※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第66話 制裁、出征

 

正門の戦闘が終わったあとも、

鎮守府の空気は緩まなかった。

 

煙はまだ残っている。

焦げた匂いも消えない。

遠くで医療班が動いている音がする。

 

だが前線は、静かだった。

 

敵は倒れている。

 

動く者はいない。

 

動ける者もいない。

 

そして——

 

残っていた生存者の喉が、小さく鳴った。

 

恐怖の音だ。

 

それを聞いて、喰種の一人が振り向いた。

 

赫眼。

 

迷いのない目。

 

「まだいる」

 

短い声。

 

それだけで十分だった。

 

⸻

 

慈悲はなかった。

 

確認もなかった。

 

尋問もなかった。

 

情状もなかった。

 

ただ一つの判断だけ。

 

葵を標的にした。

 

それで終わりだった。

 

⸻

 

兵の一人が後ずさる。

 

「ま、待て……」

 

声が裏返る。

 

「命令で——」

 

言い訳は最後まで届かない。

 

喰種が言う。

 

「王の錨に手を出した」

 

もう一人が笑う。

 

「万死だ」

 

逃げる距離はない。

 

悲鳴は短い。

 

夜に吸われる。

 

⸻

 

深赫はそれを止めない。

 

炎慈も止めない。

 

龍牙も視線すら向けない。

 

それが答えだった。

 

これは“処理”ではない。

 

代償の回収だ。

 

⸻

 

桟橋。

 

ハヤトは海を見ていた。

 

羽赫はすでに閉じている。

だが熱はまだ空気に残っている。

 

深赫が後ろで言う。

 

「根は中央だ」

 

炎慈が言う。

 

「上が震えてる」

 

狂禍が無線を見ながら言う。

 

「逃げる準備してる連中もいる」

 

ハヤトは短く答える。

 

「逃がさない」

 

それで方針は決まった。

 

⸻

 

通信機を取る。

 

回線を開く。

 

まず提督へ。

 

⸻

 

提督室。

 

白瀬が応答する。

 

「こちら白瀬」

 

ハヤトの声が入る。

 

「離れる」

 

白瀬は一瞬だけ目を閉じた。

 

意味が分かる。

 

目的も分かる。

 

止められないことも分かる。

 

「……上層部か」

 

「そうだ」

 

短い肯定。

 

白瀬が言う。

 

「戻るなとは言わん」

 

「だが——」

 

言葉を選ぶ。

 

「帰ってこい」

 

沈黙。

 

ハヤトの声が返る。

 

「ああ」

 

嘘ではない声だった。

 

⸻

 

次に、葵。

 

医療区画。

 

音羽が回線を受ける。

 

「繋がってる」

 

葵が端末を持つ。

 

「……ハヤト」

 

「出る」

 

単刀直入だった。

 

葵の喉が詰まる。

 

分かっていた。

 

でも聞きたくなかった。

 

「危ないよ」

 

「知ってる」

 

「でも」

 

言葉が出ない。

 

ハヤトが言う。

 

「標的にされたのは、お前だ」

 

「だから俺が行く」

 

葵の目に涙が滲む。

 

「……ごめん」

 

ハヤトが即答する。

 

「違う」

 

一拍。

 

「誇れ」

 

それだけ。

 

葵の呼吸が止まる。

 

誇れ。

 

守られる存在としてではない。

 

王が動く理由として。

 

⸻

 

ハヤトは続けた。

 

「音羽」

 

「いる」

 

「葵を頼む」

 

音羽は迷わない。

 

「当然」

 

「命より先に守る」

 

紫羽の声が横から入る。

 

「女性護衛隊、配置完了」

 

「ここは落とさせない」

 

ハヤトは短く言う。

 

「任せる」

 

それで十分だった。

 

⸻

 

配置が分かれる。

 

鎮守府残留戦力。

 

音羽。

紫羽率いる女性護衛隊。

選抜戦闘班。

 

艦娘主力。

 

長門が言う。

 

「ここは任せろ」

 

金剛が笑う。

 

「ホームは守るネ」

 

加賀が言う。

 

「迎撃は得意です」

 

吹雪が強く頷く。

 

「守ります」

 

⸻

 

出征戦力。

 

炎慈。

深赫。

狂禍。

龍牙。

親衛隊。

精鋭部隊。

黒滅の戦闘狂部隊。

紅牙の殲滅部隊。

 

圧が違う。

 

空気が違う。

 

戦争の匂いがする。

 

⸻

 

敵車両が並んでいる。

 

制圧部隊の輸送装甲車。

 

まだ動く。

 

まだ使える。

 

炎慈が運転席を叩く。

 

「使うぞ」

 

黒滅が笑う。

 

「いいねえ」

 

紅牙が言う。

 

「一直線だ」

 

死体はどかさない。

 

踏み越える。

 

それが線引きだった。

 

⸻

 

最後に一人。

 

まだ息のある敵兵が、地面で震えていた。

 

視線がハヤトに向く。

 

「……頼む」

 

声が掠れている。

 

「見逃して」

 

ハヤトは見下ろした。

 

表情は変わらない。

 

感情も見えない。

 

ただ一言だけ言った。

 

「葵を標的にした」

 

それが判決だった。

 

親衛隊が動く。

 

悲鳴は短い。

 

夜に溶けた。

 

⸻

 

炎慈が言う。

 

「見せしめだな」

 

ハヤトが答える。

 

「違う」

 

「当然だ」

 

⸻

 

エンジンがかかる。

 

重低音が響く。

 

車列が動き出す。

 

鎮守府の門を抜ける。

 

王が乗る。

 

軍勢が続く。

 

制裁が始まる。

 

⸻

 

遠くで、葵が空を見ていた。

 

胸を押さえている。

 

音羽が横に立つ。

 

紫羽が周囲を見る。

 

葵が小さく呟く。

 

「……帰ってきて」

 

それは祈りだった。

 

⸻

 

王は、敵の心臓へ向かう。

 

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