葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
警報は、止まっていなかった。
さっきの戦闘が終わったあとも、
増援接近のアラートが低く鳴り続けている。
単発ではない。
波状。
数が来る。
拠点全体がそれを理解していた。
廊下の空気が重い。
誰も大声を出さない。
無線の声も、必要最低限しか流れない。
——嵐の前の配置時間。
⸻
提督室。
白瀬は立ったままだった。
椅子には座らない。
座れば迷いが出る。
机の上には配置図。
侵入予測ルート。
増援規模の概算。
長門が言う。
「規模が違う」
加賀が言う。
「制圧前提の数です」
白瀬は頷いた。
「分かってる」
声は落ち着いている。
だが拳は強く握られている。
⸻
無線から、炎慈の声が入る。
「提督」
「今回は、俺たちがやる」
龍牙の声が続く。
「艦娘は下がせ」
短い。
命令口調ではない。
だが拒否の線が引かれている。
そして——
ハヤトの声。
低い。
揺れない。
「来るな」
それだけ。
通信が切れる。
提督室の空気が止まる。
長門が白瀬を見る。
「……拒否されたな」
白瀬は、ゆっくり息を吐いた。
「そうだな」
加賀が言う。
「従いますか」
数秒の沈黙。
その沈黙の中で、白瀬の中の何かが決まった。
⸻
白瀬は無線を取った。
全体回線。
指がスイッチを押す音がやけに大きく響いた。
「——全員、聞け」
艦娘も、整備班も、管制も、
喰種側の受信機にも入る回線。
「俺は」
一拍。
言葉を選ばない。
覚悟で言う。
「最初に、あの2人を保護すると決めたのは俺だ」
提督室の空気が変わる。
長門の目が細くなる。
加賀が息を止める。
「この鎮守府で守ると決めたのも俺だ」
声が低くなる。
重くなる。
「そもそも、この鎮守府の責任者は誰だ」
自分で答える。
「提督である——俺だ」
無線の向こうで、誰かが息を呑む音がした。
⸻
桟橋。
炎慈が無線を聞いて、口元を上げた。
「……言うねえ」
深赫が静かに言う。
「男だ」
ハヤトは黙って聞いている。
止めない。
切らない。
それが答えだった。
⸻
白瀬は続けた。
「王に拒否されたから何もしない?」
短く笑う。
「違う」
言い切る。
「決めたのなら、誰に何を言われても守る」
拳が机に落ちる。
鈍い音。
「それが日本男児だ」
声が一段強くなる。
「それが俺だ」
提督室の空気が震える。
長門の口元がわずかに緩んだ。
加賀の目が静かに熱を帯びる。
⸻
白瀬は最後に言った。
「ここは——」
間。
「俺が誰よりも守るべき地だ!」
そして、命令を落とす。
「これより鎮守府防衛を行う!」
「全艦娘!」
「対人戦闘装備で展開!」
「喰種たちと共同戦線を張る!」
無線が一瞬、無音になった。
次の瞬間。
返答が重なった。
⸻
「長門、了解」
「加賀、了解」
「吹雪、了解!」
「満潮、了解」
「曙、了解」
声の震えが消えている。
迷いが消えている。
代わりに、芯が入っている。
⸻
装備庫。
シャッターが上がる。
普段は使わない装備棚が開く。
対艦ではない。
対人装備。
マシンガン。
実体弾。
防弾盾。
近接用警棒。
艦娘たちが手早く取る。
動きに無駄がない。
訓練している。
使う想定ではなかっただけだ。
吹雪がマシンガンを持つ。
重い。
だが下げない。
「……変な感じ」
満潮が盾を持つ。
「でも撃てる」
曙が装填を確認する。
カチ、と音がする。
「やるしかないでしょ」
⸻
整備班が急ぐ。
「弾薬搬送!」
「盾ロック確認!」
「回線同期!」
鳳翔が水筒を配る。
間宮が言う。
「無理はしないで」
誰も「はい」とは言わない。
でも全員、頷く。
⸻
桟橋。
炎慈が笑う。
「共同戦線だってよ」
龍牙が言う。
「嫌いじゃない」
深赫がハヤトを見る。
「止めないのか」
ハヤトは短く答える。
「責任だ」
それだけ。
深赫が頷く。
それで十分だった。
⸻
医療区画。
音羽が葵を見る。
「動く」
葵が頷く。
「うん」
怖い。
でも逃げない。
守られるだけの位置にはいないと、もう決めている。
⸻
正門側。
配置につく艦娘たち。
盾を前に。
銃を構え。
呼吸を合わせる。
吹雪が小さく言う。
「……一緒に戦うんだ」
満潮が答える。
「うん」
曙が前を見る。
「今度は、本当に」
⸻
遠くで、車両音が響き始めた。
重い。
多い。
止まらない。
増援だ。
大規模投入。
戦場がもう一度、動き出す。
⸻
桟橋で、王が立っている。
盾が隣に立つ。
牙が散っている。
そして今——
艦隊が加わる。