※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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ハヤトが警備担当として任務に初参加。
警備中に起きた小さな事件、侵入者の拘束。
それに対して艦娘達が抱く思い。
艦娘達は葵と話すことで何かを得ようと、確認しようとしていた。


第7話 それでも、ここにいる

【駆逐艦・吹雪視点】

 

食堂の窓から差し込む光は、今日も変わらず柔らかい。

変わらないはずなのに、胸の奥に残る違和感だけが消えなかった。

 

「……葵さん、今日も手伝ってるんだ」

 

配膳台の向こうで、白いエプロンを身につけた葵が動いている。

鳳翔さんと間宮さんの間に立ち、鍋を覗き込み、時折笑う。

 

——昨日のことを思い出す。

食堂で、ハヤトさんが前に立った時の、あの空気。

守るように立つ背中と、低い声。

 

怖かった。

正直に言えば、今も。

 

それでも——。

 

「吹雪ちゃん、お味噌汁運ぶの手伝ってもらってもいい?」

 

声をかけられて、びくりと肩が跳ねた。

葵がこちらを見て、変わらない笑顔で立っている。

 

「は、はい……!」

 

断る理由なんて、なかった。

怖い、という感情だけで距離を取ることは、昨日あれだけ見せつけられたから。

 

鍋を受け取ると、葵は小さく「ありがとう」と言った。

 

「……あの……」

 

言葉が喉につかえる。

でも、葵は待つ。急かさない。

 

「……怖く、ないんですか?」

 

ぽつりと出た言葉。

聞いてしまった、と思った。

 

でも葵は少しだけ考えてから、首を横に振った。

 

「怖いよ」

 

即答だった。

 

「怖いし、不安だし、分からないこともいっぱいある」

 

それなのに、笑顔は消えない。

 

「でもね、怖いって思うこと自体は、悪いことじゃないって思ってる」

 

吹雪は、思わず鍋を持つ手に力が入った。

 

「私も、たくさん怖かったから」

 

葵はそれ以上、詳しく語らなかった。

でもその言葉だけで、胸の奥が少し痛くなる。

 

「だから、吹雪ちゃんが怖いって思うのも、当然だと思うよ」

 

否定しない。

責めない。

正解を押しつけない。

 

「……それでも、ここにいてくれてありがとう」

 

その一言で、吹雪は何も言えなくなった。

 

——怖いのは、こちらなのに。

それでも感謝されるなんて。

 

⸻

 

【軽巡・神通視点】

 

廊下の向こうから、鍋の音と笑い声が聞こえる。

その中に、葵の声が混じっていた。

 

(……この鎮守府で、一番静かな強さを持っている人かもしれない)

 

そう思う。

 

戦場では、力を持つ者が正義になる。

だがここでは違う。

 

葵は何も持たない。

武器も、地位も、権限も。

 

それでも人を引き寄せる。

 

神通は、柱の影からその様子を見ていた。

吹雪がぎこちなく手伝いをし、葵が隣で自然に振る舞っている。

 

「……不思議な人だ」

 

近くにいた川内が、小さく呟く。

 

「怖くないのかな、あの人」

 

「……怖いと思う」

 

神通は答えた。

 

「それでも逃げないだけだ」

 

川内は少し驚いた顔をした。

 

「逃げない、か……」

 

神通は思い出す。

昨日の食堂での空気。

誰も悪くないのに、誰も正解を持っていなかった時間。

 

(拒絶される痛みを知っているからこそ、否定しない……)

 

それは、簡単なことではない。

 

⸻

 

【重巡・妙高視点】

 

食堂の一角で、妙高は湯のみを手にして座っていた。

視線の先には、葵と数人の艦娘達。

 

妙高は、昔から「強さ」とは何かを考えてきた。

 

火力か。

装甲か。

指揮能力か。

 

だが今、目の前にあるのはそれらとは違う強さだった。

 

「……葵さん」

 

思わず声をかけていた。

 

葵は振り向き、すぐに姿勢を正す。

 

「妙高さん、どうしました?」

 

「……いえ。ただ、少し聞きたいことが」

 

妙高は言葉を選んだ。

 

「あなたは……拒絶されるかもしれない場所に、なぜ立ち続けられるのですか?」

 

直接すぎたかもしれない。

だが、誤魔化す気にはなれなかった。

 

葵は少し困ったように笑った。

 

「……うーん、立ち続けてる、って感覚はあんまりなくて」

 

少し考えてから、続ける。

 

「逃げても、何も変わらなかったから、かな」

 

静かな声だった。

 

「理解されないのは、すごく苦しいよ。悲しいし、怖い」

 

妙高は黙って聞く。

 

「でもね、それでも誰かが一歩踏み出してくれたら、その一歩は無駄じゃないって思うんだ」

 

「……それが、艦娘達だと?」

 

「うん」

 

即答だった。

 

「少しずつでいい。今日じゃなくてもいい」

 

葵は微笑む。

 

「いつか、理解してもらえたらいいなって」

 

妙高は、その言葉を胸に刻んだ。

 

⸻

 

【戦艦・扶桑視点】

 

扶桑は、窓際で紅茶を飲みながら、その光景を見ていた。

 

——兵器か、人か。

 

それは、艦娘達がずっと向き合ってきた問いだ。

 

「……私達も、否定されてきましたから」

 

思わず、声が漏れた。

 

隣にいた山城が、少し驚いた顔で見る。

 

「姉さま?」

 

扶桑は視線を外さず、続ける。

 

「兵器だと、怪物だと……感情なんて必要ないと」

 

そして葵を見る。

 

「それでも、あの方は……否定しない」

 

怖いと言われても。

理解できないと言われても。

 

「……強い人ですね」

 

扶桑の言葉に、山城も小さく頷いた。

 

⸻

 

【空母・赤城視点】

 

赤城は配膳台の前に立っていた。

 

「葵さん」

 

「赤城さん、今日は何にします?」

 

「……少し、話を」

 

葵はすぐにトレーを置き、赤城と向き合う。

 

赤城は、ずっと考えていた。

ハヤトという存在。

その力。

その危険性。

 

そして、葵という存在。

 

「あなたは……あの方を恐れていないのですか?」

 

「恐れてるよ」

 

やはり即答だった。

 

「でも、恐れてるからこそ、目を逸らしたくない」

 

葵は赤城を見る。

 

「赤城さん達も、ずっと恐れられてきたでしょう?」

 

赤城は、息を飲んだ。

 

「それでも、戦ってきた。守ってきた」

 

「……」

 

「私は、ハヤトが何者でも、否定しないって決めただけ」

 

「それは……覚悟、ですか?」

 

葵は首を振る。

 

「覚悟っていうより……一緒に生きるって選んだだけ」

 

赤城は、目を伏せた。

 

(……同じだ)

 

艦娘もまた、そうやって生きてきたのだから。

 

⸻

 

【再び・吹雪視点】

 

夕方、食堂の喧騒が落ち着いた頃。

 

吹雪は廊下で、葵とすれ違った。

 

「吹雪ちゃん」

 

呼び止められて、足が止まる。

 

「今日は、ありがとう」

 

「……いえ」

 

少し沈黙が落ちる。

 

「……あの」

 

吹雪は、思い切って言った。

 

「怖いって思っても……いいんですよね」

 

葵は、ゆっくり頷いた。

 

「うん。いいよ」

 

「……それでも、ここにいていいんですよね」

 

葵は、少しだけ目を細めた。

 

「いてくれたら、嬉しい」

 

吹雪の胸の奥で、何かがほどけた。

 

——答えは、まだ出ない。

——でも、選び続けることはできる。

 

遠くで、ハヤトが立っている。

何も言わず、こちらを見ている。

 

吹雪は一度だけ、深く息を吸った。

 

そして、ほんの小さく——前を向いた。

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