葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
警報は、止まらなかった。
短い断続音が拠点中に響いている。
鼓動のように。
不安を増幅させるリズムで。
廊下を走る足音。
無線の混線。
武装ロックの解除音。
それでも――
桟橋だけは静かだった。
波の音だけがある。
その静けさの中心に、ハヤトは立っている。
動かない。
振り向かない。
逃げない。
ただ、そこにいる。
深赫が半歩後ろで腕を組んでいた。
巨大な影のように。
⸻
正門側から砲声が響いた。
艦娘たちが動こうとする。
吹雪が前へ出る。
「提督!出撃許可を——」
白瀬が言い切る前に、
別の声が割り込んだ。
低い。
揺れない。
王の声。
「要らない」
全員の動きが止まる。
通信越しでも分かる圧だった。
吹雪が息を呑む。
「でも——!」
ハヤトの声が重なる。
「来るな」
短い。
命令ではない。
拒絶でもない。
線引きだった。
⸻
「手を汚すのは」
一拍。
「俺たちで十分だ」
無線が静まり返る。
言葉が落ちた場所の空気が変わる。
曙が歯を食いしばる。
「何それ……」
満潮が低く言う。
「守るってことだよ」
「でも!」
曙の拳が震える。
「一緒に戦うって言ったじゃない!」
その言葉は正しい。
だが——
冥焔連の価値観では違う。
⸻
炎慈の声が割り込む。
笑っている声だった。
「元よりそのつもりだ」
龍牙も言う。
「俺たちの領分だ」
狂禍が低く続ける。
「敵は、俺たちが狩る」
軽い。
まるで当然のように。
そこに自己犠牲の悲壮感はない。
あるのは、職務のような自然さ。
吹雪が呆然とする。
「……怖い」
時雨が小さく言う。
「うん」
「でも」
視線を正門へ向ける。
「頼もしい」
⸻
戦闘はすでに各所で始まっていた。
整備区画。
対喰種部隊が突入する。
重装シールド前列。
徹甲ライフル後列。
「捕縛優先!」
「頭部狙撃準備!」
引き金が引かれる。
轟音。
弾丸が飛ぶ。
赫子が展開する。
止まる。
兵士が目を見開く。
「……硬化!?」
二発目。
三発目。
貫通しない。
割れない。
止まる。
炎慈が笑う。
赫眼が開く。
「軽いな」
次の瞬間、距離が消えた。
⸻
補給庫側。
龍牙が前に出る。
敵が拘束ワイヤー弾を撃つ。
展開。
絡む。
締め上げる。
「捕縛——」
言い切る前に、ワイヤーが逆に引きちぎられた。
筋肉ではない。
赫子でもない。
力そのものが違う。
龍牙が言う。
「細い」
兵士が後ずさる。
初めて。
対策装備のはずだった。
優位のはずだった。
だが——
効いていない。
⸻
医療区画。
音羽が前に出る。
葵の前に立つ。
対策部隊が廊下を押さえる。
「対象確認!」
「女を——」
言葉が止まる。
視界に入ったからだ。
音羽の赫眼。
冷たい光。
感情のない光。
「通さない」
静かな声。
その一言で、兵士の足が止まる。
⸻
倉庫裏。
狂禍が歩く。
敵が撃つ。
弾道を読まない。
撃たせてから動く。
結果だけをずらす。
兵士の喉が乾く。
「当たらない……」
狂禍が囁く。
「当てるな」
「捕らえろ」
「狙うな」
言葉で揺さぶる。
揺れた瞬間に折る。
⸻
無線が混線する。
「効かない!」
「拘束保持不能!」
「再生確認!」
「何だこいつらは!」
恐怖が混じる。
命令系統に。
声の震えに。
⸻
提督室。
白瀬はそれを全部聞いていた。
長門が言う。
「通用していない」
加賀が言う。
「想定外です」
白瀬は低く言った。
「想定が甘い」
「相手は“人型兵器”じゃない」
「喰種だ」
その言葉に重みがあった。
⸻
増援が入る。
複数。
重装。
大型盾。
対喰種制圧分隊。
進路は——桟橋。
王の位置。
⸻
桟橋。
ハヤトは動かない。
深赫が前へ出た。
一歩。
だけ。
それで十分だった。
兵士たちが足を止める。
でかい。
威圧が物理的に来る。
深赫が腕を組んだまま笑った。
不敵に。
「ここから先は」
声が低い。
地鳴りのように。
「王の前だ」
一人が叫ぶ。
「撃て!!」
斉射。
徹甲弾。
爆発弾。
煙が上がる。
視界が白くなる。
煙が割れる。
深赫は立っていた。
一歩も下がっていない。
傷もない。
「軽いな」
赫子がゆっくり展開する。
巨大。
厚い。
重い。
王の盾。
冥焔連No.3。
初めて、公の場で牙を見せた。
⸻
深赫が前へ出る。
地面が軋む。
兵士の足が後退する。
本能が理解した。
これは——
突破できない。
⸻
ハヤトはその背中を見ていた。
動かない。
命じない。
ただ一言だけ、静かに言った。
「任せた」
深赫が笑った。
「当然だ」
⸻
王の盾が、戦場に立った。