※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第51話 疑いの匂い

 

爆発の匂いは、思ったより長く残る。

 

焦げた金属と絶縁材の混じった匂いは、

換気を回しても、どこかにへばりつく。

 

整備区画を通るたび、曙はそれを感じた。

 

鼻の奥に引っかかる。

 

不快というより――警告に近い。

 

(消えてない)

 

事故なら、もう少し“終わった空気”になる。

でも違う。

 

まだ続いている空気だ。

 

通路の角で足を止める。

 

床に残る細かな傷を見る。

 

工具痕。

 

削った痕。

 

「……雑」

 

わざとらしいくらい雑だ。

 

だが、それが逆に不気味だった。

 

隠す気がないのか。

それとも――

 

(見せてる?)

 

後ろから足音。

 

満潮だった。

 

「また見てる」

 

「見るでしょ」

 

「分かるけど」

 

満潮も床を見る。

 

しゃがみ込む。

 

指でなぞる。

 

「これ、急いでやってる」

 

「うん」

 

「慣れてない」

 

曙が言う。

 

「整備員じゃない」

 

満潮が頷く。

 

「同意」

 

二人の視線が上がる。

 

周囲を見る。

 

誰もいない。

 

だが“見られている感覚”だけが残る。

 

⸻

 

工廠はいつもより静かだった。

 

昨日までの言い合いも、ロマン論争もない。

 

明石は工具を置く音まで小さい。

 

夕張も冗談を言わない。

 

それだけで異常だった。

 

「ログ、もう一回出して」

 

「出してる」

 

「その前」

 

「出してるって」

 

端末の光が二人の顔を照らしている。

 

疲れの影が濃い。

 

明石が言う。

 

「ねえ夕張」

 

「ん」

 

「誰か入ったと思う?」

 

夕張はすぐには答えなかった。

 

キーを叩く指を止める。

 

考える。

 

「……入った」

 

「痕跡は?」

 

「薄い」

 

「でもある」

 

二人は同時に息を吐いた。

 

⸻

 

龍牙が柱にもたれて聞いている。

 

「罠を置くか」

 

明石が振り向く。

 

「もう置いてる」

 

夕張が言う。

 

「三つ」

 

「全部ダミー部品」

 

龍牙が笑う。

 

「性格悪いな」

 

明石が即答する。

 

「整備班は性格悪いよ」

 

⸻

 

医療区画。

 

葵は椅子に座ったまま、手元の記録を閉じていた。

 

爆発未遂のあとから、周囲の視線が少し増えた。

 

気遣いの視線。

 

心配の視線。

 

でもそれとは別に――

 

測る視線もある。

 

誰かが、距離を測っている。

 

自分とハヤトの距離を。

 

自分と冥焔連の距離を。

 

それが分かる。

 

(狙いは私)

 

怖いとは思わなかった。

 

腹が立つ方が先だった。

 

ドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

入ってきたのは、見慣れた整備補助員。

 

名前はすぐ出てこない。

 

でも顔は知っている。

 

それくらいの距離の人。

 

「大丈夫ですか」

 

「うん」

 

「破片、飛んだって聞いて」

 

「かすっただけ」

 

嘘ではない。

 

本当でもない。

 

補助員は少し笑った。

 

安心させる笑い。

 

だが、目が笑っていない。

 

「気をつけてください」

 

「最近、物騒で」

 

葵はその言い方に引っかかった。

 

最近?

 

最近だけ?

 

「……前からだよ」

 

「え?」

 

「物騒なの」

 

補助員は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

すぐ笑い直す。

 

「そうですね」

 

会話はそれで終わった。

 

だが――

 

空気は終わらなかった。

 

ドアが閉まる直前。

 

補助員の視線が、廊下の奥を一瞬だけ見た。

 

確認の視線だった。

 

(誰を見た?)

 

葵は立ち上がる。

 

ドアを開ける。

 

もういない。

 

曲がり角だけが残っている。

 

⸻

 

提督室。

 

白瀬は報告を読み終えたところだった。

 

机の上に三つの写真。

 

切断配線。

削られた制御板。

爆破ドローン。

 

長門が言う。

 

「同一犯だ」

 

「だな」

 

「手口が同じ」

 

白瀬が言う。

 

「焦っている」

 

加賀が聞く。

 

「なぜ」

 

「小さく揺らしている」

 

「様子見だ」

 

長門が低く言う。

 

「接触前の反応確認」

 

「その通りだ」

 

白瀬は椅子にもたれた。

 

「来るぞ」

 

「次は人だ」

 

⸻

 

駆逐艦寮の廊下。

 

消灯後。

 

足音が一つ。

 

静かに。

 

止まる。

 

ノックはしない。

 

ただ――小さな紙が滑り込む。

 

ドアの下から。

 

足音は去る。

 

気配も消える。

 

部屋の中。

 

時雨が目を開ける。

 

気配で起きるタイプだ。

 

布団から出る。

 

紙を見る。

 

拾う。

 

一行。

 

「明日、整備区画裏通路。単独で」

 

時雨は表情を変えない。

 

だが目が冷える。

 

紙を折る。

 

燃やす。

 

灰だけを残す。

 

小さく呟く。

 

「……来たね」

 

⸻

 

夜はまだ終わらない。

 

誰かが動いている。

 

誰かが待っている。

 

疑いは、静かに広がっていた。

 

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