※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

70 / 71
第69話 責任の所在

 

制裁の映像は、止められなかった。

 

止める者がいなかったのではない。

止められる者がいなかった。

 

中央管制棟の通信回線は、制圧と同時に喰種側に握られ、

中継網を通じて全軍主要拠点へ送信された。

 

編集なし。

検閲なし。

加工なし。

 

事実だけが、流れた。

 

王の言葉も含めて。

 

「安全な場所など無い」

「俺達はどこにでも行ける」

 

その一言が、どの報告書よりも強く残った。

 

⸻

 

呉鎮守府。

 

夜はまだ明けていない。

 

だが誰も眠っていない。

 

医療区画も、整備区画も、管制室も灯りがついている。

 

戦闘は終わっている。

 

だが世界は終わっていない。

 

⸻

 

提督室。

 

白瀬提督は椅子に座っていなかった。

 

机の前に立っている。

 

手をついて。

 

視線はモニター。

 

長門と加賀が後方にいる。

 

誰も話さない。

 

沈黙は、嵐の前ではない。

 

判決の前の沈黙だった。

 

⸻

 

通信が入る。

 

最優先回線。

 

識別コード:統合軍令部。

 

長門が小さく言う。

 

「来たな」

 

白瀬は頷く。

 

ボタンを押す。

 

「呉鎮守府、白瀬だ」

 

画面が開く。

 

複数接続。

 

中央に、本郷司令長官。

 

左右に参謀達。

 

空気が硬い。

 

表情が硬い。

 

形式ではない硬さだ。

 

⸻

 

本郷司令長官が口を開く。

 

「白瀬提督」

 

「はい」

 

「状況説明を求める」

 

単刀直入だった。

 

「今回の武力衝突」

 

「中央管制棟壊滅」

 

「上層指揮官多数死亡」

 

「その経緯」

 

「責任の所在」

 

言葉は静かだ。

 

だが逃げ道はない言い方だった。

 

⸻

 

白瀬は一切間を置かなかった。

 

「責任は俺だ」

 

参謀の一人が眉を動かす。

 

「単独判断か」

 

「そうだ」

 

「誰の命令でもない」

 

「俺の判断だ」

 

部屋の空気が動く。

 

⸻

 

本郷司令長官は視線を逸らさない。

 

「経緯を述べろ」

 

白瀬は順序立てて話す。

 

誇張なし。

感情過多なし。

事実のみ。

• 制圧部隊による呉鎮守府武力侵入

• 葵への拘束と暴行

• 特異戦力ハヤトへの確保・管理命令

• 拒否

• 武力制圧継続

• 第二波投入

• 鎮守府防衛戦

• 王の出征

• 制裁実行

 

すべてを語る。

 

誰の名も隠さない。

 

誰の責任もぼかさない。

 

⸻

 

参謀が言う。

 

「制止できたのではないか」

 

白瀬が即答する。

 

「できない」

 

「なぜだ」

 

「王だからだ」

 

一瞬、沈黙が落ちる。

 

⸻

 

別の参謀が言う。

 

「戦力運用としては危険だ」

 

白瀬は頷く。

 

「その通りだ」

 

「だが」

 

目が鋭くなる。

 

「先に危険を作ったのは中央だ」

 

言い切る。

 

空気が割れる。

 

⸻

 

長門が一歩前に出る。

 

通信越しでも分かる圧。

 

「現場証言は一致している」

 

「先制は制圧部隊」

 

「侵入も暴行も事実だ」

 

加賀が続ける。

 

「映像ログも提出可能です」

 

参謀側の表情が変わる。

 

言い逃れの余地が削れる。

 

⸻

 

本郷司令長官が言う。

 

「……制裁についてはどう見る」

 

これは評価ではない。

 

覚悟の確認だ。

 

白瀬は迷わない。

 

「過剰だ」

 

参謀が動く。

 

だが白瀬は続ける。

 

「だが理解できる」

 

「そして」

 

一拍。

 

「俺は止めなかった」

 

「止められなかった」

 

「止めるべきだったかもしれない」

 

正直だった。

 

言い訳がない。

 

⸻

 

「だが」

 

声が低くなる。

 

「俺は最初に決めた」

 

「保護すると」

 

「守ると」

 

「それを曲げなかっただけだ」

 

⸻

 

通信室の空気が変わる。

 

本郷司令長官の視線が少し柔らかくなる。

 

ほんの僅かだが。

 

「……覚悟は分かった」

 

その言葉は重かった。

 

処分の前に出る言葉ではない。

 

評価の前に出る言葉だ。

 

⸻

 

その頃。

 

帰路。

 

奪取した車両群が夜道を進んでいる。

 

速度は一定。

 

誰も喋らない。

 

戦闘の熱は消えている。

 

だが空気は冷えていない。

 

炎慈が外を見る。

 

「世界変わったな」

 

深赫が答える。

 

「元に戻っただけだ」

 

狂禍が言う。

 

「王が王に戻った」

 

ハヤトは黙っている。

 

目を閉じている。

 

眠ってはいない。

 

ただ、戻っている。

 

戦闘から日常へ。

 

王から家族へ。

 

⸻

 

鎮守府。

 

葵が空を見ている。

 

胸騒ぎは消えていない。

 

だが分かる。

 

帰ってくる。

 

理由はない。

 

でも分かる。

 

⸻

 

通信が続く。

 

本郷司令長官が最後に言う。

 

「白瀬提督」

 

「はい」

 

「鎮守府は維持しろ」

 

参謀が驚く。

 

だが司令長官は続ける。

 

「今、最も安全なのはそこだ」

 

言葉の意味は明白だった。

 

王のいる場所が安全圏になった。

 

世界の基準が変わった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。