※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第59話 王の盾

 

警報は、止まらなかった。

 

短い断続音が拠点中に響いている。

鼓動のように。

不安を増幅させるリズムで。

 

廊下を走る足音。

無線の混線。

武装ロックの解除音。

 

それでも――

 

桟橋だけは静かだった。

 

波の音だけがある。

 

その静けさの中心に、ハヤトは立っている。

 

動かない。

 

振り向かない。

 

逃げない。

 

ただ、そこにいる。

 

深赫が半歩後ろで腕を組んでいた。

巨大な影のように。

 

⸻

 

正門側から砲声が響いた。

 

艦娘たちが動こうとする。

 

吹雪が前へ出る。

 

「提督!出撃許可を——」

 

白瀬が言い切る前に、

別の声が割り込んだ。

 

低い。

 

揺れない。

 

王の声。

 

「要らない」

 

全員の動きが止まる。

 

通信越しでも分かる圧だった。

 

吹雪が息を呑む。

 

「でも——!」

 

ハヤトの声が重なる。

 

「来るな」

 

短い。

 

命令ではない。

 

拒絶でもない。

 

線引きだった。

 

⸻

 

「手を汚すのは」

 

一拍。

 

「俺たちで十分だ」

 

無線が静まり返る。

 

言葉が落ちた場所の空気が変わる。

 

曙が歯を食いしばる。

 

「何それ……」

 

満潮が低く言う。

 

「守るってことだよ」

 

「でも!」

 

曙の拳が震える。

 

「一緒に戦うって言ったじゃない!」

 

その言葉は正しい。

 

だが——

 

冥焔連の価値観では違う。

 

⸻

 

炎慈の声が割り込む。

 

笑っている声だった。

 

「元よりそのつもりだ」

 

龍牙も言う。

 

「俺たちの領分だ」

 

狂禍が低く続ける。

 

「敵は、俺たちが狩る」

 

軽い。

 

まるで当然のように。

 

そこに自己犠牲の悲壮感はない。

 

あるのは、職務のような自然さ。

 

吹雪が呆然とする。

 

「……怖い」

 

時雨が小さく言う。

 

「うん」

 

「でも」

 

視線を正門へ向ける。

 

「頼もしい」

 

⸻

 

戦闘はすでに各所で始まっていた。

 

整備区画。

 

対喰種部隊が突入する。

 

重装シールド前列。

徹甲ライフル後列。

 

「捕縛優先!」

 

「頭部狙撃準備!」

 

引き金が引かれる。

 

轟音。

 

弾丸が飛ぶ。

 

赫子が展開する。

 

止まる。

 

兵士が目を見開く。

 

「……硬化!?」

 

二発目。

 

三発目。

 

貫通しない。

 

割れない。

 

止まる。

 

炎慈が笑う。

 

赫眼が開く。

 

「軽いな」

 

次の瞬間、距離が消えた。

 

⸻

 

補給庫側。

 

龍牙が前に出る。

 

敵が拘束ワイヤー弾を撃つ。

 

展開。

 

絡む。

 

締め上げる。

 

「捕縛——」

 

言い切る前に、ワイヤーが逆に引きちぎられた。

 

筋肉ではない。

 

赫子でもない。

 

力そのものが違う。

 

龍牙が言う。

 

「細い」

 

兵士が後ずさる。

 

初めて。

 

対策装備のはずだった。

 

優位のはずだった。

 

だが——

 

効いていない。

 

⸻

 

医療区画。

 

音羽が前に出る。

 

葵の前に立つ。

 

対策部隊が廊下を押さえる。

 

「対象確認!」

 

「女を——」

 

言葉が止まる。

 

視界に入ったからだ。

 

音羽の赫眼。

 

冷たい光。

 

感情のない光。

 

「通さない」

 

静かな声。

 

その一言で、兵士の足が止まる。

 

⸻

 

倉庫裏。

 

狂禍が歩く。

 

敵が撃つ。

 

弾道を読まない。

 

撃たせてから動く。

 

結果だけをずらす。

 

兵士の喉が乾く。

 

「当たらない……」

 

狂禍が囁く。

 

「当てるな」

 

「捕らえろ」

 

「狙うな」

 

言葉で揺さぶる。

 

揺れた瞬間に折る。

 

⸻

 

無線が混線する。

 

「効かない!」

 

「拘束保持不能!」

 

「再生確認!」

 

「何だこいつらは!」

 

恐怖が混じる。

 

命令系統に。

 

声の震えに。

 

⸻

 

提督室。

 

白瀬はそれを全部聞いていた。

 

長門が言う。

 

「通用していない」

 

加賀が言う。

 

「想定外です」

 

白瀬は低く言った。

 

「想定が甘い」

 

「相手は“人型兵器”じゃない」

 

「喰種だ」

 

その言葉に重みがあった。

 

⸻

 

増援が入る。

 

複数。

 

重装。

 

大型盾。

 

対喰種制圧分隊。

 

進路は——桟橋。

 

王の位置。

 

⸻

 

桟橋。

 

ハヤトは動かない。

 

深赫が前へ出た。

 

一歩。

 

だけ。

 

それで十分だった。

 

兵士たちが足を止める。

 

でかい。

 

威圧が物理的に来る。

 

深赫が腕を組んだまま笑った。

 

不敵に。

 

「ここから先は」

 

声が低い。

 

地鳴りのように。

 

「王の前だ」

 

一人が叫ぶ。

 

「撃て!!」

 

斉射。

 

徹甲弾。

 

爆発弾。

 

煙が上がる。

 

視界が白くなる。

 

煙が割れる。

 

深赫は立っていた。

 

一歩も下がっていない。

 

傷もない。

 

「軽いな」

 

赫子がゆっくり展開する。

 

巨大。

 

厚い。

 

重い。

 

王の盾。

 

冥焔連No.3。

 

初めて、公の場で牙を見せた。

 

⸻

 

深赫が前へ出る。

 

地面が軋む。

 

兵士の足が後退する。

 

本能が理解した。

 

これは——

 

突破できない。

 

⸻

 

ハヤトはその背中を見ていた。

 

動かない。

 

命じない。

 

ただ一言だけ、静かに言った。

 

「任せた」

 

深赫が笑った。

 

「当然だ」

 

⸻

 

王の盾が、戦場に立った。

 

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