葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
正門へ続く中央路。
煙が流れている。
照明は半分落ちている。
非常灯が青く点滅している。
その中を、王が歩いている。
止まらない。
逸れない。
振り向かない。
敵も味方も、その進路から自然に外れていく。
左右に黒滅と紅牙の部隊。
後方に深赫と黒牙の親衛精鋭。
誰も喋らない。
戦場なのに、そこだけ音が薄い。
王の周囲だけ、空気の密度が違う。
⸻
敵制圧部隊が再編し、盾列を作る。
「止めろ!」
「集中射撃!」
銃口が一斉に向く。
引き金が落ちる。
火花。
弾幕。
だが——
王は止まらない。
避けない。
前進を崩さない。
赫子が流れるように展開し、弾道を弾く。
金属音が連続する。
兵士の一人が叫ぶ。
「止まれよ……!」
願いに近い声だった。
⸻
ハヤトが小さく言った。
「……行くぞ」
それだけ。
無線ではない。
拡声でもない。
だが届いた。
全喰種に。
合図だった。
⸻
一斉に動いた。
音が爆発する。
喰種たちが同時に前傾する。
地面を蹴る。
距離が消える。
兵士が引き金を引く前に、間合いが潰れる。
悲鳴は短い。
躊躇がない。
確認もない。
狩りだ。
⸻
炎慈が盾兵を掴む。
持ち上げる。
叩き落とす。
「遅え!」
龍牙が制圧銃をへし折る。
狂禍が後列の無線兵を沈める。
黒滅部隊が左翼を崩す。
紅牙部隊が右翼を裂く。
統率された捕食。
⸻
同時に——
艦娘の制圧射撃が入る。
長門。
三点射。
足を止める射撃。
「前列固定!」
金剛と榛名が連射。
盾を持つ腕を狙う。
扶桑・山城が通路幅を制圧。
麻耶が叫ぶ。
「喰種ライン前!撃つな!」
連携が成立している。
誤射ゼロ。
射線管理完璧。
喰種が縫う。
艦娘が止める。
戦術が噛み合う。
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吹雪が息を呑みながら撃つ。
「当たってる……」
満潮が言う。
「止めればいい!」
曙が叫ぶ。
「前は任せる!」
恐怖は消えていない。
だが躊躇は消えた。
⸻
敵無線が崩壊する。
「距離が取れない!」
「近接拒否不能!」
「後退——」
声が途切れる。
⸻
その時。
王の背中で、何かが広がった。
音はない。
だが空気が変わる。
羽赫。
ゆっくりと。
静かに。
展開していく。
赤黒い翼のような赫子。
脈打っている。
生きている。
熱を持っている。
⸻
周囲の空気が揺らぐ。
夜気が歪む。
兵士が顔をしかめる。
「……暑い?」
誰かが言う。
違う。
錯覚ではない。
温度が上がっている。
羽赫が熱を帯びている。
⸻
夜なのに。
闇なのに。
戦場が、紅く染まり始める。
灯りではない。
炎でもない。
赫子の熱光。
羽赫の表面が脈動し、
赤い光を放つ。
まるで夜そのものが焼けているように見える。
艦娘たちが息を呑む。
蒼龍が呟く。
「……綺麗」
飛龍が答える。
「怖いくらいに」
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敵兵の足が止まる。
理屈ではない。
本能だ。
「あれは……」
「撃て!」
命令が飛ぶ。
だが指が震える。
引き金が重い。
⸻
羽赫が、わずかに角度を変えた。
それだけ。
次の瞬間。
放たれた。
無数の赫子弾。
音が遅れて来る。
空気が裂ける音。
赤い線が走る。
貫通。
盾ごと。
装甲ごと。
後列ごと。
一直線に。
兵士が倒れる。
理解が追いつかないまま。
⸻
炎慈が笑う。
「始まったな」
深赫が低く言う。
「代償だ」
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敵指揮官が叫ぶ。
「散開!」
「散開——」
次弾。
別角度。
包囲射。
逃げ場が消える。
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ハヤトは無表情だった。
怒鳴らない。
吠えない。
ただ、撃つ。
必要な分だけ。
確実に。
無駄なく。
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兵士の一人が膝をつく。
「なんでだ……」
震える声。
「女一人だろ……」
その言葉が、近くにいた黒牙に聞こえた。
黒牙が近づく。
しゃがむ。
目を合わせる。
「王の錨だ」
それだけ言って、立つ。
容赦はない。
⸻
喰種たちは止まらない。
捕食。
破壊。
制圧。
無駄な動きがない。
楽しんでいる者すらいる。
だが遊んではいない。
目的がある狩りだ。
⸻
提督室。
白瀬はその光景を見ていた。
拳が震える。
「……酷い」
声が漏れる。
長門は否定しない。
加賀も黙っている。
白瀬は続けた。
「だが」
唇を噛む。
「抑止になる」
それが現実だった。
⸻
正門戦線は崩壊した。
制圧部隊は壊滅した。
生きている者も、戦意を失っている。
そして王は歩く。
まだ終わっていない顔で。
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炎慈が聞く。
「どこまでやる」
ハヤトが答える。
「全部」
短い。
確定の声だった。
⸻
代償の夜は、まだ終わらない。