葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
海は静かだった。
まるで何も起きていないかのように、
同じ間隔で波が砕けている。
だが拠点の中は違った。
空気が張り詰めている。
誰も叫ばない。
誰も走らない。
それでも全員が、何かが始まったと分かっている。
見えない号令が落ちたからだ。
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桟橋。
ハヤトは海を見たまま立っている。
微動だにしない。
風がコートの裾を揺らすだけ。
その半歩後ろに、深赫がいた。
背が高い。
影が濃い。
赫眼は出していない。
だが存在感が圧力になる。
炎慈が言った。
「王命、通った」
ハヤトは答えない。
もう言葉は要らない。
出した指示は一つ。
全部折れ。
それで十分だった。
深赫が低く言う。
「静かだな」
炎慈が笑う。
「嵐の前はな」
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裏倉庫。
白衣の女は立たされていた。
足が震えている。
だが逃げない。
逃げても無駄だと知っている。
狂禍が言う。
「時間だ」
女が小さく頷く。
涙はもう出ない。
出し切った。
端末を握る。
位置情報を送る。
指定地点。
誘導。
“幹”が来る場所。
送信完了。
手が下がる。
狂禍はそれを確認し、部下に目線だけで合図する。
展開。
無音で散る。
倉庫周辺の影が増える。
誰も気づかない増え方。
⸻
炎慈は通路の交差点を押さえた。
立っているだけで封鎖になる体格。
腕を組み、壁に背を預ける。
誰かが近づく。
足音。
整備員。
通行証を出そうとする。
炎慈は言う。
「いらねえ」
「戻れ」
声は低い。
逆らえない温度。
整備員は言い返せない。
踵を返す。
炎慈は見送らない。
もう視線は別方向へ向いている。
次の影を見る。
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龍牙は補給ラインを押さえていた。
搬入口。
通用扉。
外部接続口。
艦娘が二名ついている。
吹雪と満潮。
吹雪が小声で言う。
「今日、怖いです」
龍牙は答える。
「正常だ」
満潮が言う。
「怖くない方が異常だよね」
龍牙がわずかに頷く。
「敵が来る」
「だから怖い」
「怖いのは正しい」
その言い方が、不思議と落ち着かせた。
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医療区画。
葵の動線はすべて変更された。
単独行動ゼロ。
死角ゼロ。
扉の前後に必ず二名。
音羽が常に隣にいる。
距離は半歩から変わらない。
葵が言う。
「やり過ぎじゃない?」
音羽は首を振る。
「まだ足りない」
「そこまで?」
「王命だから」
葵は息を吐く。
「容赦ないね」
音羽は答える。
「敵には」
その言葉の重さを、葵はもう理解している。
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提督室。
白瀬は立ったままモニターを見ていた。
映像は少ない。
冥焔連はカメラを嫌う。
だから断片しか映らない。
断片でも分かる。
“狩り”だ。
長門が低く言う。
「容赦がない」
白瀬が答える。
「ああ」
「守るやり方としては最悪だ」
加賀が言う。
「非人道的です」
白瀬は否定しない。
「その通りだ」
沈黙。
そして続ける。
「だが——」
視線をモニターから外さない。
「それが、あいつらの守り方だ」
自分に言い聞かせるように。
艦娘たちに言い聞かせるように。
「中途半端に情を挟まない」
「敵と味方を混ぜない」
「線を引く」
長門が言う。
「冷たいな」
白瀬が答える。
「だから強い」
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指定地点。
倉庫裏通路。
足音が三つ。
幹だ。
軍属の制服。
だが動きが違う。
迷いがない。
突入前提の歩き方。
「医務は」
「この先だ」
声が低い。
短い。
現場慣れしている。
狂禍は天井裏から見ていた。
(幹)
匂いが違う。
命令する側の匂い。
使う側の匂い。
「確定」
小声で呟く。
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その瞬間だった。
外で警報が鳴った。
短く。
鋭く。
侵入警報。
龍牙の無線が低く鳴る。
「来た」
炎慈の声。
「武装」
白瀬の声が割り込む。
「対喰種装備部隊、侵入確認」
空気が一気に戦場へ変わる。
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正門側。
黒い装甲。
重装シールド。
大型ライフル。
対喰種装備。
専用ではない。
だが“想定”して作られた装備。
兵士が叫ぶ。
「確保優先!」
「殺すな!」
その命令が、逆に危険だった。
炎慈が笑う。
「甘いな」
龍牙が前へ出る。
艦娘たちが構える。
吹雪が震えながら砲を上げる。
「撃っていい!?」
白瀬の声。
「防衛許可!」
⸻
倉庫裏。
幹の三人が警報で振り向く。
「まずい!」
逃げようとする。
だが遅い。
狂禍が降りた。
音もなく。
「終わりだ」
一人が撃つ。
徹甲弾。
狂禍は避けない。
赫子が一瞬だけ硬化し、弾を弾く。
兵士の目が見開く。
「効か——」
言い切れない。
喉が止まる。
無音で落ちる。
⸻
桟橋。
ハヤトは動かない。
深赫が横で言う。
「始まった」
ハヤトは答える。
「ああ」
炎慈の声が無線で入る。
「全面衝突だ」
ハヤトは短く言った。
「潰せ」
それが最後の言葉だった。
王命は、もう十分に届いている。
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拠点内で、
ついに武力衝突が始まった。
狩りは静かに始まり、
戦闘は激しく始まった。