げる気だな」

 

「丸ごとな」

 

⸻

 

拠点はまだ通常運転を続けている。

 

だが空気は変わった。

 

誰もが気づいていないふりをしている。

 

その方が――

獲物が動くからだ。

 

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