※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第65話 代償の夜

 

正門へ続く中央路。

 

煙が流れている。

照明は半分落ちている。

非常灯が青く点滅している。

 

その中を、王が歩いている。

 

止まらない。

逸れない。

振り向かない。

 

敵も味方も、その進路から自然に外れていく。

 

左右に黒滅と紅牙の部隊。

後方に深赫と黒牙の親衛精鋭。

 

誰も喋らない。

 

戦場なのに、そこだけ音が薄い。

 

王の周囲だけ、空気の密度が違う。

 

⸻

 

敵制圧部隊が再編し、盾列を作る。

 

「止めろ!」

 

「集中射撃!」

 

銃口が一斉に向く。

 

引き金が落ちる。

 

火花。

 

弾幕。

 

だが——

 

王は止まらない。

 

避けない。

 

前進を崩さない。

 

赫子が流れるように展開し、弾道を弾く。

 

金属音が連続する。

 

兵士の一人が叫ぶ。

 

「止まれよ……!」

 

願いに近い声だった。

 

⸻

 

ハヤトが小さく言った。

 

「……行くぞ」

 

それだけ。

 

無線ではない。

拡声でもない。

 

だが届いた。

 

全喰種に。

 

合図だった。

 

⸻

 

一斉に動いた。

 

音が爆発する。

 

喰種たちが同時に前傾する。

 

地面を蹴る。

 

距離が消える。

 

兵士が引き金を引く前に、間合いが潰れる。

 

悲鳴は短い。

 

躊躇がない。

 

確認もない。

 

狩りだ。

 

⸻

 

炎慈が盾兵を掴む。

 

持ち上げる。

 

叩き落とす。

 

「遅え!」

 

龍牙が制圧銃をへし折る。

 

狂禍が後列の無線兵を沈める。

 

黒滅部隊が左翼を崩す。

 

紅牙部隊が右翼を裂く。

 

統率された捕食。

 

⸻

 

同時に——

 

艦娘の制圧射撃が入る。

 

長門。

 

三点射。

 

足を止める射撃。

 

「前列固定!」

 

金剛と榛名が連射。

 

盾を持つ腕を狙う。

 

扶桑・山城が通路幅を制圧。

 

麻耶が叫ぶ。

 

「喰種ライン前!撃つな!」

 

連携が成立している。

 

誤射ゼロ。

 

射線管理完璧。

 

喰種が縫う。

 

艦娘が止める。

 

戦術が噛み合う。

 

⸻

 

吹雪が息を呑みながら撃つ。

 

「当たってる……」

 

満潮が言う。

 

「止めればいい!」

 

曙が叫ぶ。

 

「前は任せる!」

 

恐怖は消えていない。

 

だが躊躇は消えた。

 

⸻

 

敵無線が崩壊する。

 

「距離が取れない!」

 

「近接拒否不能!」

 

「後退——」

 

声が途切れる。

 

⸻

 

その時。

 

王の背中で、何かが広がった。

 

音はない。

 

だが空気が変わる。

 

羽赫。

 

ゆっくりと。

 

静かに。

 

展開していく。

 

赤黒い翼のような赫子。

 

脈打っている。

 

生きている。

 

熱を持っている。

 

⸻

 

周囲の空気が揺らぐ。

 

夜気が歪む。

 

兵士が顔をしかめる。

 

「……暑い?」

 

誰かが言う。

 

違う。

 

錯覚ではない。

 

温度が上がっている。

 

羽赫が熱を帯びている。

 

⸻

 

夜なのに。

 

闇なのに。

 

戦場が、紅く染まり始める。

 

灯りではない。

 

炎でもない。

 

赫子の熱光。

 

羽赫の表面が脈動し、

赤い光を放つ。

 

まるで夜そのものが焼けているように見える。

 

艦娘たちが息を呑む。

 

蒼龍が呟く。

 

「……綺麗」

 

飛龍が答える。

 

「怖いくらいに」

 

⸻

 

敵兵の足が止まる。

 

理屈ではない。

 

本能だ。

 

「あれは……」

 

「撃て!」

 

命令が飛ぶ。

 

だが指が震える。

 

引き金が重い。

 

⸻

 

羽赫が、わずかに角度を変えた。

 

それだけ。

 

次の瞬間。

 

放たれた。

 

無数の赫子弾。

 

音が遅れて来る。

 

空気が裂ける音。

 

赤い線が走る。

 

貫通。

 

盾ごと。

 

装甲ごと。

 

後列ごと。

 

一直線に。

 

兵士が倒れる。

 

理解が追いつかないまま。

 

⸻

 

炎慈が笑う。

 

「始まったな」

 

深赫が低く言う。

 

「代償だ」

 

⸻

 

敵指揮官が叫ぶ。

 

「散開!」

 

「散開——」

 

次弾。

 

別角度。

 

包囲射。

 

逃げ場が消える。

 

⸻

 

ハヤトは無表情だった。

 

怒鳴らない。

 

吠えない。

 

ただ、撃つ。

 

必要な分だけ。

 

確実に。

 

無駄なく。

 

⸻

 

兵士の一人が膝をつく。

 

「なんでだ……」

 

震える声。

 

「女一人だろ……」

 

その言葉が、近くにいた黒牙に聞こえた。

 

黒牙が近づく。

 

しゃがむ。

 

目を合わせる。

 

「王の錨だ」

 

それだけ言って、立つ。

 

容赦はない。

 

⸻

 

喰種たちは止まらない。

 

捕食。

 

破壊。

 

制圧。

 

無駄な動きがない。

 

楽しんでいる者すらいる。

 

だが遊んではいない。

 

目的がある狩りだ。

 

⸻

 

提督室。

 

白瀬はその光景を見ていた。

 

拳が震える。

 

「……酷い」

 

声が漏れる。

 

長門は否定しない。

 

加賀も黙っている。

 

白瀬は続けた。

 

「だが」

 

唇を噛む。

 

「抑止になる」

 

それが現実だった。

 

⸻

 

正門戦線は崩壊した。

 

制圧部隊は壊滅した。

 

生きている者も、戦意を失っている。

 

そして王は歩く。

 

まだ終わっていない顔で。

 

⸻

 

炎慈が聞く。

 

「どこまでやる」

 

ハヤトが答える。

 

「全部」

 

短い。

 

確定の声だった。

 

⸻

 

代償の夜は、まだ終わらない。

 

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