※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

55 / 71
第55話 見えない網のほどき方

 

拠点の地図は、机の上に広げられていた。

 

だがそれは公式図面ではない。

 

狂禍の前にあるのは、

線と点と印だけで構成された図だった。

 

廊下。

死角。

視界。

音の反響。

人の癖。

 

それらを重ねて書いた“生きた地図”。

 

「ここが交点」

 

狂禍が指で叩く。

 

紙ではなく、床に広げた透明シート。

 

その下に公式図面。

 

上に手書きの動線。

 

周囲にいるのは、冥焔連の数名。

 

誰も大きな声を出さない。

 

作戦会議なのに、声が低い。

 

「連絡は縦じゃない」

 

狂禍が言う。

 

「横だ」

 

一人が聞く。

 

「横?」

 

「セル型」

 

「互いを全部は知らない」

 

「だから崩す時は――」

 

指が一本の線をなぞる。

 

「端から」

 

炎慈が腕を組んで聞いている。

 

「真ん中から折らねえのか」

 

狂禍が笑う。

 

「真ん中は逃げる」

 

「端は気づかれない」

 

炎慈の口元が少し上がる。

 

「性格出てるな」

 

「仕事だ」

 

⸻

 

拘束した工作員は、もう喋らない。

 

だが喋る必要もない。

 

持ち物。

歩き方。

接触点。

 

そこから十分に読める。

 

「三層」

 

狂禍が言う。

 

「連絡役」

 

「中継役」

 

「埋設役」

 

「今捕まえたのは中継」

 

部下が言う。

 

「埋設は?」

 

「もういる」

 

狂禍は天井を見た。

 

正確には――

 

その先を見ている。

 

「だからもう動いてる」

 

⸻

 

葵は一人で歩かないようになった。

 

命令ではない。

 

自然とそうなった。

 

隣にいるのは音羽。

 

距離は半歩。

 

近すぎない。

 

遠すぎない。

 

「護衛って、もっと前に出るものじゃない?」

 

葵が言う。

 

音羽は首を振る。

 

「前に出るのは盾」

 

「私は違う」

 

「何?」

 

「刃」

 

言い方は静かだった。

 

でも本気だった。

 

葵は少し笑う。

 

「頼もしいね」

 

音羽は答えない。

 

視線は動いている。

 

壁の角。

床の反射。

窓の外。

 

一度も止まらない。

 

⸻

 

途中で整備員がすれ違う。

 

帽子。

工具箱。

 

音羽の視線が一瞬だけ止まる。

 

歩幅を見る。

 

重心を見る。

 

息を見る。

 

通り過ぎる。

 

何も言わない。

 

だが記憶した。

 

(違う)

 

味方の歩き方ではない。

 

⸻

 

表の警戒ライン。

 

正門側。

 

龍牙が立っている。

 

腕を組み、壁にもたれず、

完全な直立でもない。

 

いつでも動ける姿勢。

 

見張りの艦娘が言う。

 

「圧が強いです」

 

龍牙が言う。

 

「仕事だ」

 

吹雪が苦笑する。

 

「威圧もですか」

 

「威圧は無料だ」

 

満潮が小さく笑う。

 

「理にかなってる」

 

⸻

 

通過証を見せる整備員の手が震えた。

 

龍牙は見逃さない。

 

「緊張するか」

 

整備員が言う。

 

「い、いえ」

 

「ならいい」

 

通す。

 

だが――

 

背後の壁に軽く爪を当てた。

 

カチ。

 

小さな音。

 

合図だ。

 

上にいる。

 

冥焔連が。

 

⸻

 

梁の上。

 

二人。

 

目線だけで了解する。

 

尾行開始。

 

⸻

 

ハヤトは動かない。

 

桟橋にいる。

 

海を見ている。

 

だが見ているのは海ではない。

 

拠点全体の“流れ”。

 

誰がどこにいるか。

 

誰がどの空気を持っているか。

 

全部分かる。

 

炎慈が来る。

 

「全部動いてる」

 

「ああ」

 

「指示出さねえのか」

 

ハヤトは首を横に振る。

 

「要らない」

 

「信頼か」

 

「違う」

 

一拍。

 

「事実だ」

 

炎慈が笑う。

 

「家族だもんな」

 

「ああ」

 

⸻

 

同時刻。

 

裏配管区画。

 

狂禍の部隊が一人を止めた。

 

声なし。

 

衝撃なし。

 

ただ――

 

動きを止めた。

 

口を塞ぐ。

 

視界を遮る。

 

関節を固定する。

 

床に寝かせる。

 

終わり。

 

「二本目」

 

狂禍が言う。

 

「まだ切らない」

 

部下が聞く。

 

「なぜ」

 

「泳がせる」

 

「網は全部見てから切る」

 

⸻

 

点と点が線になる。

 

線と線が網になる。

 

網の形が、ようやく見えてきた。

 

そして――

 

その中心も。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。