※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第67話 逃げ場など、無い

 

中央軍事管制棟は、まだ明るかった。

 

夜だというのに、会議室の照明は全灯。

誰も消そうとしない。

 

消せば、何かが終わる気がするからだ。

 

スクリーンには戦闘記録が止まったまま映っている。

 

赤い光。

裂ける盾。

貫通する赫子。

歩く影。

 

誰も再生を止めようとしない。

誰ももう一度見ようともしない。

 

だが視線は逸らせない。

 

⸻

 

榊原の喉は乾いていた。

 

水を飲んでも乾く。

 

唾が粘つく。

 

「……何人だ」

 

誰に言ったのか分からない声。

 

参謀が答える。

 

「制圧大隊、壊滅」

 

「裏門部隊、通信途絶」

 

「増援第一波、反応なし」

 

言葉が軽い。

 

内容が重すぎる。

 

会議室の空気が沈む。

 

⸻

 

久我は、椅子に深く座っていた。

 

足を組んでいる。

 

だが指先は机を叩いている。

 

無意識に。

 

「言ったよな」

 

小さく言う。

 

「王を刺激するなって」

 

誰も返さない。

 

反論できない。

 

結果が出ている。

 

⸻

 

技術主任が震えた声で言う。

 

「対喰種装備は、無意味ではない」

 

「ただ……」

 

言葉が詰まる。

 

榊原が睨む。

 

「ただ何だ」

 

「……相手が、想定より上だった」

 

誰かが乾いた笑いを漏らした。

 

想定より上。

 

そんな言葉で済む段階は、もう過ぎている。

 

⸻

 

通信士が言う。

 

「複数の車両が動いています」

 

「識別信号は……こちらのものです」

 

全員が顔を上げる。

 

榊原が身を乗り出す。

 

「味方か」

 

「いえ」

 

間。

 

「奪取されています」

 

空気が凍った。

 

⸻

 

スクリーンが切り替わる。

 

外部道路監視カメラ。

 

装甲車列。

 

灯りを落としたまま進む。

 

規律がある。

 

揺れが少ない。

 

速度が一定。

 

「……軍隊だ」

 

誰かが呟く。

 

違う。

 

それは軍隊の動きではない。

 

狩猟隊列だ。

 

⸻

 

車内。

 

揺れはある。

 

だが誰も体を預けていない。

 

全員、前傾して座っている。

 

いつでも動ける姿勢。

 

炎慈が窓の外を見る。

 

街灯が流れる。

 

「静かだな」

 

狂禍が端末を見る。

 

「逃げ始めてる」

 

「要人移動ログ出てる」

 

龍牙が言う。

 

「間に合わない」

 

深赫は目を閉じている。

 

眠っているのではない。

 

呼吸を整えている。

 

戦闘前の沈黙だ。

 

⸻

 

車両の中央。

 

ハヤトは立っていた。

 

座っていない。

 

掴まっていない。

 

揺れの中でも軸が動かない。

 

羽赫は閉じている。

 

だが気配は閉じていない。

 

車内温度がわずかに高い。

 

誰もそれを口にしない。

 

言えば、現実になるからだ。

 

⸻

 

黒滅が笑う。

 

「上層部、喰っていいか」

 

炎慈が笑う。

 

「順番だ」

 

紅牙が言う。

 

「逃げたら追う」

 

深赫が目を開ける。

 

「王の前で聞くな」

 

沈黙。

 

それで整う。

 

⸻

 

鎮守府。

 

夜はまだ終わっていない。

 

だが戦闘は一段落している。

 

医療区画で、葵は座っていた。

 

手が冷たい。

 

何もしていないのに、力が抜けない。

 

音羽が横にいる。

 

距離は半歩。

 

変わらない。

 

だが今は壁のように感じる。

 

葵が言う。

 

「……遠くなった気がする」

 

音羽が答える。

 

「近づいてる」

 

葵が顔を上げる。

 

音羽は続ける。

 

「敵に」

 

言葉は冷たい。

 

だが優しい。

 

葵は小さく笑う。

 

涙が混ざる。

 

⸻

 

正門ライン。

 

長門たちはまだ配置を解いていない。

 

金剛が空を見上げる。

 

「嵐は向こうに行ったネ」

 

加賀が言う。

 

「違う」

 

「嵐が移動しただけです」

 

吹雪が呟く。

 

「……王が動くって、こういうことなんだ」

 

誰も否定しない。

 

⸻

 

中央管制棟。

 

警報が変わる。

 

接近警報。

 

方向:直線。

 

速度:一定。

 

止まらない。

 

通信士が叫ぶ。

 

「接近中!」

 

榊原が立ち上がる。

 

「迎撃!」

 

「外周防衛!」

 

命令は出る。

 

だが声が震えている。

 

⸻

 

久我が笑う。

 

「迎撃?」

 

「誰が?」

 

誰も答えない。

 

答えは、全員知っている。

 

⸻

 

スクリーンの車列が、最後の角を曲がる。

 

距離ゼロへ。

 

逃げ場がなくなる。

 

理解が完成する。

 

参謀が呟く。

 

「……来る」

 

久我が訂正する。

 

「違う」

 

小さく言う。

 

「もう来てる」

 

⸻

 

車列が止まる。

 

ドアが開く。

 

最初に降りたのは、深赫だった。

 

地面に足が着く音が重い。

 

次に炎慈。

 

龍牙。

 

狂禍。

 

黒滅。

 

紅牙。

 

そして——

 

最後に王。

 

夜気が変わる。

 

温度が上がる。

 

静かに。

 

確実に。

 

⸻

 

監視カメラ越しに、その姿が映る。

 

会議室の全員が、それを見る。

 

誰も喋らない。

 

誰も動かない。

 

榊原の額に汗が流れる。

 

久我が小さく言う。

 

「ほらな」

 

「安全な場所なんて無い」

 

⸻

 

王が顔を上げる。

 

カメラを見る。

 

まっすぐ。

 

逸らさない。

 

逃がさない目。

 

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