葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
中央軍事管制棟の正面玄関は、無傷だった。
砲撃も爆破も受けていない。
ガラスも割れていない。
灯りも点いている。
だが——
中にいる人間の顔色だけが、崩壊していた。
監視モニターの一つに、入口の映像が映っている。
そこに、王が立っている。
一人ではない。
左右に部隊。
後方に盾。
整列ではない。
配置されている。
戦闘陣形で。
⸻
守衛の手が震えている。
銃口が定まらない。
「止まれ!」
声が裏返る。
ハヤトは止まらない。
歩幅も変えない。
深赫が一歩前に出る。
それだけで、守衛の足が下がった。
本能が拒否した。
「どけ」
深赫の声は低い。
威圧ではない。
事実の通知だ。
道が開く。
⸻
会議室。
誰も座っていない。
全員立っている。
逃げる準備をしている者。
端末を抱えている者。
電話を握ったまま固まっている者。
榊原が怒鳴る。
「防衛は何をしている!」
通信士が答える。
「動けません!」
「誰も近づけない!」
それが現実だった。
⸻
足音が廊下に響く。
ゆっくり。
一定。
止まらない。
その音だけで、何人かの膝が震えた。
久我が小さく笑う。
「来たな」
榊原が睨む。
「笑うな!」
久我は肩をすくめる。
「笑うしかないだろ」
「理解した瞬間ってのは、そういうもんだ」
⸻
扉の前で足音が止まる。
ノックはない。
許可も取らない。
扉が開く。
静かに。
壊さず。
押して。
それが逆に怖い。
⸻
最初に入ったのは深赫。
腕を組んでいる。
室内を一瞥する。
脅威の有無ではない。
“価値”を測っている目だ。
次に炎慈。
口元に笑み。
だが目は冷たい。
龍牙。
狂禍。
黒滅。
紅牙。
空気が変わる。
酸素が薄く感じる。
⸻
最後に王が入った。
会議室の温度が上がる。
誰も言葉を出せない。
出したら、終わると分かるからだ。
⸻
ハヤトは机の中央まで歩く。
止まる。
誰も座っていない議長席を見る。
それから、榊原を見る。
「お前だな」
確認だった。
問いではない。
榊原の喉が鳴る。
「私は——」
言い訳が始まる前に、狂禍が言う。
「命令署名者」
端末を掲げる。
証拠。
逃げ道が消える。
⸻
榊原が叫ぶ。
「国家のためだ!」
「管理が必要だった!」
「兵器として——」
炎慈が笑う。
「兵器?」
一歩出る。
榊原の声が止まる。
「王を?」
言葉が続かない。
⸻
ハヤトが言う。
「葵を標的にした」
静かに。
事実だけ。
榊原が震える。
「必要だった!」
「錨を押さえれば——」
言い切れない。
目が合ったからだ。
王と。
⸻
ハヤトが言う。
「代償だ」
それで終わりだった。
⸻
一人が逃げようとする。
ドアに向かう。
黒滅がそこにいた。
笑っている。
首を振る。
「遅い」
戻される。
優しく。
だが確実に。
⸻
久我が手を上げる。
「質問いいか」
全員が凍る。
だが王は見る。
許可したわけではない。
だが止めない。
久我が言う。
「どこまでやる」
ハヤトが答える。
「根まで」
久我が笑う。
「徹底だ」
⸻
通信カメラが回っている。
中央回線。
各基地へ中継されている。
意図的だ。
狂禍が切らない。
見せるためだ。
⸻
ハヤトがカメラを見る。
言葉を落とす。
「見ろ」
それだけ。
全国の軍拠点に届く。
誰も瞬きできない。
⸻
「葵を標的にした」
間。
「結果だ」
その後の執行は、速かった。
叫びは長くなかった。
抵抗も意味を持たなかった。
深赫が動く。
炎慈が動く。
親衛が動く。
無駄がない。
処理ではない。
裁断だった。
⸻
カメラは止めない。
誰も止められない。
それが見せしめだ。
言葉より確実な。
⸻
最後に残った一人が泣いて言う。
「助けてくれ……」
ハヤトは答えた。
「葵は、そう言えなかった」
沈黙。
それで終わった。
⸻
カメラの前に、王が立つ。
言う。
「安全な場所など無い」
一拍。
「俺達はどこにでも行ける」
通信が落ちる。
⸻
恐怖ではない。
理解が残った。