葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
正門の戦闘が終わったあとも、
鎮守府の空気は緩まなかった。
煙はまだ残っている。
焦げた匂いも消えない。
遠くで医療班が動いている音がする。
だが前線は、静かだった。
敵は倒れている。
動く者はいない。
動ける者もいない。
そして——
残っていた生存者の喉が、小さく鳴った。
恐怖の音だ。
それを聞いて、喰種の一人が振り向いた。
赫眼。
迷いのない目。
「まだいる」
短い声。
それだけで十分だった。
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慈悲はなかった。
確認もなかった。
尋問もなかった。
情状もなかった。
ただ一つの判断だけ。
葵を標的にした。
それで終わりだった。
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兵の一人が後ずさる。
「ま、待て……」
声が裏返る。
「命令で——」
言い訳は最後まで届かない。
喰種が言う。
「王の錨に手を出した」
もう一人が笑う。
「万死だ」
逃げる距離はない。
悲鳴は短い。
夜に吸われる。
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深赫はそれを止めない。
炎慈も止めない。
龍牙も視線すら向けない。
それが答えだった。
これは“処理”ではない。
代償の回収だ。
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桟橋。
ハヤトは海を見ていた。
羽赫はすでに閉じている。
だが熱はまだ空気に残っている。
深赫が後ろで言う。
「根は中央だ」
炎慈が言う。
「上が震えてる」
狂禍が無線を見ながら言う。
「逃げる準備してる連中もいる」
ハヤトは短く答える。
「逃がさない」
それで方針は決まった。
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通信機を取る。
回線を開く。
まず提督へ。
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提督室。
白瀬が応答する。
「こちら白瀬」
ハヤトの声が入る。
「離れる」
白瀬は一瞬だけ目を閉じた。
意味が分かる。
目的も分かる。
止められないことも分かる。
「……上層部か」
「そうだ」
短い肯定。
白瀬が言う。
「戻るなとは言わん」
「だが——」
言葉を選ぶ。
「帰ってこい」
沈黙。
ハヤトの声が返る。
「ああ」
嘘ではない声だった。
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次に、葵。
医療区画。
音羽が回線を受ける。
「繋がってる」
葵が端末を持つ。
「……ハヤト」
「出る」
単刀直入だった。
葵の喉が詰まる。
分かっていた。
でも聞きたくなかった。
「危ないよ」
「知ってる」
「でも」
言葉が出ない。
ハヤトが言う。
「標的にされたのは、お前だ」
「だから俺が行く」
葵の目に涙が滲む。
「……ごめん」
ハヤトが即答する。
「違う」
一拍。
「誇れ」
それだけ。
葵の呼吸が止まる。
誇れ。
守られる存在としてではない。
王が動く理由として。
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ハヤトは続けた。
「音羽」
「いる」
「葵を頼む」
音羽は迷わない。
「当然」
「命より先に守る」
紫羽の声が横から入る。
「女性護衛隊、配置完了」
「ここは落とさせない」
ハヤトは短く言う。
「任せる」
それで十分だった。
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配置が分かれる。
鎮守府残留戦力。
音羽。
紫羽率いる女性護衛隊。
選抜戦闘班。
艦娘主力。
長門が言う。
「ここは任せろ」
金剛が笑う。
「ホームは守るネ」
加賀が言う。
「迎撃は得意です」
吹雪が強く頷く。
「守ります」
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出征戦力。
炎慈。
深赫。
狂禍。
龍牙。
親衛隊。
精鋭部隊。
黒滅の戦闘狂部隊。
紅牙の殲滅部隊。
圧が違う。
空気が違う。
戦争の匂いがする。
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敵車両が並んでいる。
制圧部隊の輸送装甲車。
まだ動く。
まだ使える。
炎慈が運転席を叩く。
「使うぞ」
黒滅が笑う。
「いいねえ」
紅牙が言う。
「一直線だ」
死体はどかさない。
踏み越える。
それが線引きだった。
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最後に一人。
まだ息のある敵兵が、地面で震えていた。
視線がハヤトに向く。
「……頼む」
声が掠れている。
「見逃して」
ハヤトは見下ろした。
表情は変わらない。
感情も見えない。
ただ一言だけ言った。
「葵を標的にした」
それが判決だった。
親衛隊が動く。
悲鳴は短い。
夜に溶けた。
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炎慈が言う。
「見せしめだな」
ハヤトが答える。
「違う」
「当然だ」
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エンジンがかかる。
重低音が響く。
車列が動き出す。
鎮守府の門を抜ける。
王が乗る。
軍勢が続く。
制裁が始まる。
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遠くで、葵が空を見ていた。
胸を押さえている。
音羽が横に立つ。
紫羽が周囲を見る。
葵が小さく呟く。
「……帰ってきて」
それは祈りだった。
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王は、敵の心臓へ向かう。