葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
夜の海に、重い振動が走っていた。
まだ視界には見えない。
だが分かる。
数が来る。
車両。
装甲。
制圧部隊。
波ではない。
圧力だ。
呉鎮守府の空気が変わる。
守りの空気から——
迎え撃つ空気へ。
⸻
正門側広場。
白線で引かれた臨時防衛ライン。
そこに、艦娘たちが整列していた。
対人戦闘装備。
艤装ではない。
砲でも艦載機でもない。
マシンガン。
防弾盾。
予備弾倉。
異様な光景だった。
だが誰も笑わない。
金剛が肩を回す。
「陸の戦いデースか」
口調は軽い。
だが目は笑っていない。
榛名が静かに言う。
「榛名、問題ありません」
扶桑が空を見上げる。
「……嫌な夜ね」
山城が吐き捨てる。
「いつも通り不運だわ」
陸奥が笑う。
「でも、燃えるでしょ?」
長門が一歩前に出る。
その一歩で、空気が締まる。
「ここは戦場だ」
「海ではない」
「だが戦場だ」
短い。
だが全員の背筋が伸びる。
⸻
空母組は後方支援ライン。
赤城が弾薬配置を確認する。
「弾数は」
整備員が答える。
「十分です」
加賀が言う。
「十分ではない」
「足りなくなる前提で動く」
蒼龍が小さく息を吐く。
「陸戦って、距離が近いね」
飛龍が頷く。
「誤魔化せない」
翔鶴が盾の角度を確認する。
瑞鶴が笑う。
「なら、誤魔化さなきゃいい!」
鳳翔が言う。
「無理はしないで」
間宮が水筒を配る。
「戻ってきてね」
全員が頷く。
誰も軽く返事をしない。
⸻
軽巡ライン。
川内が笑う。
「夜戦じゃないのが残念だなー」
神通が言う。
「静かに」
那珂が小声で言う。
「アイドル、撃ちます!」
誰も突っ込まない。
緊張で、笑いの余裕がない。
⸻
駆逐ライン。
夕立が牙を見せるように笑う。
「暴れていいっぽい?」
潮が緊張で手が震えている。
吹雪が気づく。
「潮、大丈夫」
潮が小さく頷く。
「うん……守る」
曙が言う。
「背中は見てる」
満潮が付け足す。
「撃つ時は躊躇うな」
⸻
重巡ライン。
麻耶が肩で盾を叩く。
「こういうのは任せな」
鳥海が言う。
「視界、私が取る」
二人とも目が鋭い。
⸻
その防衛線の“前”。
さらに前。
喰種たちが散っていた。
配置ではない。
狩場取りだ。
炎慈が言う。
「撃つ前に減らす」
龍牙が言う。
「盾を割る」
狂禍が言う。
「指揮系統を折る」
深赫は言わない。
ただ前を見る。
王の盾は、退かない。
⸻
桟橋。
ハヤトは立っている。
動かない。
だが、空気が彼を中心に回っている。
提督の言葉を、全部聞いていた。
拒否しない。
止めない。
深赫が言った。
「いい指揮官だ」
ハヤトは短く答える。
「ああ」
それだけだった。
⸻
振動が近づく。
ヘッドライトの列が見える。
装甲車両。
輸送車。
兵員輸送。
数が違う。
前回の比ではない。
吹雪の喉が乾く。
「……多い」
長門が言う。
「数は関係ない」
金剛が笑う。
「言うネー」
長門が静かに続ける。
「守ると決めた」
それで十分だった。
⸻
無線が鳴る。
白瀬の声。
「全員」
「ここが境界線だ」
「越えさせるな」
短い。
だが重い。
誰も軽く返事をしない。
全員が理解している。
ここが境目だと。
⸻
対喰種制圧大隊が展開を始める。
盾列。
拘束銃。
制圧弾。
指揮官が叫ぶ。
「前進!」
その瞬間。
影が動いた。
喰種たちが、先に突っ込んだ。
撃つ前に、距離を消す。
兵が叫ぶ。
「早い!」
炎慈が笑う。
「遅い」
龍牙が盾を叩き割る。
狂禍が無線兵を落とす。
深赫が中央を止める。
そして——
艦娘たちが撃った。
実弾。
連射。
制圧。
混成戦線が、噛み合った。
⸻
提督室。
白瀬はそれを見て、静かに言った。
「これが」
「共同戦線だ」
長門が頷く。
加賀が言う。
「形になっています」
白瀬の胸は重い。
だが誇りもあった。
守ると決めた。
そして——
守っている。
⸻
桟橋で、王が静かに呟いた。
「まだ足りない」
次は——
王が動く。