※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第58話 守る為の“非情“

 

海は静かだった。

 

まるで何も起きていないかのように、

同じ間隔で波が砕けている。

 

だが拠点の中は違った。

 

空気が張り詰めている。

 

誰も叫ばない。

誰も走らない。

それでも全員が、何かが始まったと分かっている。

 

見えない号令が落ちたからだ。

 

⸻

 

桟橋。

 

ハヤトは海を見たまま立っている。

 

微動だにしない。

 

風がコートの裾を揺らすだけ。

 

その半歩後ろに、深赫がいた。

 

背が高い。

影が濃い。

赫眼は出していない。

 

だが存在感が圧力になる。

 

炎慈が言った。

 

「王命、通った」

 

ハヤトは答えない。

 

もう言葉は要らない。

 

出した指示は一つ。

 

全部折れ。

 

それで十分だった。

 

深赫が低く言う。

 

「静かだな」

 

炎慈が笑う。

 

「嵐の前はな」

 

⸻

 

裏倉庫。

 

白衣の女は立たされていた。

 

足が震えている。

 

だが逃げない。

 

逃げても無駄だと知っている。

 

狂禍が言う。

 

「時間だ」

 

女が小さく頷く。

 

涙はもう出ない。

 

出し切った。

 

端末を握る。

 

位置情報を送る。

 

指定地点。

 

誘導。

 

“幹”が来る場所。

 

送信完了。

 

手が下がる。

 

狂禍はそれを確認し、部下に目線だけで合図する。

 

展開。

 

無音で散る。

 

倉庫周辺の影が増える。

 

誰も気づかない増え方。

 

⸻

 

炎慈は通路の交差点を押さえた。

 

立っているだけで封鎖になる体格。

 

腕を組み、壁に背を預ける。

 

誰かが近づく。

 

足音。

 

整備員。

 

通行証を出そうとする。

 

炎慈は言う。

 

「いらねえ」

 

「戻れ」

 

声は低い。

 

逆らえない温度。

 

整備員は言い返せない。

 

踵を返す。

 

炎慈は見送らない。

 

もう視線は別方向へ向いている。

 

次の影を見る。

 

⸻

 

龍牙は補給ラインを押さえていた。

 

搬入口。

通用扉。

外部接続口。

 

艦娘が二名ついている。

 

吹雪と満潮。

 

吹雪が小声で言う。

 

「今日、怖いです」

 

龍牙は答える。

 

「正常だ」

 

満潮が言う。

 

「怖くない方が異常だよね」

 

龍牙がわずかに頷く。

 

「敵が来る」

 

「だから怖い」

 

「怖いのは正しい」

 

その言い方が、不思議と落ち着かせた。

 

⸻

 

医療区画。

 

葵の動線はすべて変更された。

 

単独行動ゼロ。

死角ゼロ。

扉の前後に必ず二名。

 

音羽が常に隣にいる。

 

距離は半歩から変わらない。

 

葵が言う。

 

「やり過ぎじゃない?」

 

音羽は首を振る。

 

「まだ足りない」

 

「そこまで?」

 

「王命だから」

 

葵は息を吐く。

 

「容赦ないね」

 

音羽は答える。

 

「敵には」

 

その言葉の重さを、葵はもう理解している。

 

⸻

 

提督室。

 

白瀬は立ったままモニターを見ていた。

 

映像は少ない。

 

冥焔連はカメラを嫌う。

 

だから断片しか映らない。

 

断片でも分かる。

 

“狩り”だ。

 

長門が低く言う。

 

「容赦がない」

 

白瀬が答える。

 

「ああ」

 

「守るやり方としては最悪だ」

 

加賀が言う。

 

「非人道的です」

 

白瀬は否定しない。

 

「その通りだ」

 

沈黙。

 

そして続ける。

 

「だが——」

 

視線をモニターから外さない。

 

「それが、あいつらの守り方だ」

 

自分に言い聞かせるように。

 

艦娘たちに言い聞かせるように。

 

「中途半端に情を挟まない」

 

「敵と味方を混ぜない」

 

「線を引く」

 

長門が言う。

 

「冷たいな」

 

白瀬が答える。

 

「だから強い」

 

⸻

 

指定地点。

 

倉庫裏通路。

 

足音が三つ。

 

幹だ。

 

軍属の制服。

 

だが動きが違う。

 

迷いがない。

 

突入前提の歩き方。

 

「医務は」

 

「この先だ」

 

声が低い。

 

短い。

 

現場慣れしている。

 

狂禍は天井裏から見ていた。

 

(幹)

 

匂いが違う。

 

命令する側の匂い。

 

使う側の匂い。

 

「確定」

 

小声で呟く。

 

⸻

 

その瞬間だった。

 

外で警報が鳴った。

 

短く。

鋭く。

 

侵入警報。

 

龍牙の無線が低く鳴る。

 

「来た」

 

炎慈の声。

 

「武装」

 

白瀬の声が割り込む。

 

「対喰種装備部隊、侵入確認」

 

空気が一気に戦場へ変わる。

 

⸻

 

正門側。

 

黒い装甲。

重装シールド。

大型ライフル。

 

対喰種装備。

 

専用ではない。

 

だが“想定”して作られた装備。

 

兵士が叫ぶ。

 

「確保優先!」

 

「殺すな!」

 

その命令が、逆に危険だった。

 

炎慈が笑う。

 

「甘いな」

 

龍牙が前へ出る。

 

艦娘たちが構える。

 

吹雪が震えながら砲を上げる。

 

「撃っていい!?」

 

白瀬の声。

 

「防衛許可!」

 

⸻

 

倉庫裏。

 

幹の三人が警報で振り向く。

 

「まずい!」

 

逃げようとする。

 

だが遅い。

 

狂禍が降りた。

 

音もなく。

 

「終わりだ」

 

一人が撃つ。

 

徹甲弾。

 

狂禍は避けない。

 

赫子が一瞬だけ硬化し、弾を弾く。

 

兵士の目が見開く。

 

「効か——」

 

言い切れない。

 

喉が止まる。

 

無音で落ちる。

 

⸻

 

桟橋。

 

ハヤトは動かない。

 

深赫が横で言う。

 

「始まった」

 

ハヤトは答える。

 

「ああ」

 

炎慈の声が無線で入る。

 

「全面衝突だ」

 

ハヤトは短く言った。

 

「潰せ」

 

それが最後の言葉だった。

 

王命は、もう十分に届いている。

 

⸻

 

拠点内で、

ついに武力衝突が始まった。

 

狩りは静かに始まり、

戦闘は激しく始まった。

 

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