葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
中央軍事管制棟は、まだ明るかった。
夜だというのに、会議室の照明は全灯。
誰も消そうとしない。
消せば、何かが終わる気がするからだ。
スクリーンには戦闘記録が止まったまま映っている。
赤い光。
裂ける盾。
貫通する赫子。
歩く影。
誰も再生を止めようとしない。
誰ももう一度見ようともしない。
だが視線は逸らせない。
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榊原の喉は乾いていた。
水を飲んでも乾く。
唾が粘つく。
「……何人だ」
誰に言ったのか分からない声。
参謀が答える。
「制圧大隊、壊滅」
「裏門部隊、通信途絶」
「増援第一波、反応なし」
言葉が軽い。
内容が重すぎる。
会議室の空気が沈む。
⸻
久我は、椅子に深く座っていた。
足を組んでいる。
だが指先は机を叩いている。
無意識に。
「言ったよな」
小さく言う。
「王を刺激するなって」
誰も返さない。
反論できない。
結果が出ている。
⸻
技術主任が震えた声で言う。
「対喰種装備は、無意味ではない」
「ただ……」
言葉が詰まる。
榊原が睨む。
「ただ何だ」
「……相手が、想定より上だった」
誰かが乾いた笑いを漏らした。
想定より上。
そんな言葉で済む段階は、もう過ぎている。
⸻
通信士が言う。
「複数の車両が動いています」
「識別信号は……こちらのものです」
全員が顔を上げる。
榊原が身を乗り出す。
「味方か」
「いえ」
間。
「奪取されています」
空気が凍った。
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スクリーンが切り替わる。
外部道路監視カメラ。
装甲車列。
灯りを落としたまま進む。
規律がある。
揺れが少ない。
速度が一定。
「……軍隊だ」
誰かが呟く。
違う。
それは軍隊の動きではない。
狩猟隊列だ。
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車内。
揺れはある。
だが誰も体を預けていない。
全員、前傾して座っている。
いつでも動ける姿勢。
炎慈が窓の外を見る。
街灯が流れる。
「静かだな」
狂禍が端末を見る。
「逃げ始めてる」
「要人移動ログ出てる」
龍牙が言う。
「間に合わない」
深赫は目を閉じている。
眠っているのではない。
呼吸を整えている。
戦闘前の沈黙だ。
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車両の中央。
ハヤトは立っていた。
座っていない。
掴まっていない。
揺れの中でも軸が動かない。
羽赫は閉じている。
だが気配は閉じていない。
車内温度がわずかに高い。
誰もそれを口にしない。
言えば、現実になるからだ。
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黒滅が笑う。
「上層部、喰っていいか」
炎慈が笑う。
「順番だ」
紅牙が言う。
「逃げたら追う」
深赫が目を開ける。
「王の前で聞くな」
沈黙。
それで整う。
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鎮守府。
夜はまだ終わっていない。
だが戦闘は一段落している。
医療区画で、葵は座っていた。
手が冷たい。
何もしていないのに、力が抜けない。
音羽が横にいる。
距離は半歩。
変わらない。
だが今は壁のように感じる。
葵が言う。
「……遠くなった気がする」
音羽が答える。
「近づいてる」
葵が顔を上げる。
音羽は続ける。
「敵に」
言葉は冷たい。
だが優しい。
葵は小さく笑う。
涙が混ざる。
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正門ライン。
長門たちはまだ配置を解いていない。
金剛が空を見上げる。
「嵐は向こうに行ったネ」
加賀が言う。
「違う」
「嵐が移動しただけです」
吹雪が呟く。
「……王が動くって、こういうことなんだ」
誰も否定しない。
⸻
中央管制棟。
警報が変わる。
接近警報。
方向:直線。
速度:一定。
止まらない。
通信士が叫ぶ。
「接近中!」
榊原が立ち上がる。
「迎撃!」
「外周防衛!」
命令は出る。
だが声が震えている。
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久我が笑う。
「迎撃?」
「誰が?」
誰も答えない。
答えは、全員知っている。
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スクリーンの車列が、最後の角を曲がる。
距離ゼロへ。
逃げ場がなくなる。
理解が完成する。
参謀が呟く。
「……来る」
久我が訂正する。
「違う」
小さく言う。
「もう来てる」
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車列が止まる。
ドアが開く。
最初に降りたのは、深赫だった。
地面に足が着く音が重い。
次に炎慈。
龍牙。
狂禍。
黒滅。
紅牙。
そして——
最後に王。
夜気が変わる。
温度が上がる。
静かに。
確実に。
⸻
監視カメラ越しに、その姿が映る。
会議室の全員が、それを見る。
誰も喋らない。
誰も動かない。
榊原の額に汗が流れる。
久我が小さく言う。
「ほらな」
「安全な場所なんて無い」
⸻
王が顔を上げる。
カメラを見る。
まっすぐ。
逸らさない。
逃がさない目。